6 ドワーフの地下迷宮
6-1 ウルク沙漠踏破
「平ボス。茶をくれ」
日光浴中のタマが、顔を起こした。ビキニ姿で、寝っ転がってる。タマの猫目は人間の瞳がわずかに縦長になったくらいなんだ。でもここは極端に眩しいためか、今日はそれなりに細く絞られている。
「タマちゃんって、ほんと、太陽大好きよね」
ビーチパラソルの陰で、吉野さんが首を傾げた。
「私なんか、ちょっと日焼け止めに手を抜くと、すぐ赤くなっちゃうのに」
「俺達と違って、サングラスなくても余裕でよく見えるみたいですしね。……ほらよ、タマ」
ペットボトルを投げてやる。
いや俺達、別に南国リゾートで遊んでるわけじゃない。ここは異世界ウルク沙漠のど真ん中だ。その証拠に、ビーチパラソルを何本かおっ立てて休憩中の俺達パーティーの周囲には、砂の海が広がってるからな。珊瑚礁の海とかじゃなく。
朝から二時間ほど沙漠を進み、パラソルを立てて休憩中ってことさ。タマはさっさと服を脱いで、日光浴で寛いでるだけで。
まあ正直、砂さえ見なければ、リゾートにしか思えない。ここ本当に、「絶滅の沙漠」と恐れられる死の世界かよwww
俺達「日帰り異世界冒険組」は、気楽なもんだわ。
あれから一か月とちょい。俺達は毎日沙漠を進んでいる。熱いし汗かくから、疲労が早い。遮蔽物もないから、休憩ったって残酷なくらい強い日差しから逃れられない。
結局、パラソルも持ち込んで「遊び半分のろのろ行こうや」ってことに、早々決めたってわけよ。
「日本は十一月で結構寒くなってきたのに、ここはこの暑さだものね。体調崩しちゃいそう」
吉野さんは溜息をついている。
実際、ここの気温は四十度を超えている。現実世界との温度差は激しい。体調崩しても、不思議じゃあない。それでも湿気がないから、東京の夏よりは随分過ごしやすいのは確かだが。
ゆっくり進んでるのは、体調の件もある。今更速く進んで、川岸の野郎の手柄に協力する筋合いでもないしよ。
キラリンを優しく触ると、俺はあちこち撫で回した。あーいや、エロくはないぞ。謎スマホ姿だからな。
「だいぶ進みましたね、吉野さん」
吉野さんに、地図モードのスマホ画面を見せた。
「そうね。進みは遅いけど、沙漠では午後も歩いてる。だから午前中しか歩かなかったこれまでと、まあ同じくらいの踏破速度ね」
さすが吉野さん。しっかりしたマネジャーだけある。俺と違って、ちゃんと考えてるんだな。俺はどんぶり勘定で、「だいたいこれくらい進んどけばハゲに文句言われんだろ」程度しか考えてないからさ。
ああ、ハゲってのは社長な。
本社社長は、まだ三木本Iリサーチ社長でもある。でも直接の指揮を取ってるわけじゃない。川岸と山本に乗っ取られて新体制になったとき、有望な事業によだれを垂らした欲深役員連中が、三木本Iリサーチ社を所轄事業にしちゃったからな。
事業のオペレーションは、もう役員どもが仕切ってるわけよ。
だから社長は三木本Iリサーチ社の業務とは、事実上無関係さ。それに社長は今や、俺達とも直接の業務ライン上にはない。俺と吉野さんは経営企画室に異動になったからな。
ただこれまでの経緯があるし、俺と吉野さんは社長の子飼い。だから経営企画室の室長すっ飛ばして、たまに状況を聞いてくるんだわ。
俺と吉野さんは、もうシニアフェロー。事業部長と同クラスだから、ライン上は経営企画室長の指揮下にはあるが、地位は室長より上だ。社長と直接やり取りしても、室長に失礼ってことにはならない。それにもちろん、ちゃんと室長に報告して指示を仰いでるしな。リーマンとしての筋は通してる。
「だいぶ進んだよね、平」
トリムが地図を覗き込んできた。
「もう沙漠中央部に近いと思うよ、ご主人様」
地図上の踏破線を、レナが指で追った。
あの亜人村ライカンから、ウルク沙漠にまっすぐ進み、俺達はそのまま中央に向かって突き進んでる。キラリンの地図を見る限り、たしかにもう中央部の外れあたりには着いている。
ここまで、強敵と言えるモンスターはあまりポップアップしなかった。巨大な蠍とか、そういう初見モンスターは出たけど、寄らなきゃ毒の針だって怖くない。トリムの弓矢が大活躍だったわ。
