第四部エピローグ

ep-1 受傷当夜

「痛むか……」


 ベッドに腰を下ろすと、タマが俺の手を握ってきた。


「いや。なんか痺れたようになってる」

「おそらくハイエルフの治療布の力だ。鎮痛作用があるのだろう」


 マンションクラブハウスの、小寝室。女神ペレ戦を終え現実に帰還した俺と吉野さんは、怪我についてうるさくつきまとう転送担当者を適当にあしらうと、さっさとマンションに引き上げた。


 転送担当者は小役人のような男。労災を自分のせいにされたくないから、細かいところまで聞き出し、いいように歪曲して報告を上げるつもりなんだよなー、アホらし。


 お前のせい――転送場所のミス――にはしないから、安心しろっての。こっちはとっとと自分の巣に戻ってくつろぎたいんだよ。


「見せてみろ」

「ああ」

「上半身だけ起こしてくれ。悪いな」


 ゆるゆるのTシャツを脱がせてくれると、次は治療布に手を掛けた。注意深く、巻き取るように外していく。


「もしかしたら血が固まって傷に張り付いているかもしれん。痛かったら言え」

「わかった」


 マンションに戻ってからがまたひと騒動だった。案の定、キラリンが責任を感じてぼろぼろ泣いちゃってさ。キラリンのせいじゃない、異世界での展開時間をコントロールできなかった俺のミスだって、なんとか言い聞かせたが、俺に抱き着いたまましばらく離れなかったわ。


 軽食で手早く晩飯を済ますと、風呂やなんやかやは吉野さんに任せて、俺は早々に寝室に引っ込んだ。この怪我じゃ入浴なんか無理だし、タマに治療方々舐めてもらうためだ。ケットシーの唾液は殺菌治療効果だけじゃなくて、清浄効果も高いからな。風呂なんかよりよっぽど清潔になる。


「どれ……」


 裸の胸を、タマが覗き込んできた。


「うん。さすがはハイエルフの秘儀だ。もう薄皮が張っている」

「背中はどうだ。火傷が酷いって聞いたけど」

「ああ……」


 タマがチェックしている。


「こっちは大丈夫だ。治療布とポーションのおかげだろう。赤くなり皮膚が引き攣ってはいるが、壊死や水ぶくれはない」

「良かった」


 火傷跡は残りそうだが、とりあえず死なないで済みそうだ。


「傷を見せてくれ、タマ」


 タマはしばらく考えていた。


 現場では絶対見せてくれなかった。多分、深い傷に俺がショックを受けるのを避けるためだ。戦場ではそれだけで死ぬ奴がいるからな。


「……まあいいだろう。気を落ち着けてな」


 壁の鏡を外すと、俺の胸を映し出してくれた。


「どうだ」


 左胸。ちょうど脇の下あたりの肉がえぐれて、奇妙な形に凹んでいる。周囲にはまだ血の固まった跡が、茶色く残っている。


「横からも頼む」


 タマが脇に回った。首を捻って覗き込むと、傷がはっきり見えた。想像以上に深い。紙に穴を開けるパンチで、ごっそり肉を切り取ったような形。それでも傷には桃色の薄皮が張っている。


 受傷から数時間。普通なら皮が張るどころか、火傷と重傷で、まだ生きる死ぬの状況だろう。動脈が破れたんだし、そもそもあの場所で死んでしまうのが普通だ。タマのおかげだな。こうして生きていられるのは。


「さ、横になれ。治療する」

「頼む」


 俺が横たわると、部屋着をかなぐり捨てるようにして、タマは裸になった。


「痛かったら言え、平ボス」


 四つん這いになると、俺の脇を舐め始めた。痛くはない。まだ痺れたようになっている。だからタマのざらざらした舌が這っているのも、まったく感じない。


「……背中と頭を撫でてくれ、ボス」

「ああ」


 痛む左腕はあまり動かしたくないので、右手でタマの頭や背中を撫でてやる。こうするとケットシーの治癒効果は増大する。こういうところが、猫っぽいんだよなー。さすが猫獣人。


