6-6 タマゴ亭異世界王都ニルヴァーナ支店、午後の会議だか料理の仕込みだか

「三支族の生き残りが見つかって、良かったじゃないの」


 俺達の話を聞いていたタマゴ亭さん――つまりシュヴァラ王女は、頷いた。


「まあそうなんだけど、割と困っちゃってて」


 ここはタマゴ亭異世界王都ニルヴァーナ支店。大忙しのランチタイムが終わった仕込み時間だ。厨房や空きテーブルで、スタッフが忙しそうに野菜の皮を剥いたり、魚をさばいたりしている。


「そりゃ、相手が相手だものね。死者から地下迷宮を奪い返してくれとか」

「はあ……」


 昨日、族長ナブーやドワーフ達からいろいろ情報を聞いた俺達は、定時で業務終了して現実世界に戻った。


 今朝は朝イチで天使亜人キングーと母親から情報収集。続いて王都に飛んで、国王や図書館長ヴェーダ、スカウトのアーサーなんかにいろいろ聞いて回った。


 で、タマゴ亭新支店に顔を出して、味がきちんと継承されているか「味見」方々ランチ。さらにこうして仕込み時間を利用して、タマゴ亭さんも交えて対策会議にしてるわけよ。俺、基本サボリーマンなんだが、珍しく働いてるわw


 食後のテーブルを囲んでいるのは、タマゴ亭さんに、俺と吉野さん。あといつものパーティー。制限時間回避のため、キラリンは謎スマホ形態のまま、テーブルに置いてある。こうしとけば、あいつも話がわかるからさ。


「冥王ハーデスか……。難物だよね。――ああ、ニーラさん、それは皮むかなくていいから。野菜の皮は栄養満点だし、味もいいから」

「わかりました。美琴店長」


 俺達の相談に乗りながらも、店の切り盛りは忘れない。さすがタマゴ亭さんだ。


 シュヴァラ王女の帰還は、国民には告知されていない。それに転生したタマゴ亭さんは、王女と歳も違えば顔も異なる。なので彼女は、こっちの世界では「異世界の凄腕料理人」額田美琴ぬかたみこととして暮らしている。


「向こうから持ち込んだこんにゃくは、お湯で湯がいてアク抜きしてね」

「はい店長」


 タマゴ亭ニルヴァーナ支店は、跳ね鯉村支店と違って店舗も大きいし、王都だけに客も多い。なので通し営業ではなく、昼と夜だけ開店する。通し営業だと、料理の仕込みが間に合わないからな。


 仕込み時間中のタマゴ亭さんは、スタッフに指示を出した後、だいたい王宮に行って、王女として親孝行してるらしい。今日は、無理にお願いしてるわけよ。


「すみませんタマゴ亭さん。忙しいのに付き合ってもらって」

「いいのいいの」


 手を振っている。


「父上からも、平さんとはもっと親しくしておけって命じられてるし」

「はあ、そうすか」

「なんか考えてること、あるみたいでさ」


 タマゴ亭さんは、奇妙な笑みを浮かべている。


「それよりご主人様、これからどうするの」


 いつもどおりテーブルに立つレナが、俺を見上げてきた。


「どうするかなー」


 リーダーとしては情けない言葉しか出てこなかった。


「タマゴ亭さんは、ハーデスについて、なにかご存じないですか」

「そもそもギリシャ神話の神ですよね」


 もうすっかり冷めてしまった薬草茶を前に、吉野さんが口を挟んだ。


「そうです吉野さん」


 頷くと、タマゴ亭さんは続けた。


「こっちの世界でも、ハーデスは冥王。死者の国である冥界を仕切ってる。……といっても魔界の王、サタンなんかとは違って、悪ってわけじゃない。地上から落ちてくる亡者を分類し、冥界のどこに配属するか決める、交通整理をするような存在かな」

「その意味では存在的には、閻魔大王と立ち位置が近いのかな」

「そうそう。そんな感じ。現世に未練を残したままの死者の魂を慰め、冥界で安らげるように鎮魂するって話だけど」

「それなら基本的にはいい奴でしょう。それが、どうして地上に出てきてドワーフを殺したんでしょうか」


 厳密には地上じゃなくて、地下のドワーフ集落に湧いて出たわけだけどな。


「さあ……」


 タマゴ亭さんは首を捻っている。


「なにか深い、特別な理由があるんじゃないかな。棲む世界が違うから基本、地上に出てくるような神じゃないし。……ヴェーダは、なんて言ってた」

「王立図書館長として、神々のことはそれなりに詳しかったけど。でも一般的な話が中心で。それにドワーフの話に加えて、昨日の夜、王家ゆかりのグリーンドラゴンにも訊いてみたんですよ。ドラゴンの珠を通じて。さらに今朝は、ヴェーダ館長やアーサーだけでなく、いろいろな伝手にも。……でも決定的な情報は無くて」


