6-2 砂嵐の洗礼
「砂嵐だと、タマ?」
「冗談じゃない。すぐだ」
「マジかよ」
もう一度、見回してみた。だが嵐の気配など、やはり全く感じられない。
「変わりなく見えるがなあ」
「いや来る。荷物をすぐ仕舞え。全員でまとまって、風に飛ばされないよう、互いの体を繋ぐんだ」
「トリム、お前はどう見る」
「わからない」
首を振っている。
「あたしの地磁気センサーでも、離れた場所で地磁気の乱れを感じるよ」
キラリンが叫んだ。てか、大事そうに抱えた弁当、ひとりだけ、まだ食べてるがな。みんなはもう弁当どころじゃないってのに。
キラリン、危機感があるんだか、ないんだか……。大嵐の前に完食しとこうってんだから、食欲的には危機感あるって言えなくもないか。まあ、食い意地が張っているのだけはたしかだ。
「多分、鉄分を含んだ砂が嵐で渦を巻いて、コイルみたいに電力が生じてるんだよ、お兄ちゃん」
「平くん。タマちゃんが言うんだもの、間違いないわ」
「そうですね、吉野さん」
「ご主人様、早く準備しないと」
「わかってる。レナは俺の胸に入れ。対砂嵐防御だ。みんないいな」
俺の言葉に、全員頷いた。
ロープワークなら、国境渡河のとき覚えた。砂嵐に備えて持参してきた新ロープに、全員の腰のカラビナを順次繋ぐ。なんとか全員、荷物を背負ってロープで繋がれた頃、西の外れがみるみる暗くなってきた。
天空はこれ以上ないくらいの青空なんだ。でも地平線から上に向け、なにか黒々した雲のようなものが、地平を覆いつつある。
しかも、もの凄い速度でこっちに向かってくる。
「こりゃヤバいな」
「思ったより規模がでかい。厳しいぞ」
タマも唸っている。
「よしみんな、事前に訓練した砂嵐対応態勢に入れ」
「練習しといてよかったね、平」
「ゴーグルと防塵マスクを装着しておけ。みんなで背中を外に向け輪になるんだ。丸まって、頭を垂れて下を向き、呼吸は浅く。砂が肺に入るのを防ぐためにな」
「うん」
輪になるとひざまづく。肩を抱き合い、頭を丸めた。
「怖いわ、平くん」
「大丈夫ですよ吉野さん。みんな繋がっている。誰も飛ばされやしません」
「うん。わかった」
防御態勢に入った瞬間、俺達はどす黒い雲に覆われた。どつかれるように強い横っ風を浴びながら。
誰か相撲取りが背中をぐいぐい押しているようだ。それくらい風圧を感じる。みんなで一体化してるからなんとかなってるが、独り間抜けに突っ立っていたら、あっという間に空に吹き飛ばされるだろう。
目をつぶっていてすらも、まぶたの裏に砂が入ってくる。防塵マスクを着け、浅く呼吸していても、どこか隙間から侵入してきたのか、鼻の中は砂まみれになっている。
「平……くん」
吉野さんの呟きが耳に入った。吉野さんの肩を、俺はいっそう強く抱いた。
●
どのくらい時間が経っただろう。ふと気づくと、砂嵐は止んでいた。ほとんど倒れ込みそうに角度が付いていた体を、俺は起こした。
体から砂が大量に舞い散る。俺もそうだがみんな、体が半分くらい砂に埋まっている。あともう少し嵐が続いていたら、全員、生き埋めになるところだった。ゴーグルの隙間から目に砂が入っていて、まばたきすると痛い。風圧が強過ぎて、ゴーグルが微妙にずれたせいだ。
「終わった……みたいね」
吉野さんが、ほっと息を吐いた。荷物から水のボトルを出して、目を洗っている。砂を流してるんだろう。吉野さんが手渡してくれた水で、俺も目を洗った。
「みんな大丈夫か」
「あたしは大丈夫だ」
起き直ったタマが、頭を手でこすった。髪やネコミミから、大量に砂が飛んだ。
「いい砂浴びだったな。体の汚れが飛んだぞ」
「あたしも大丈夫だよ、平」
「お、お兄ちゃん……あ、あたしも」
健気に言うが、キラリンの顔は強張ってる。相当怖かったんだろう。まあちょっと前までは「板チョコ」みたいな、ただの機械だったわけだしな。
「よく耐えたな、キラリン。偉いぞ」
頭を撫でてやると、顔が赤くなった。
「こ、これも嫁の心得だもん」
「レナはどうだ」
「ボクは平気。ご主人様の服の中にもちょっとだけ砂が入ってきたけど、みんなほど酷くないよ、ボク」
「良かった。トリムは」
「あたしは平気。ちょっと耳が痒いだけ。……砂が入ったかな」
頭を傾け、片足立ちでトントンしている。
いずれにしろ全員無事で、怪我もなかった。装備整えて訓練もしといて良かったわ。
「とんでもない嵐だったわね」
「ええ吉野さん。本当に」
見回してみた。
