2-2 対バジリスク戦
「近衛兵整列っ」
ミフネの大声が響き渡る。近衛兵が剣を体前面に掲げた。
「急所は喉だ。走り込んでの刺突と高速離脱。一匹ずつ集中連続攻撃する。喉を突くと毒息が噴出する。息を止めたまま走り抜けるんだ」
「はいっ!」
「平っ」
ミフネが振り返った。
「援護を頼む」
「わかった。――吉野さん、火炎弾を先頭のトカゲ野郎にっ。頭に当ててのけぞらせるんだ」
「うん。今狙う」
ジャケットから吉野さんが火炎弾を抜き出すのが見えた。頭を燃やしてやれば、トカゲの気を攻撃隊から逸らせられる。それにのけぞって喉が丸見えになれば刺突に有利だ。
異世界地図事業を始めて数か月、俺のパーティーは皆、それなりに体感レベルが上がっている。見事な軌跡を描いて、吉野さんが投げた火炎弾はバジリスクの頭部を直撃した。
炎がばっと広がり、苦しげな吠え声を上げてのけぞったバジリスクに、近衛兵が突撃の雄叫びを上げて突っ込んだ。先頭の近衛兵が大剣を素早く喉に突き刺すと、そこから紫色のブレスが大量に漏れた。それをかわし駆け抜けた近衛兵が振り返ると、モンスターは倒れ、大地の割れ目に消えていった。割れ目から大量の虹が巻き上がる。妄想に戻ったのだろう。
まず一匹。続いて、もう一匹も同様に処理した。
残り三匹。
だが、ここで問題が発生した。どうやらバジリスクとやらは、それなりに知性のあるモンスターのようだ。仲間が次々に火炎弾と刺突でやられたのを見て取ったのか、距離を置いて火炎弾を避け、毒ブレスでこちらの動きを止める作戦に出た。
しかも一匹がそうして俺達を足止めしておいて、残り二匹が素早く回り込んで俺達の背後に回った。連携が取れている。集団での狩りなども得意そうだ。そのまま突っ込んでくることもなく、猫目をまばたきしつつ、こちらの様子を伺っている。毒ブレスで牽制してくる上に巨大なので、タマの格闘技はあまり当てにできない。
「くそっ。長期戦に持ち込むつもりだ。包囲されたぞ」
三体それぞれに近衛兵が相対し、その間に俺達は位置している。アーサーやスカウトは、短いボウガンを構え、喉を狙って射出した矢で、連中が襲ってこないよう牽制している。
「ミフネ。連中はじわじわ包囲網を縮め、頃合いを見て一気に突っ込んでくるぞ」
「わかっている平。――だが、どうしたら」
「レナっ。知恵を貸せ」
「はいっご主人様」
俺の胸から、レナが身を乗り出した。
「どうだ。なにか思いつくか」
「うーん……」
レナは眉を寄せた。
「変温動物モンスターなんで、体を冷やせば嫌がるとは思う」
「吉野さん、冷凍弾は」
「あるよ平くん。けど火炎弾ほど数がない。それにあんな大きいのを凍らせるとかは無理だと思う」
「牽制に使える程度か……」
じわり。トカゲ野郎が身を乗り出してきた。
もうあんまり時間は残されていない。
「平。俺達近衛兵が一匹に突進する。こちらに犠牲は出るだろうが一匹だけでも倒せれば、そこを突破口に、包囲から全力で逃げる手はある」
「いやミフネ。それは危険すぎる。どうやら連中は俊敏だ」
「俺もそう思う。背後を取られるぞ」
アーサーが叫んだ。
あっという間に追いつかれ、背後から攻撃を受けるという最悪の戦況に追い込まれる危険性は高い。
「レナ、他はどうだ」
「あとは思いつきなら」
「いい。言ってみろ」
「ご主人様の短剣は、バスカヴィル家の魔剣だったよね。シャイア・バスカヴィルは古代の賢人で、図書館の賢者ヴェーダさんによれば、古代魔法の禁じられた術式に詳しかったとか」
「だからどうした」
「バスカヴィル家ゆかりの品。しかも魔剣と呼ばれてるんでしょ。なにか古代魔法が封印されていても、おかしくはないよ」
「魔法の力?」
「そうよ平くん、私もそう思う」
「吉野さん。でも……」
そりゃ、そういう可能性はあるだろうさ。だからってさ、メイジでもなんでもない俺が、魔剣振るえば魔法が使えるってのか?
