6-5 「第一の支族」の流浪。そして絶対に勝てない敵

「延寿のアイテムをあんたたちは持っている。それをくれるって話だったよな」

「ああそうじゃ」


 ドワーフの族長ナブーは、素知らぬ顔でお茶を飲んでいる。


「あんたらも茶を飲みなされ。地中から掘り出した特殊な泥で作った香茶じゃ」


 泥……なのか、これ。


 細かな彫金細工が施された鈍銀色の見事なジョッキを満たしているのは、コーヒーのような色の飲み物だ。泥と言われれば、もう泥を湯で溶いたものにしか見えないw


 でも飲まないと失礼に当たる。なんだよこれ、罰ゲームかよ。まだセンブリ茶のがマシじゃん。


 おそるおそる口を着けてみた。なんか、こってりしてる。口に含むと麦茶のような焙煎系の香ばしさがあり、味わいは甘くないココアのようだ。


「……うまい」


 お世辞ではない。「泥としては許せる」でもない。ちゃんとおいしい。吉野さんもみんなも、テーブルに置かれた茶を飲み、不思議そうな顔でジョッキを覗き込んでいる。


「本当においしいわね、平くん」

「泥とは思えんな、平ボス」

「ああ」

「なんだか元気になる気がするよ」


 レナは俺のジョッキに指を浸して、茶を舐めている。


「なにかの魔法効果がありそう。マジックマッドだね」

「よくわかるのう、小さな妖精さんよ」


 この手の誤解はもうめんどくさいので、いちいちサキュバスだとは説明しないことにしている。それ教えると話がずれそうだしな。


「……」


 トリムは黙っている。なんたってドワーフ相手だからな。一応口を着けているだけ、礼儀は守っているということなのだろう。


 ちなみにキラリンはスマホ形態に戻してあるので、茶は飲んでない。大事な局面で眠っちゃってキラリンの力が使えないってのは、困るからな。基本、こっちの世界ではスマホ形態中心でいてもらわんと。


 突然ひとり消えたから、ドワーフ連中に説明するのは大変だったが。


「そうじゃろう、そうじゃろう」


 俺達がうまそうに茶を飲むのを見て、満足げに、族長は頷いた。


「それに、ここが地下迷宮でもないって話だった」

「ああ。ここはただの狭い仮住まいじゃ」

「でも見る限り、立派な地下住居にしか思えない」


 改めて見回した。俺達が案内されたのは、入り口の梯子を下りて、狭い通路をくねくね進んだ先。地中に掘られた大広間のような、楕円形の空間だ。


 ざっくり言えば、オリンピックの室内競技やる体育館くらいの広さはある。ここが地下迷宮じゃないとしたら、本物の地下迷宮はどんだけ広いんだよ。


 壁や床のあちこちには松明たいまつが掲げられており、普通に明るい。壁にはあちこちに人が通れるくらいの穴が穿うがたれており、先にも多数の部屋があると思われる。実際、何人ものドワーフが、忙しそうに穴を出入りしているし。


 俺達と共にテーブルを囲んでいるのは、族長ナブー、それに最初に出てきた数人のドワーフ。多分、幹部といったところだろう。少し離れたところに、ドワーフ連中が三々五々と立ち、こちらを見てなにか囁き合っている。全部で数十人といったところだ。


「地下迷宮は、占拠されておるのじゃ」

「占拠?」

「そうじゃ」


 ナブー族長は、頷いた。


「話は長い。まず地下迷宮の、そもそもの成り立ちからお話ししよう」


 話はこうだった。太古、邪悪な異変でほとんど死に絶えたドワーフは、王の指揮の元、先祖伝来の土地を離れ、何年も放浪した。長い放浪で多くが死んだが、偶然この岩盤を見つけ、住まいとした。ウルク沙漠のど真ん中という、他種族からの干渉を避けられる絶好の地だったからだ。