「なんだこりゃ」
周囲の光景がすっかり変わっている。実際、朝からずっと左に見えていた砂丘が、もうない。代わりに、後方にどでかい山のような砂丘ができていた。
「風の力って凄いね、お兄ちゃん」
「そうだな、キラリン」
「さすがにお風呂入りたいわね、平くん」
吉野さんは苦笑いを浮かべている。
「そうですね吉野さん。今日はもう現実世界に帰還しますか」
「うん。それがいいかも」
実際、驚異のガン食いで完食したキラリン以外、食べかけの弁当も全部飛ばされちゃってるし。荷物もパラソルみたいなどうでもいい奴は収納しなかったから、周囲に見当たらない。ここは戻って風呂入ってから早めの晩飯にして、明日にでも装備を買い直し、整え直すべきだろう。沙漠に戻るのは、明後日でいい。
「なあキラリン、この場所はもう転送ポイントとして記録したんだろ」
「そうだよ、お兄ちゃん。ここからまた始められるよ」
「よし、じゃあ――」
「平ボスっ」
念の為と周囲を確認していたタマが叫んだ。
「どうした」
「あそこに構造物がある」
「構造物だと」
指差す先を見たが、なにも見えない。はるか遠く、微かに出っ張っている地形が米粒くらいの大きさで見えるが、それだけだ。
「岩盤が露出していて、そこになにか、金属だか岩だかの構造物がある。明らかに人為的なものだ」
これまであっちの方向には、手前に大きな砂丘があった。それで隠れて見えなかったのだろう。砂丘が砂嵐で吹き飛んで、遠くの地形が見えるようになったってわけだ。
「トリム、お前には見えるか」
「うん平、岩盤だけは見えるよ。あたしの眼はタマほどは解像度がよくないから、構造物は見えないけど」
「岩盤か……」
「ご主人様。ドワーフの地下迷宮は、沙漠の中央、露出した岩盤の地下にあるんだよ」
レナが瞳を輝かせた。
「これがそうかはわからないけど、行ってみる価値はあるよね」
「もっともだ。……じゃあ俺達は、あそこを目指そう。キラリン、あの位置を地図上に記録しておいてくれ。万一また砂嵐があって地形が変わっても、見失わないように」
「了解だよお兄ちゃん。後ろから抱いてくれたら記録できるから」
背を向けてきた。
「嘘つくんじゃないよ。天国のときと同じなんて、芸がないぞ、お前」
背中をはたくと、キラリンの服から砂の煙が立った。
「ほら、早く記録しろ」
「ちぇーっケチ。一度くらいいいじゃんねえ。減るもんじゃなし」
「その言い方、マリリン博士にそっくりだぞ。俺の精――ごほんごほん」
俺の精子を抜こうとしたときのな、とか危うく言いそうになったわw 危ない危ない。
てか、やっぱマリリン博士が作ったデバイスだけに、性格や行動パターンに、なんとなく影響受けてるんだろうな、キラリンの奴。
「嵐は大変だったが、怪我の功名で、怪しい地形が見つかった。一週間かそこらあれば、あそこまで進めるだろう。今日はもう成果充分だ。現実に戻って風呂にしよう」
「じゃあ私の家に、またみんな泊まるといいわ。帰還時はみんな消えるから、家に着いたら呼ぶことにして」
「それがいいですね、吉野さん。俺ん家の狭風呂じゃあ順番待ちが大変だし」
「早く戻れて時間がいっぱいあるから、今日は私がみんなの分、お料理してあげる。秋も深いし、里芋で芋煮とかどうかな」
おう、いいな。芋煮ってうまいんだよな。不思議なことに、一人前ちまちまとかじゃなくて大量に作ったほうが、うまい気がするんだわ、芋煮って。
「いいですね。俺も野菜の下ごしらえやります。芋剥いたりとか。タマとトリムもお手伝いだぞ」
「あたしもやるよ、お兄ちゃん」
「じゃあキラリンもな」
「なら決まりね。帰りがけに豚肉もたくさん買おうね。お野菜や味噌は家にあるから」
「はい」
「タマちゃんのためにマタタビは常備してあるから、それも入れてあげるね」
「はうーっ」
タマ。吠えるなwww
「あたしはマタタビの下ごしらえを担当する」
「そんなの必要ないだろ」
絶対、盗み食いする気だわ、これ。
なんにつけ、今日も吉野飯か。こいつは楽しみだ。それに布団雑魚寝も、この間結構面白かったからなあ。なんか修学旅行みたいでさ。電気消してからもみんなであれこれ雑談して。ひとりまたひとりと寝落ちしてく感じが楽しくてさ。
エッチな展開こそなかったが、あれはあれで楽しい。俺達全員、親友みたいなもんだからな。
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