 なんだか気持ちよくなってきて、俺は目を閉じた。そのまますっと意識が遠のく。


 ふと気づくと、タマは俺の胸を舐めていた。


「タマ……」

「気づいたか、平ボス」


 タマは顔を上げた。


「気持ち良さそうに寝ていたぞ」

「さすがに疲れたんだろな、俺。戦闘と受傷で」

「今日の分の治療は終わった。また明日な。体はまだ舐め始めたところだ。しばらくじっとしていろ。洗ってやる。……血の跡もあるしな」


 また俺の体を舐め始める。胸や腕、右脇から腹、そして下半身も。タマのざらざらした舌で舐められると、俺の体は自動的に反応し始めた。


「怪我をしていても、元気だな」


 くすくす笑いをしている。


「さすがは男の中の男。あたしが好きになった雄だけある」

「あんまりいじめるな」

「ここも洗ってやろう」


 大きく口を開けると、タマは口に含んだ。


          ●


「ふう……」


 右腕を腕枕に、タマは俺の胸に顔を付けてごろごろ言っている。


 一度飲んでも俺が収まらないのを見て取ったタマは、そのまま跨ってきた。


 生死の境から戻ってくると性欲高まるってよく言われるけど、実感したわ。あれだろ。多分遺伝子が命じるんだわ。死ぬ前に子作りに励めって。


 そんなわけで、跨ってきたタマは、何度も俺の精を受けた。吉野さん同様、開発が進んだので、いつの間にか最後までいくようになっている。なので繰り返し俺の上で震えた。


 タマがいくときは凄いんだよな。入り口から奥にかけて順に、何度も強く締め付けてくる。だから俺の絶頂がやたらと長く続く。出すのも苦しいくらい強いからさ。


「タマ……」

「どうしたボス。またしてほしいのか」


 俺の胸を吸い始めた。


「強い雄だ……。さすがはあたしのパートナー」

「そうじゃなくてさ」


 タマの肩を抱いてやる。


「俺、いつから戦えるだろう」

「傷という意味なら、一か月はあまり無理をしないほうがいい」


 胸から唇を離すと、それだけ口にしてまた胸に戻る。なんか夢中になってるな。


「それに先に進むより、やることがあるだろ」

「まあなー」


 ハイエルフは怪我人もいるし、もう里に戻っている。


 それでもユミルの杖は、現場に残してある。ケルクスには無理を言って、杖番方々、あそこで野営してもらっている。なんせ、ダークエルフのブラスファロン国王は狡猾だ。最大限に恩を売る形で、杖を返却したい。俺が命懸けで取り戻したとわからせて。


 ケルクスが先に持ち帰ったら、ブラスファロンはもうそれで満足して、俺の頼みなど聞いてくれるかわからない。この重傷姿でよろよろ杖を抱えて参上してこそ、強烈な印象を残せるからな。演出だよ。


 まず、延寿の秘法を授けてもらう。次に、約束通り先祖伝来のアーティファクトを取り戻してやったんだから、ハイエルフとの珠の合一を約束してもらう。


 それに、俺の知らない延寿情報や失われた三支族の件も聞き出さないと……。


 言ってみれば、勝負所がまだまだ続くのだ。気を張って取り組まないと。


「たしかに当面、体を張る戦闘より、交渉事が優先だな」

「だろう。……それに平ボス、パーティー仲間のケアも必要だ」

「ケア……」

「そうさ。丁寧にな」


 また顔を起こした。


「女神ペレ戦で、みんな大変だった。キラリンは心に傷を負ったし、トリムだっていろいろ……な」


 あー確かに。ハイエルフはダークエルフに、複雑な感情を抱いている。そのトリムの目の前で、ケルクスに聖なる刻印を施したからなー。俺が施したというより、もらい事故ではあったが……。


 それに頑張ってくれたキングーや、黙ってすべてをまとめ、俺の背後を固めてくれた吉野さんもいる。まあレナはいつも前向き元気な奴だから、こっちは取り立ててケア不要だろうが……。


 これはキラリンとトリムを連れ出して、またホテルでケーキバイキングとかするか。たしかにしばらく、戦闘より事後の調整をあれこれしておく必要はある。タマの言う通りだわ。


「それにボス。あたしのケアもな。ボスが死ぬと思って、あたしも一時絶望した」


 ちょっと意外だった。いつだってクールな、心の強い奴だから。


「いいけど……なんだ?」

「ボスの命を感じていたいんだ、今は」


 俺の口に、胸を押し付けてきた。吸ってやると、普段のタマからは想像できないような、かわいい声で喘ぐ。


「タマ……」

「続きをしてやろう。まだ足や背中を洗ってやってないしな」


 俺の瞳を読んで、タマは体を起こした。足の先を丁寧に舐め始めたが、ふと頭をもたげる。


「ボスが望むなら……こっちが先か」


 また反応してしまった俺を見て取ると、下半身に顔を埋めた。

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