 地下を掘り進み、住まいを拡げた。それに伴い見つかった地下資源を用い、得意の工作技術で多様な産物を生み出し、生活の道具とした。


「岩盤は沙漠の地下に広く拡がっておった。埋蔵資源は多く、各種の鉱石を追い坑道を掘り進むうちに地下は巨大な迷路も同然となった」

「だから地下迷宮って言うんだね」

「そうじゃ。小さな妖精さんよ」

「しかも鉱山神やまがみのご加護か、岩盤深くで、貴重なミスリル鉱山が見つかった」

「ミスリル」


 トリムが初めて声を出した。心底、驚いたような口調だ。


「平。この大陸でも数箇所しか見つかってないよ、ミスリル鉱は。しかもミスリル鉱の特徴なんだけど、どこも産出量は少なくてね」

「貴重なのね」

「そうです、吉野さん。ミスリルの加工品を百も買うと、国の財政が傾くって言われてるし」

「ミスリルを追い、深く掘り進んだわしらは、さらなる秘跡を掘り当てた」

「なんですか、それは」

「平殿。それはの、歴史以前の産物と思われる、謎の物体じゃ。わしらは『鉱山神の魂』と呼んでおる」


 握りこぶしくらいの大きさのマジックアイテムらしい。古今東西、あらゆる工芸品と鉱物に通じたドワーフが鑑定しても、加工法どころか素材すらわからなかったという。おそらく金属だという程度しか。


 それでも先祖伝来の呪力で、放浪の国王は、謎の物体の持つ潜在能力を読み取り、とある秘法を施せると看破した。


「それが延寿の秘法なんですね」

「そうじゃ。秘法を施され、延寿効果を得た鉱山神の魂は、国王の代替わりの際、新国王に延寿を施すべく、それまでの間として地下迷宮に祀られた」

「そんな貴重なアイテム、俺達に譲ってもいいんですか」

「もういらん。国王の血は絶えたからの」


 深く溜息をつくと、族長ナブーは続けた。


 ミスリル鉱採掘に加え、マジックアイテムを掘り当てた場所の周辺を、地下深く、ドワーフは掘り続けた。貴重なアイテムがまだ眠っている可能性が高かったからだ。そうしてある日、ひとりのドワーフの振るった大鎚おおづちが、底をぶち抜いた。大きな地下空洞に当たったのだ。


「そこでさらなるアイテムを見つけたんですね」

「いや、そこからは魔物共が飛び出てきたのじゃ」

「魔物が……」

「そうじゃ。わしらは戦った。先祖伝来の呪術やアイテムを駆使して。……こう見えても長く栄華を誇った三支族の末裔まつえいだからの。知識は豊富じゃ」


 だが、敵の力は絶大だった。それを呪力で封じながら戦ったが、兵士は全員、たおれた。祖先伝来の究極の力を発揮するため、前線に立った国王と共に。


「わしらは、国王に残された民じゃ。支族再興のためにな。国王が前線に立つ最後の賭けに負け、全てが終わった後……」


 また溜息を漏らした。


「……終わった後、わしらは地下迷宮を捨てて封印し、岩盤の別の場所に仮住まいを作った。それがここじゃ」

「なるほど……」


 松明に照らされたテーブルを、重い沈黙が覆った。


「わかったかのう。血脈が途絶えた今となっては、わしらにはもう、延寿のアイテムなど無用じゃ。あんたらが地下迷宮を取り戻してくれたら、進呈しよう。わしらはただ、野ざらしになったままの王や仲間のむくろを、なんとかして弔いたいだけじゃ」

「でも、あんたたちが束になっても勝てなかったんですよね。俺達でできますか?」

「あんたらには、ウルク沙漠を渡り切る知恵と力がある。もうドワーフのやり方では無理なのじゃ。全て試したからのう……。違う力で挑まなくては」


 俺は仲間を見回した。全員、難しい顔をしている。念のため謎スマホを覗いてみた。モバイルデバイス――つまりキラリンからはメッセージが入っていて、「お兄ちゃん、これ無理だよ」と書いてあった。


 しかし、この難題を請けないとならない。延寿の秘法を入手できないと、俺はじきに老衰で死ぬことになる。吉野さんより五十年も早く。


「戦うにしても、情報が少なすぎる。負けたとはいえ、あんたたちは戦った。弱点とか急所とかを教えて下さい」

「急所……という話ではないのう。雑魚を遠ざけるくらいの魔法は使えたのじゃが」

「急所を衝いても殺せないってこと?」


 長い話に今はもうテーブルの上であぐらを組んでいたレナが、族長の髭面を見上げた。


「急所どころか、敵はひとりも殺せないのじゃ」

「アンデッドですか。それならやり方が――」

「先走るでない、平殿よ」


 族長ナブーは、首を振っている。


「アンデッドではない。不死者ではないのじゃ。なにせ、もう死んどるでのう……」

「どういうことです」

「深い地下の穴から這い出てきた相手はのう、冥王ハーデスと数多あまたの悪霊じゃ」


 いや無理ーwww

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