ep-2 ユミルの杖、返還

「成功したというのか」


 ダークエルフの森。大木樹上の王居。俺とケルクスは、玉座に座るブラスファロン国王に、立ったまま顛末を説明したところだ。


「はい。ここにいる平が、自らのアーティファクトで女神ペレを封印の後、話を着けて海に逃しました」


 ケルクスが、俺を持ち上げてくれた。


 女神ペレ戦翌日、俺と吉野さんが現場に転送されると、野営していたケルクスは、王の命を受け取っていた。ひとりで来いと。


 パーティーを連れずひとりっきりというのが、ちょっと引っかかった。ブラスファロンは狡猾だ。ユミルの杖を取り戻したついでに俺を殺し、アーティファクトを奪うつもりかもしれない。


 懸念を口にすると、王の命を俺に伝えたケルクスに一笑に付された。ダークエルフのアーティファクトを取り戻してくれた恩人に、そのような無礼を働くはずはないと。


 たしかにまあ、一国の国王だ。礼儀は尽くしてくれるとは思うが、世界史を振り返れば暴君などいくらでもいる。念のため、手持ちのアーティファクトは全部、マハーラー王王宮の俺達の部屋に置いてから来た。


 今頃、吉野さんや仲間はマハーラー王に冒険の経緯やら雑談をして、友好を深めているはずだ。俺はレナやキラリンすら連れていない。キラリンは昨日こちらでの活動限界を迎えたから、当面異世界には復帰できないしな。帰還には手持ちの謎スマホを使う予定だ。


「封印を解いて話を着けただと……。そんなことができるのか。相手は女神だというのに」


 ブラスファロンは唸った。俺の瞳をじっと覗き込んでいる。なにかを探るかのように。


「平、これすべてお前の仕掛けではあるまいな。事前にペレと陰謀を組んだやらせとか……」

「ブラスファロン様、ペレが現れたのは、平が生まれるはるか前です」


 ケルクスのフォローを受けると、ブラスファロンは鼻を鳴らした。


「わかっておる。少し試したのだ。平にはなにか大きな秘密があるようだからな」


 玉座に深く背をもたせかけた。


「……それにしてもケルクス。妙に平の肩を持つのう」


 王の後ろに控えるダークエルフの側近連中が、頬をひくひくさせて笑いをこらえている。


「堅物のお前が男に惚れるとは思わなんだが……。世の中には奇妙なこともあるものだ」


 こらえ切れずに、誰かが噴き出した。


「お恥ずかしい限りにございます」


 ケルクスは、目を伏せてみせた。ケルクスが俺の刻印を受けたのは、エルフの男なら一発でわかるはず。王居に入った瞬間から、ここにいるほとんどの奴にばれてるってことさ。


「絶対そういうことがない、男に籠絡ろうらくされるはずはないと踏んだからこそ、お前を選んだのだが……」


 困ったように、王は首を傾げてみせた。ケルクスが孤児で、戦いで死んでも部族にとって大きな損失でないという以外に、それもあったのか。瞬時に判断してケルクスを軍師役で送り出すとは。この国王、マジあなどれないわ。