それにネームドにも遭遇しなかったしな。それはラッキーだった。ネームドとか強敵中ボスみたいなのが出ると、そこそこ命の危険があるからさ。
沙漠の中でも、ここは砂ベースのガチ「砂漠」だから例のサンドワームが出ると厄介だなと思ってたけど、ここまでポップアップしなかったのは良かった。一度苦戦したからさ、できれば戦いたくない敵だ。多分周辺にドラゴンがいないからだろうってのが、レナの見立てだったよ。連中、ドラゴンの糞が大好物らしいからな。
モンスターだってあんまり出ない程厳しい環境だからか、もちろん他の人影なんか、見かけたことすらない。無人の大地。ただただ、不定形な砂丘が続いているだけ。景色になんの変化もないから、モンスターだの水不足だので倒れなくても、メンタルやられて自滅しちゃいそうだわ
まあ俺達は毎日帰れるから、そんな心配は皆無なわけだけどさ。
地磁気の乱れってのも、たしかにあったよ。でもタマとトリムが太陽の方向や影の長さ、風向きなんかを読んで方角を修正してくれたし、キラリンの位置把握能力は意外にもかなり優れてた。どうやら磁気だけでなく、いろいろな要素を加味して位置を推定するみたいだな。
発明者のマリリン博士、人柄は「超難あり」物件だけど、やっぱ天才だわ。
「今日のお弁当なあに、平」
「トリム、今日はな、タマゴ亭さん特製、味噌カツ弁当だ。あえて薄い肉を使って食感の軽さ重視で揚げたカツを、まだ熱いうちにじゅっと味噌ダレに潜らせた、香ばしい逸品だぞ」
「わあ、おいしそう」
よだれ垂らさんばかりだな。まあ実際うまいし。
「味噌カツ弁当は、いつもサイドが豪華で多いんだ。だいたい豚しゃぶサラダと白身魚の香草グリルだな。カツが味濃いから、バランス取るためにも薄味中心の副菜にしてるわけよ」
「タマゴ亭さんのお弁当、最高だよね」
エルフの口にも合うとはな。元がこっちの世界のシタルダ王家王女だから、実家の弁当屋にもなんかそれっぽい味のアドバイスしてるんじゃないかな。
トリムに説明してるうちに、急激に腹減ってきたわ。自分に飯テロしてりゃ世話ないな、俺も。
「なら平くん、ご飯にする? 休んでるうちにもうお昼近くなっちゃったし。ついでに」
「そうですね吉野さん。俺、キラリン召喚します」
「頼むわね。私、お弁当荷物から出して、お茶も準備するから」
「はい」
飯とおやつの間だけ、キラリンを召喚する約束だ。そうしないとあいつ、むくれるからな。なんせ食欲魔・酒飲み魔だし。
毎日そうしているが、特に問題は出ていない。食べ終わったらまたスマホに戻ってもらうせいか、天国のときのように、強制的にスマホモードになって困るとか、そういうことはなくなっている。
「うん。お弁当おいしい」
「よかったな、キラリン」
キラリンは、もの凄い勢いで味噌カツ弁当をかっこんでる。
マジ、弁当って普通の飯とは違う魅力あるよな。冷や飯があったかいご飯とはまた違う味わいがあるとか、発見した奴、天才だわ。
「たしかにうまいな」
タマも頷いている。
「実際、魚もいい味だ。香草が食欲をそそって。それにこの漬物が――」
言いかけたタマのネコミミが、ぴくりと動いた。弁当箱を置いて立ち上がる。
「どうした、タマ」
「しっ」
天を見上げ瞳を閉じ、なにか気配を探るような仕草をする。気まぐれな風を受けて、ビキニ姿の背中の猫っ毛が、ふわふわと優しくなびいた。
「平ボス」
俺を見つめる。真剣な瞳だ。
「砂嵐が来るぞ」
「砂嵐?」
周囲三六〇度を見回してみた。特に異常は感じられない。強い陽射しを受けて揺らぐ大地。そよ風を受け、ただただ砂がさらさらと鳴っているだけ。ただの平和な大地だ。遠くで蜃気楼が海のように見えているから、それこそ海沿いの広いビーチといった印象でしかない。
「勘違いじゃないのか、タマの」
「すぐ来る。多分、強い。……とてつもなく」
ぶっきらぼうに、タマは言い放った。
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