6-3 謎の扉

「どうだ、平ボス」

「おう」


 沙漠の強い陽射しで空気が揺らぐ中、タマが指差す先を、俺は見つめた。


「たしかに人工物らしき構造だな。あの岩盤のところ」


 一キロくらい先だろうか。砂丘が続く中、地上に二メートルほどの高さだけ突き出している岩盤がある。砂に隠れる麓に、なにか四角い構造物がある。陽炎でよくわからんが、人工物には思える。


 サングラスを外す。強い光で目が開けていられない。瞳を細め、額に手をかざして陽光を遮ると、構造物が少しはっきり見えてきた。


「斜めになった扉みたいだな」

「おそらく、地下に部屋だか空間がある。その入り口だろう」

「なるほど」


 あの砂嵐から十日ほど経つ。毎日ウルク沙漠を進んだ俺達は、ようやく例の謎岩盤まで近づいた。土日は休みで沙漠には来ないリーマン勤務だから、実質八日間。おまけに買い直したビーチパラソル立てて休みながらの移動だから、遊び半分とは言えるがな。


 いずれにしろ、あと一時間かそこらで、すぐ側まで近寄れるだろう。……やっかいなモンスターさえポップアップしなければだが。


「さて、どうする、平くん」

「そうですね吉野さん」


 謎スマホ状態のキラリンで時間を確認する。もう十五時か……。空を見上げると、沙漠ならではの乾燥した空には、雲ひとつない。太陽はまだまだ本気の熱気を放っている。


「ちょっと半端な時間帯ですね。定時まであと三時間もないし。といっても、陽はまだ充分高いから、明日にするのもなんかもったいない気がするし」

「ご主人様」


 沙漠対応で俺の胸に深く入っていたレナが、身を乗り出した。


「明日にして朝から砂嵐だったら大変だよ」

「だよなあ……。タマ、今日は砂嵐来そうか」

「いや、平ボス」


 天を見て、タマはなにか考えていた。


「風の匂いや湿気、ここ半日の風向きや気温からして、今日は砂嵐はないだろう」

「面倒だから平、もう行っちゃおうよ。……そもそもあれが本当にドワーフの地下迷宮なのかわからないし」


 トリムは焦れているようだ。


「なんにもなかったら、それはそれでいいし。早く帰ってなんちゃってビール飲もうよ」


 目的はそれかw


「私も、行ってもいいかなって気がするわ、平くん」

「やっぱそうですかね。側まで行けば到達フラグ立てられるから、明日からは瞬時にその場所に出現できるし」

「近づいてみて、動きを見るくらいがいいんじゃないかな。特に動きないなら、今日はそこまでにして、明日の朝から時間を掛けて調査するとか」


 たしかに。人工物だとしても、目的地かはわからない。敵意を持っている連中なら速攻で逃げないとならんし、強固な鍵とか魔法で封じられた扉だったら、対応策を現実世界で検討しないとならない。その意味で、様子だけ窺うってのはいい塩梅だ。


「吉野さんの案で行きましょう。いいかみんな、注意してゆっくり進むぞ」


 全員頷いた。


 用心し、警戒陣形で近づく。なにかあれば逃げ、即座に現実世界に戻る。そのためにキラリンを召喚し、人型になっていてもらう。スマホ形態だと俺か吉野さんが操作しないと戻れないが、人型ならキラリンがすぐ帰還機能を起動できるしな。逃げて走りながらスマホ操作するのは難しいから。


「じゃあ俺、キラリン召喚します」

「あたしならもういるよ。お兄ちゃん」

「うわっと」


 キラリンだ。俺の横にのほほんと立っている。


「脅かすなよキラリン。……てか、まだ呼んでないぞ。どうなってるんだ」

「召喚もなにも、あたしのこと、最初から連れてたじゃん。Iデバイスの形で」

「なんだお前、勝手に自分で形態変えられるのか。謎スマホと人型」

「そうそう。だから呼んでもらわなくても、自分でもこの姿になれるんだ」

「そうか」


 なら便利っちゃ便利だ。


「とにかく進もう。いいな、みんな」


 俺達は、じりじりと進み始めた。


         ●


「平くん、やっぱり扉みたいね」

「ええ吉野さん」


 もう大分近づいてきた。岩盤は切り立っているというよりラクダのこぶのように緩やかな曲面。手前側の一部に、頑丈そうな四角形がまっている。まるでかさぶただ。


 見た感じ扉には思えるが、取っ手のようなものは見えない。年代物の銅像のような色で、陽の光を鈍く反射しているから、多分やはり金属だろう。



「誰か、こういうの見たことあるか」

「ううんご主人様、ボクは知らない」

「あたしもだ、平ボス」

「お兄ちゃん、多分あれ、フチに手を掛けて手前に引くんだよ」

蝶番ちょうつがいは見えないが、取り外すんかな」

「そうかも。それか精密な作りで、蝶番は隠されているのかも」

「なるほど」


 レナの話では、ファンタジーの定番どおり、ドワーフは工作技能が高いという。そりゃこの異世界は人類の妄想から生じたんだからな。型通りの設定であるのは、むしろ当然。


 いずれにしろ、ドワーフの技能なら、蝶番の工作くらいは楽勝だろう。


「カチリ」

「おっ」


 なにか鍵かなんかが外れるような音に続き、謎の金属板が、跳ね上がるように開く。中からひとり飛び出してきた。ひげもじゃでがっしりした小身。革細工らしき鎧に身を包んでいる。


 ドワーフって奴は、俺はまだこの世界では見たことがない。だが体型からして多分、間違いないだろう。ファンタジーのイメージそのままって感じだしな。


「あんたら、誰だ」

「俺達は冒険者だ。……ここはドワーフの地下迷宮とお見受けする」

「だったらどうした。沙漠で迷ったのか」


 先方との距離は数メートル。見た感じ、相手は武器は持っていないようだ。ちらと振り返ると、タマが吉野さんを背後に隠すように守っている。落ち着くように身振りで伝えると、俺はドワーフに向き直った。


「いや、あんたたちに会いに来た」

「なんの用だ。……そのエルフに関係するのか。なら断る」


 顎でトリムを示した。


「なによっ。ここでやる気?」


 ドワーフを睨みつけて、トリムが背中の矢筒に手を回した。矢を抜くつもりだろう。


 ドワーフとエルフは仲が悪い。こいつをどうやって説得すればいいんだ……。

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