「まあ目的が達成されたのだ、それはいい。多少目算が狂っただけの話だしな」

「ブラスファロン様。ダークエルフ先祖伝来のアーティファクト、ユミルの杖を取り戻しました。お受け取り下さい」


 ちょうどいい頃合いだ。進み出ると、国王自らの手に、俺は杖を握らせた。これまで使っていた仮の王笏おうしゃくは誰かが受け取り、うやうやしく捧げ持ったまま下がった。


「おう……」


 瞳を閉じ、大きく息を吸っている。


「これよ、これ。この感覚が……」


 握ったまま、黙ってしまった。しばらく経ってから、瞳を開く。強く握り締めた杖で、床を軽く二、三度、叩いてみせた。


 杖からなにかのオーラが出ているのが、ただの人間の俺ですら感じられる。収まるべき場所に収まったから、杖も喜んでいるのかもしれない。


「祖霊の力と守護を感じる。平よ、此度こたびの働き、大儀たいぎであった」


 側近連中から、どよめきが巻き起こった。ブラスファロン国王が他人に感謝の意を示すなど、おそらく極めて稀なのだろう。


 ハイエルフの巫女トラエの話では、ダークエルフの霊力は衰えつつあった。先祖伝来のアーティファクトである王笏、ユミルの杖を失ったせいだ。


 それを取り戻した。これからは祖霊の力の加護で、衰えた霊力も徐々に戻ってくるはず。ならばこその感謝だろう。


「ところでその方、よほど大きな怪我をしたのだな。ペレの攻撃、それも直撃を受けたか」


 俺の上半身は、ハイエルフの治療布でぐるぐる巻きのままだ。


「ブラスファロン様、平はペレの火山弾直撃を受け、生死の境を彷徨いました。ハイエルフの秘儀とケットシーの技で、かろうじて冥府から戻ってきたのです」

「まあ裸で来る必要はないとは思うが……」


 ケルクスの言に苦笑いしてから、真面目な顔つきに戻った。


「命を懸けて働いてくれたのはわかる。平には祖霊に懸けて、ダークエルフの感謝を捧げよう」


 実際、傷を見せつける狙いもあって、あえて上半身裸で来たんだ。傷のせいで服が着れないって体にして。ブラスファロンにはバレバレだったか。さすが鋭い。


「ブラスファロン様、約束通り、エルフ統合の象徴の件、よろしくお願いします」

「ハイエルフどもとの、宝珠の欠片の結合というやつだな」

「はい」

「ふん……」


 ブラスファロンは、また黙った。なにか計算しているのだろう。


「ブラスファロン様」


 背後にいたフィーリーとかいう女が、王の肩に手を置き、耳になにか囁いた。こいつは高位の魔法使いで、しかも部族内でも高い地位と、俺は踏んでいる。なんせオーラが凄いし、王の肩に気安く手を置いたからな。前回来たときも、こんな感じだったし、まず間違いないだろう。


 フィーリーが後ろに下がると、ブラスファロンは口を開いた。


「杖を取り戻した平の望みだ。聞いてやろう」

「ありがとうございます」

「平、お前のほうで詳細は調整しておけ。こちらの窓口はケルクスにする。なんせ今や、平の嫁だからのう」


 ついに背後の側近連中、どっと笑い出したわ。国王自らイジってきてるんだから、もう我慢する必要ないってことなんだろう。


「それにしても、先に来たハイエルフも嫁ではないか。平お前、どうするつもりなのか」


 ここでも言われたかw 一般的にはエルフ一派はそう仲悪くはないらしいが、ここに棲む両部族に限っては過去の因縁があるだけに、なかなかだな。


「今日はどうして連れて来なかった」


 からかうような口調だ。てか……えっ?


「エルフをふたりも従えたのだ。我らの前で嫁自慢くらいしそうなものだが」

「それは……俺ひとりで来いって……国王が……」

「そのような要請はしておらん。……ああ」


 したり顔で、なぜか頷いている。


「そう言えば、しておったかもしらん」

「はあ……」


 横に立つケルクスを見てみたが、知らん顔だ。


「それより平よ、我々にまだ願いがあるであろう」

「は、はい。ブラスファロン様。あとひとつ――」

「わかっておる」


 手を振って、俺の話の腰を折った。


「平個人の望みだな。太古に失われた三氏族の情報、そして延寿の秘法」

「はい」


 さすがは国王。よく覚えてたな。


「それも話してやろう。これらについては、部族内でも知っておる者はほとんどおらん。ここにいる連中でさえ、な」

「お願いします」


 とりあえず頭を下げておく。屈むとちょっと傷が痛む。でもタダだし。いくらでも下げたるわ。


「まず最初に、我らは失われた三支族ではない。お前の見込みとは違って悪いが」

「えっ……」


 くそっ、じゃあ延寿も無理か。図書館長ヴェーダによるとあれ、三支族に受け継がれた力だって話だし。


「だが……」


 ブラスファロンが続けた話は、驚くべきものだった。

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