6-4 族長ナブー
「落ち着けトリム。矢から手を離すんだ」
「でも平。こいつが先に――」
「いいから。さっき話しただろ」
余計な事を言うなと、全員に事前に言い含めてはある。なにかぶつぶつ呟きながらも、トリムは手を離した。
「あんたも勘違いしないでくれ」
俺はドワーフに向き直った。
「俺達に害意はない。ドワーフと敵対する理由もない」
なるだけ友好的に見えるよう、両手を大きく開いて微笑んでみせた。なんせこっちには、ドワーフとは微妙な仲というエルフがいる。今も一触即発になったばかり。なら、なおのこと愛想を振り撒いておいたほうがいいだろう。
「あんた、キングーって知ってるだろ。デミヒューマン、つまり亜人の。あいつに聞いて来たんだ」
「キングー……。あの男に会ったのか」
「ああそうさ」
男かは微妙だが。……まあキングーは天使と人間の混血。そのためかアンドロギュノス――両性具有――だから、男でも女でも、どっちでもいいとは言えるか。
扉の中を見下ろして、ドワーフはなにかひそひそと話をし始めた。どうやらすぐ側に何人かいるな、これ。
あと扉には蝶番があったようだ。地面に作った、跳ね上げ式の扉という感じだったからな。扉自体は正方形だから、おそらく
「キングーなら知っている。いい奴だ。彼が心を開いたってことは、あんたらも悪党じゃあないんだろう」
「だからそう言っている」
「なんの用事だ」
「教えてほしいことがあるだけだ」
「なんについてだ」
「それは……」
俺は考えた。まずじっくり仲良くなってからと思っていたが、なぜか妙に警戒心が強い。キングーの話では、もっとフレンドリーな印象だった。キングーがここを訪れたのは、多分、数十年、下手したら百年単位の昔のはず。それからなにか警戒すべき事件でもあったのだろうか……。
いずれにしろ、もう目的を話したほうが、むしろいいかもしれない。
「俺達は、延寿の秘法を探し求めている」
「延寿……だと」
目を剥いたな。まあ顔中ひげみたいなもんだから、ひげの真ん中が大きくなったくらいの感じだが。
「地下迷宮に棲むあんたたちは、古代に栄えた三支族の生き残りだろう。なら秘密を知っているはずだ」
「どうしてそれを……」
これ、相当驚いてるな。目を見開いたまましゃがみ込むと、もう俺達を警戒もせずに穴に頭を突っ込んで、なんか怒鳴り合うように話し合ってるし。
随分長い間掛かったが、やがて頭を出すと立ち上がり、俺達に向かって胸を張った。と、中から何人か出てきた。男三人、あともしかしたら女がひとり。見た目ほぼ男でひげもじゃだから断言できないが、胸があるからな。
「ふむ。あんたらは冒険者と使い魔じゃろう」
ひとり、着ている服装からして高位者と思われる人物が口を開いた。ひげにもかなり白髪が交じっているから、かなりの年配。村長とか司祭とか、そんなような立場の奴と思われる。
「そうだ」
「ウルク沙漠を渡るのは厳しい。ドワーフのひとりもいないパーティーが、どうやってここまで辿り着いた」
「俺には優れた使い魔が揃っているからな」
なにも異世界から来たからどうのと、本当のことを話す必要はない。下手に警戒を招いたら、元も子もないからな。
「ふむ……」
値踏みするように、俺の背後をゆっくりと眺めていた。
「まあエルフが役立つとは思えんが、ケットシーは有用だろうのう、沙漠渡りには」
「あ、あたし、平の第一の使い魔だけどっ!」
こらえきれなかったのか、トリムが口を挟んできた。鋭い口調だ。もちろん本当は二番目の使い魔だが、ドワーフに馬鹿にされて悔しいのはよくわかる。だから俺は黙っていた。
「それに小さな妖精、あと見たことのない使い魔か。この使い魔が沙漠渡りのポイントじゃろうか。……もうひとりは、あんたの嫁だな」
微妙に全部外れてるが、まあいい。指摘して相手に恥かかせてどうする。それにだいたい大枠はそんなようなもんだし。初見でそこまでわかるならこのおっさん、見る目はあるようだ。
「わしはこの集落の族長、ナブー。あんたらの名前は」
「俺は平、そして吉野。あとレナ、トリム、キラリン、タマだ」
「延寿の秘法を求めているんじゃな、あんたら。それについて知りたいということは」
「まあね」
「ちょうど延寿のアイテムがひとつだけある。貴重な品だが、贈与してもいい」
「マジかよ」
予想だにしてなかったが、あっさりもらえるとは奇跡かよ。これも俺の普段の行いがいいせいだな(謎フラグ)
「ナブー族長、助かる」
「ただし、今は手元にはない」
「どういうことだよ」
「それ絡みで、あんたらに頼みがある。この沙漠を渡り切る実力のある冒険者なら、見込みがあるはずだ」
「なにか問題があるのか」
「ああ。わしらは今、困っておっての」
眉を寄せている。まあぶっとい眉もそのまま頬髭に繋がっているから、ひげを寄せた、でもいいかもしれんが。
「それにそもそも、この穴は地下迷宮ではない。仮住まいじゃ。……地下迷宮は別のところでな」
「しかしキングーから聞いた話では……」
たしかにキングーは言い切った。ドワーフの地下迷宮だとな。
「ウルク沙漠の中央に、ドワーフの地下――」
「まあ入りなされ。長い話になるでの」
手招きされた。
「こんな暑い場所で話す内容ではない。地下は快適じゃぞ」
俺は仲間を振り返った。吉野さんは頷いている。
キングーはここで歓待された。つまり旅人に対し敵意を持つ種族でないのは、わかっている。彼らは過去、部族の大半が死に絶える謎の事件に遭遇した。それでここ、辺境の地に隠れ住んだだけだ。なら必要以上に警戒する必要はないだろう。
「ありがとう。お世話になります」
族長達は穴に戻った。近づいて覗き込むと、やはり梯子が長く伸びている。どういう仕組みかは不明だが、中は明るい。ランプとかなんとか、油を使った照明でもあるのだろう。
俺は、梯子に足を掛けた。
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