6-7 冥界の穴、ネギマ焼き鳥妄想、そしてとうもろこし剥きの午後

 タマゴ亭ニルヴァーナ支店、昼下がりの情事――じゃないか昼下がりの仕込み時間に、俺達はタマゴ亭さん――つまりシュヴァラ王女と会議時間を持っている。


 今朝方、天使亜人キングーを訪問した件を、話しているところだ。


「それでですね、タマゴ亭さん」

「うんうん」

「キングーが白真珠に願うと、空間に母親である天使イシスが出てきたんですよ。ちょうどホログラムのような立体映像として」


 興味深げに話を聞くタマゴ亭さんに、俺は語りかけた。


「イシスは天界に暮らす天使だけに、冥界のことは結構知っていて」

「どんなことを言ってたの、そのイシスさんは。――ああニーラさん」


 スタッフの動きを目の隅に認めて、タマゴ亭さんは振り返った。


「鶏肉は皮を外側にして巻いて、串で刺してね」

「はい、美琴店長」

「そのほうが香ばしく焼けるし、肉も硬くならないから」

「わかりました」

「それでネギマは――じゃないか、天使イシスは……」


 いかん、焼き鳥妄想に引っ張られたw


 俺、ネギマの塩が好きだわ。あれ、焼き鳥の王者だろ。炭火で香ばしく焼けた、ジューシーでほくほくの鶏肉に、なるだけ新鮮な七味を振ってさ。正肉じゃ駄目なんだよな。途中でネギが入ってないと。柿の種より柿ピーのが正解なのと同じというか。


 いかんいかん。飯絡みを考えると、どんどん話がずれるwww


 頭を振って脳内から焼き鳥映像を消去すると、イシスから聞いた内容を、俺は説明し始めた。


「と、とにかく天使イシスは、天界の住人だけに、さすがに冥界のことをよく知っていたんだ」


 冥界は地中深くにあって、通常は現世と隔絶されている。冥王ハーデスは妻ペルセポネーと共に冥界を支配している。死者は冥界に下りてハーデスの審判を受け、冥界の各地に散る。死者は通常、現世に未練を残した悪霊となっているが、冥界で癒やされ悪意の抜けた霊魂となり、やがて消えて冥界と一体化する。


「冥界は安定した存在で、そもそも地上と通じることなど、普通はあり得ないという話だった。ですよね、吉野さん」

「うん。冥界が地上と通じたのは異常だし、ハーデスが出てきたのはもっとおかしいって、イシスさんは言ってた。あり得ないとも」

「どうせ、あのドワーフのせいでしょ」


 言い切ると、トリムは茶をぐっと飲み干した。


「あいつら見境なく地下を掘りまくるから、冥界との境を掘り抜いたんでしょ」

「いやトリム。冥界とはそういうもんじゃないって、天使イシスも言ってただろ」

「そうだけどさ」


 ぷいと横を向いてしまった。よっぽど仲悪いんだな、エルフとドワーフ。


「なにか、とんでもない事態が生じたんじゃないかな、ご主人様」

「そうだろうけどさ。だからどうしたって話だよな。俺達、ハーデスと戦わなきゃならないんだぞ」

「危険だ」


 それだけ言うと、タマは俺の謎スマホを横からいじった。


「キラリンもメッセージとしてそう書いてある、ほら」


 画面を見せつけてきた。


「お兄ちゃん、もう止めてみんなでビール飲もうよ❤」とあるな。あいつ、おっさんじみてるからなあ、飲み方が。能天気な奴。それに機種依存文字使うのやめれ。


「それで平さん。戦う方法は教えてもらえたの」


 タマゴ亭さんは、空になった俺達の湯呑に、手早くお茶をついでくれた。王女にさせていいことじゃない気もするが、まあいいや。ここでは食堂店長だし。


「戦うというか……。これだけどさ」


 ビジネスリュックから、黒光りする珠を取り出してみせた。


「なにこれ」

「イシスの黒真珠。天使の加護があるアイテムで、前、キングーを助けたときにイシスにもらったんだ」

「天使の加護で、悪霊を遠ざける力があるって話だったわよね、平くん」

「そうです吉野さん。……ただ地形効果ってのかな、地中は冥界の力が強まるから大きな効果は期待できないみたいだけど」

「とにかく、それとドワーフの呪護符を両方使えば、ある程度は悪霊を遠ざけられるはずだよね、ご主人様」

「まあ、可能性はある」


 ただ、地中では連中の力が強まるってのは気になる。謳い文句どおりの効果が発揮できればいいんだが……。


「塩は使えないかな。魔除けになるでしょ。沙漠で塩は貴重だから、ドワーフはあんまり持ってなかったに違いないよね。だから使えなかった。でもウチなら、文字通り山ほどあるし」

「タマゴ亭さん、それも考えたんです。多分効果はある。ただ雑魚ならともかく、冥王だの悪霊だのに強力な効果を持つとは考えにくい。それなら、いくら貴重だとはいっても、ドワーフも使ったはずだし。なんせ王の命が懸かってたんだから」