「魔剣の持ち主なのか、お前」
アーサーが唸った。
「ああ。なんだか知らんが、とあるクエストをこなしたら毎日俺の側に現れるようになった」
「なら安心しろ。魔剣はな、持ち主を自ら選ぶ。選ばれたからには、お前は魔剣の力を使えるはずだ」
「にしてもどうやれば」
剣を抜いて、適当に呪文でも唱えればいいのか? アブラカタブラとかw
「もう時間がない。どんどん包囲網が狭まっている。構わんやれ、平」
ミフネが自分の剣を振り上げた。
「俺を信じろ、平。俺は剣術格闘の専門家だ。いいか、正面の敵に剣を向け、全身で念じるんだ。バスカヴィルの魂よ甦れ、我に力を与えよと。それが魔剣起動の常道だ。多分その剣も同じだろう」
さすがは近衛兵の古参。剣については詳しいんだな。
このままではジリ貧だ。ミフネ隊の突撃でたとえバジリスクから逃げられたとしても、何人か命を落とすという読みは、多分正しい。下手したら全員だ。吉野さんとタマやレナは、なんとしても守りたい。
なら、やるしかないじゃん。俺は男だ。
覚悟を決めた。
「くそっ。どうとでもなれっ!」
抜刀した。
「見てっ。剣が」
吉野さんに言われるまでもなかった。鞘から抜き放った魔剣は、輝いていた。まぶしいほどに。熱を持った光ではない。もっとこう青白いというか、蛍火のような光だ。その光には実体があるようだった。剣から流れ出し、人型にゆらゆらとまとまったから。顔はない。ただ声が聞こえた。頭に直接響くようにして。
「魔剣の主よ。我の力を用いたいか」
頭が割れそうなほどの大音声だ。吉野さんが耳を押さえているところを見ると、全員に聞こえているらしい。
「決まってんだろ」
俺は叫んだ。
「なら問いに答えよ。さらば請願に応えよう」
「なんだよクイズ大会かよ。今死にそうだっての。後にしてくれ」
「知覚の扉を開くには、混乱の門を潜らねばならん。知覚の扉を開けられれば、禁断の通路が開くであろう」
俺の悪態は無視し、よくわからないことを告げてくる。
「だからそういうのは後でゆっくり――」
「問う。知覚の扉を開く資格が、汝にありやなしやと」
「知らん」
「答えよ」
「知るかっ。俺はただ、仲間を守りたいだけだ。俺のパーティーをな。四人だけでなく、アーサーやミフネみんなだ。旅を共にする以上、全員、俺のパーティーだからな」
「愛を持って扉を開くと申すか」
「それが愛だってんなら、それでもいいよ。俺の心を覗いてみてくれ。お前、魔剣の魂だろ」
「
魔剣の輝きが強くなった。もう目を開けていられないほどに。
「汝、知覚の扉を開く資格ありと認める。今世ふたりめの鍵を与える」
輝きはどんどん強くなった。同時に、俺の手は、魔剣の握りに強く吸い付けられていた。なにか見えない根のようなものが、手を通し、俺の体に入ってくる感触すらある。
――ま、まぶしい――
目がくらみ頭の中心になにか触れる感触があった。ふと気が遠くなり――気がつくと、魔剣の輝きは収まっていた。
……なんだ……これ。なにかの数字が見えた、頭の中で。あれは……どういう……。
「見ろっ」
アーサーの叫びで我に返った。
「バジリスクの動きが止まっている」
たしかに。三匹、まるで石像のように動かない。先程まで呼吸と共に上下していた下顎の肉すら、止まったままだ。
「死んだのか」
「いや生きている。……だが今がチャンスだ。構えよ、剣」
ミフネの掛け声で、近衛兵が剣を構え直した。
「各々、正面の敵に突撃っ」
勝鬨を上げて、近衛兵が駆け出した。
「タマっ、俺達も行くぞっ」
「わかってる。ボスのボス」
俺とタマは、背後の敵に向かった。動きの止まった敵の顎をタマが蹴り上げ、
大丈夫とは思うが毒ブレスが怖いので、素早く抜いて、そのまま駆け抜けた。振り返ると、もう一匹には、スカウト隊が攻撃を仕掛けていた。
バジリスクは崩れ落ちた。すぐに体が弾け、大量の虹が立ち上る。虹となった妄想は、空に拡散して消えていった。
「今、なにが起こったんだ」
すべてが終わると、アーサーが呟いた。黙ったまま、ミフネは長剣を鞘に収めた。
「魔剣の力だ」
「しかし隊長。これまで伝えられているどの魔剣とも効果が違います」
近衛兵達は興奮気味だ。
「わかっている。斬撃の効果を高めて硬い甲羅を断ち割ったり、あるいは魔力を付与した斬撃で敵に致命傷を与えるのが、魔剣だ。こいつは……」
「みんなも聞いたな、あれは剣の声なのか」
スカウトのひとりが、眉を寄せた。
「なにか禍々しい力を感じた。こいつはただの魔剣じゃあないな」
「どういう原理で敵が止まったのかすらわからん」
「それに知覚がどうのこうのと。あれは戦闘とは無関係だ」
「その力はもう使うな」
ミフネは言い切った。
「おそらく、とてつもなく危険だ。その剣には、なにか恐ろしい背景がある」
俺は黙って頷いた。
言われるまでもない。この魔剣を使うことはもうないだろうとわかっていた。なぜなら、魔剣の魂が俺に語りかけてきたのを感じたからだ。我をもう呼ぶな。普通の剣として用いよと。
なぜなら世界を危険に晒すからと。シャイア・バスカヴィルは、自ら生み出した魔剣の力に支配され、身を滅ぼしたのだと。我は呪われた剣なりと。使えば使うほど、剣の力に支配され、ついには魂を吸われて廃人になると。
俺は、眼前の地割れに視線を移した。
とにかく危険は去った。だが、すでにボス級のモンスターが出現した以上、ここからは、これまでにも増して慎重に進まねばならない。戦闘を極力避けて。
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