 聞き回って得た情報を、俺は開陳した。


 ハーデスにも悪霊にも、都合のいい弱点なんかない。戦いのときドワーフが使ったのは悪霊を遠ざける呪法の護符だが、雑魚にしか効かなかった。悪霊は姿を消したり現したりして襲ってくるので、こちらの攻撃は当たらない。たまたま当たったとしても、怯ませるのがせいぜい。最初から死んでるわけで、もちろん殺せやしない。


 最後の手段とも言うべきドラゴン二体は、たとえ協力してくれる気になっても、閉鎖された地下には出てこられない。


「聞けば聞くほど暗い気分になるというか」

「でしょうね」

「平くん、今朝、キングーさんと会ったときの話、したら」

「そうですね、吉野さん」


 俺は説明した。天使の亜人が知り合いだと。


「今朝、その彼だか彼女だかのところに行ったんですよ」

「彼だか彼女?」

「話が長くなるんで、説明は省きます。とにかくいい奴で」


 説明しながら、俺は思い返した。朝イチでキングーの東屋に転送されたときのことを。


          ●


「おや、これはこれは。平さんと吉野さんではないですか」


 小屋の外でなにか作業していたキングーは、俺と吉野さんの姿を認めると、手を休めた。


「その節はお世話になりました。おかげさまで僕も立ち直ることができました。毎日母とも会話してるんですよ。この珠を通じて」


 ポケットからイシスの白真珠を取り出すと、笑いかけてきた。


 柔らかそうな巻き毛が優しい風になびいて、今日のキングーは、どちらかというと可憐な女の子に見える。胸だってこころなしか膨らみが大きくなってるし。天使の亜人は両性具有とはいえ、季節によってどちらの性が強いのか変動するとかかもな。


「平さんにお会いできて、嬉しいです。夜、たった独りで満天の星空を眺めているとき、よくあなたのことを考えるんですよ。今頃はどこでどうしているのだろうかと。なにしろ、僕の大事な……」


 少し潤んだ瞳で、俺をじっと見つめてきた。


「……大事な恩人ですからね。魂の」

「キングーさんも元気そうでなによりです」

「ありがとうございます。吉野さん。おふたりとも、さあお座り下さい」


 例の屋外テーブルを手で示した。


「あのとき平さんに言われて考えたんです。この世にたったひとりの種族とはいえ、僕にだって、きっとできることがある。山から下りてみようかと。……今、その準備中というわけでして」


 小屋の周囲に広がる荷物を、指し示してみせた。


「小屋はしばらく封鎖するので、頑丈に戸締まりをと思いましてね。大雨で崩れても困ります。一応ここは、僕の帰る場所ですから」

「それより教えてくれ。大事な用があるんだ」


 キングーから微笑が消えて、真面目な顔つきとなった。


「平さんがお困りなら、なんなりと協力します。なにせ僕の魂の恩人ですからね」

「今、使い魔を呼ぶ。一緒に相談に乗ってくれ」

「はい。……ではまたお水など出しますね」


 冥王ハーデスやその軍勢と戦い、ドワーフの地下迷宮を取り返さないとならない。――俺や吉野さん、使い魔連中が代わる代わる事情を話すと、キングーは顔をしかめて唸った。


「これはまた難題ですね。ドワーフ王が亡くなったというのは本当ですか」

「うん。族長ナブーがそう言っていたんだよ」


 テーブルに立ったレナは、俺の椀から水を飲んだ。


「おいしいね、お水」

「ドワーフのあの王は優れた人物だったのですが、残念です」


 眉を寄せている。


「ナブーという方は存じ上げません。僕が訪ねた頃は、王がすべてを仕切っていましたし」


 天使と人間の混血であるキングーは、エルフ並に長命のようだし。ドワーフの地下迷宮に滞在していたのは、はるか昔なのだろう。


「なあ、あんたは天使の子だ。なら冥界のことも少しは知っているんじゃないのか」

「僕はただの亜人です。ですがそういうことなら、母に尋ねてみましょう」


 イシスの白真珠をテーブルに乗せると、キングーは珠に語り掛けた。

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