「まあそうだよね」

「それに、敵を遠ざけただけでは意味がないというか。倒すのがたとえ無理でも、連中を冥界に押し戻した上で、冥界との境を封印しないと」


 なんたって、地下迷宮を取り戻さないとならないからな。


 考えたら頭が痛い。本当にこんな任務果たせるのか、俺。


「封印には、この黒真珠が使えるって話なんだ」


 黒真珠の効果は、使うときがくればわかるって、イシスは言っていた。やっぱり霊的な関係なんだな。


「けど問題は、消えたり出たりする幽霊みたいな連中を、どうやって冥界の穴に叩き込めるかってことなんだ」

「なにしろ悪霊はいっぱいいるって話だしね、平くん」

「それなら大丈夫じゃないかな」


 タマゴ亭さんは、俺の手からイシスの黒真珠を取り上げた。窓から射す昼の陽光に、かざして見ている。


「不思議な力を感じるわ、このアイテム。あたし、こう見えても『血を引いてる』からわかるんだ」


 はっきり王家の血とは、さすがに言えないみたいだな。周囲に店のスタッフがいっぱいいるし。


「そもそも平さん。悪霊がいくらいても、コントロールしてるのは冥王ハーデス。だからハーデスだけでも、なんとか冥界と繋がった穴に落として、すぐにこの珠で封印すればいいんじゃないかな」

「それでうまく行きますかね、タマゴ亭さん」

「司令塔たる冥王が冥界に戻れば、残された悪霊は力を失う。すぐに霧散して消えちゃうと思うわ」

「なるほど」


 俺は考えた。たしかにそれは一案だろう。


 だいたい、俺が延寿の秘法を求めるのは、寿命を元に戻すため。そのために死んじゃうんじゃ、本末転倒だ。それに俺だけじゃなく、吉野さんや使い魔連中の命まで危険に晒すことになる。


 だから厳しそうだったら諦めて、次の三支族を探そうとは思っていた。ただ、ハーデスだけ相手にすればいいのなら、勝機はあるかもしれない。


「とにかく一度試してみようよ、平くん。それで駄目なら、中止すればいい。ドワーフのみんなには悪いけれど」

「そうですね、吉野さん。方針は決めました。なにかあればすぐ逃げ帰る方向で、威力偵察。偵察だから戦闘は極力避ける。ただし偵察中でも万一チャンスがあれば、ハーデスを封じる方向にて」

「いいわね」

「決まりだな、平ボス」

「……平が決めたなら、あたしもいいよ。ドワーフに協力するのは、ちょっと引っかかるけど」

「よーしっ」


 テーブルから浮かんだレナが、いつもどおり、俺の胸の定位置に入り込んできた。


「明日から冥王討伐だねっ、ご主人様」

「ああレナ」

「なら今晩、景気づけにボク、ご主人様のゆ――むぐーっ」


 あわてて指で口を塞いだわ。


「お前は少し黙れ」


 本当に、頭いい割に口が軽いのなんだよw


「とにかく今日は朝からあちこち飛び回って疲れた。午後は業務せずに休憩にしましょう」

「いいわね、平くん」

「せっかくここにいるし、仕込み手伝いますよ、タマゴ亭さん」

「ありがとう。悪いわね。……ならお礼に、早めの晩御飯、ごちそうするわ。定時前なら残業にならないから、いいよね。……タマちゃん用にマタタビ入りにするから」

「もちろんだ。完璧だ。絶対だ」


 いきなり、タマが立ち上がった。


「なにぐずぐずしてるんだ、平ボスのボス。とっとと下ごしらえに入るぞっ」


 腕を掴まれ、ぐいと起こされた。


 まあしゃあないか。マタタビが絡んじゃあな。


 ふうと息を吐くと、俺は立ち上がった。


「なにしましょうか」

「今、ニーラさんに分担決めてもらうわ。平さんは、あたしと一緒にとうもろこしのひげ剥きしてもらおうかな、こっちで」

「わかりました。なんなりと」


 タマはさっそく秒速でマタタビに取り付いて、汚れを取りつつときどき盗み食いなどしている。いやタマ、それまだ生だぞ。焦りすぎだ、お前……。


 ニーラさんがみんなに分担を話しているのを横目に、俺はタマゴ亭さんに連れ出された。店の裏に小さなベンチが置かれていて、前にとうもろこしを詰めた容器が置いてある。


「じゃあこう、並んで始めましょ」

「はい」


 小さなベンチだから、どうしても腕が触れ合う。半袖だからタマゴ亭さんのすべすべの肌を感じる。ちょっとなんだか悪いなと思ったが、彼女は全然気にしてないようだ。


「はいこれ」


 容器から出したとうもろこし何本かを、どさっと俺の腿に置いた。


「ゆっくりでいいから。……そうそう、平さん、うまいね」

「そうかな。あんまりやったことないけど」

「勘がいいのよ。これなら向こうでもこっちでも、店舗運営のいろんな作業、任せても大丈夫ね」

「はあ……」

「いずれきっと、いろいろ頼むことになると思うわ、あたし」


 まあ、困ってるなら助けてやらないとな。一応、俺の業務にはタマゴ亭異世界支店経営も含まれてるし。


「はい。いつでもやるので、言って下さい」

「ふふっ。頼もしいわ。あたしたち、うまくやってけそうだね」


 タマゴ亭さんは、俺に微笑みかけてきた。

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