2-3 ちゃんこ鍋の密談

「平くん、そろそろいいよ。お鍋」

「はい」


 カセットコンロの上で、鍋はぐつぐつ煮えている。


「おいしそうです」

「いい匂いだね、ご主人様」


 たしかに。野菜や鶏、肉団子などから染み出る旨味が、湯気にこのうえない香味を与えている。もう腹減って辛抱たまらん。


「レナこれはな、ちゃんこ鍋といって、栄養満点でうまいんだ。特にこれは鶏白湯といって、鶏肉や鶏ガラのうまみが最高に出たスープで」

「とりぱいたん?」

「そうさ。説明は面倒なので省くが、とにかく元気の素だ」

「精力も付きそうだよね、ご主人様」

「あ、ああ」


 レナの奴、余計なことを言う。吉野さんと俺、今微妙な時期なんだから、少しは気を遣えw


 ここは吉野さんの自宅マンション。俺とレナ、タマは晩飯にお呼ばれしている。いつぞやの約束を守ってくれたってわけさ。なにせ今日はバジリスク戦で疲れたからな。いつもの半額弁当じゃあ、なんか悲しい。吉野さんの誘いに、ほいほい乗ったわけよ。


 バジリスク戦の後、俺達探索隊は、その場に留まり野営することになった。スカウト隊と近衛兵は、その場で露営。俺達異世界組は、業務終了で現実世界に帰還とね。明日また野営地に俺達が転送されてから、先に進むことになっている。


「口に合うといいんだけど」

「いや、うまそうです。ふみえボス。ヒューマンだけでなく、ケットシー的にも多分これは最高かと」


 立ち上る湯気といい香りに、タマもうっとりしている。


「えへっ。ちょっとだけマタタビ入れちゃった」

「はうーっ」


 タマの奴、珍しくヘンな声出してるんじゃないよw 大喜びしてるじゃん。


「はい、ビール」


 吉野さんが瓶ビールを注いでくれた。


「缶ビールもいいけど、やっぱり瓶のほうがおいしいと思うのよね」

「そうですね」


 それは俺も同意する。あれなんだろうな。中身はそう変わらないはずなんだから、雰囲気なんだろうか。


「ご主人様ご愛飲のビール風飲料じゃなくて、本物だね」


 レナがラベルを指差した。


「ほら、原材料が麦芽とホップだけだよ」

「あら……」


 レナの奴、またしても一言多い。吉野さんに笑われたじゃないか。あとでお仕置き決定だなこれは。


 それにいいんだよ、なんちゃってビールだってそこそこうまいし、なんたって本物の半額以下だからな。スーパーのPBなら百円切ってるし。コスパからしてビールより優れてるんだからさ。


「じゃあ、乾杯。今日は大変だったけど、とにかく勝ったし、魔剣の力もわかってよかったわ」

「乾杯」

「かんぱーい」

「乾杯」


 俺達は、無言でビールを飲み干した。あーレナのグラスは、コーヒーミルクの空き容器な。サイズがちょうどいいし、軽いからさ。


「ぷはーっ!」

「この、最初の一口が最高よね」

「いやホントほんと」

「ではさっそく――」


 目にも留まらぬ箸使いで、タマが鍋からを取り鉢に具材を盛った。まずマタタビと鶏団子、次にマタタビとしいたけ、あとマタタビともも肉、さらにマタタビとネギ、最後にマタタビ。早い話、八割方マタタビだな。また悪酔いしないといいけど。


 それを口火に、俺達も鍋をつつき始めた。レナの分は俺が適当に見繕って、小さな取り鉢に入れてやる。


「いやうまいです。吉野さん。鶏の旨味と脂が白湯に奥深さを与えてて。肉団子はこれ、軟骨も仕込んでるんすかね。噛むと旨味汁と肉の香りが広がるだけでなく、こりこりした食感で、まさに歯まで喜ぶというか」

「きのこもおいしいよ、ご主人様。しいたけにえのき、それにエリンギがしっかりした歯ごたえで意外にもベストマッチしてて」

「うま……うま」<タマなこれ。いつもどおりマタタビに目の色を変えてる。

「前も言ったけど、鍋はねえ、独身女の無精料理。だけどよく作ってる分だけ、特にちゃんこは上手になったと思うんだ」

「いや謙遜っしょ。これなら店開けますよ」

「そんな」

「吉野さんが女将さん兼料理人で、ご主人様は皿洗いと配膳だね。大箱よりカウンターの小料理屋がいいよ」

「お前は本当にいつそんなつまらん知識を仕入れるんだっての」

「えへっ」

「はい。ビールおかわり」

「すんません、課長」

「ここで課長はないでしょ」


 かわいく睨まれた。


「そうでした。吉野さん。それにしても――」


 俺は見回した。


「思ったよりずっとシックな部屋で驚きました」


 本音だ。なんていうのか、もっと女子の生活臭が出たマンションかと思ってたけど、けっこうな都心の低層マンションなんだが部屋も広く、モノがあまり置かれていないミニマリストスタイルだったので。ここ多分賃貸じゃないだろ。


「そう? 世帯じみてるのはあんまり好きじゃないんで、そういう家具やなんかは、一部屋に押し込んであるんだ」

「そうっすか」

「その部屋見てみたいな」


 取り鉢から、レナが顔を上げた。


「吉野さんの下着とかパジャマとか、サキュバスとして興味あるし」

「それは内緒」


 まあなんとなくはわかりつつあるけどなー。王宮でお泊まりしたときもちょっとだけ見えちゃったし。なんか高そうだけどエロくない感じだった。


「この部屋買ったのだって、私じゃなくて父親。私は借りてるだけだから」

「そうですか。ここ高そうです」

「まあそうね」


 いや普通に億ションだろここ。都心だし。


 吉野さんのとこは部屋数も少ないから、多分そこまでは行かないだろうけど、それでも六千万くらいはしそうだ。……てことは、俺のボロアパートの、家賃八十年分くらいかw


「でも父が資産家でも、私はただの貧乏な会社員だから。家賃だって取られてるし」

「はあ。お父さん、なにやってる人ですか」

「会社経営」

「すごいっすね」

「すごくないよ。本当に、社員数名の輸入商社だから」

「輸入っすか」

「イタリアや東欧から家具入れたりしてる」

「はあ」


 これ多分凄いパターンだ。もしかして跡継ぐ修行のために商社、つまり三木本商事に入社したのかな。


 子供の頃は親の顔色見てたって、吉野さん言ってた。多分厳しく躾けられたんだろうなあ。


 それにしても金持ち――というか、エリートの感覚なのかな。自分の子供から家賃取るとか。俺にはよくわからない世界だな。ウチは地方の中小企業リーマン一家だしさ。倒産したり社長が夜逃げしたりで、親父は二回くらい会社移ってるらしいし。


 とにかくウチは庶民的で、家ではステテコ穿いてうろつくようなおっさんだったからなあ親父は。元は由緒正しい家だったって、親父は酔うとよく自慢してたわ。ステテコ姿で(説得力ゼロw)。親父が生まれた直後に爺さんが失踪して零落れいらくしたって、できすぎのフカシ入れてな。


「それにしても、平ボスの魔剣があって助かったな、今日は」


 マタタビかっこみが一段落着いたらしいタマが、ようやく顔を上げた。


「あれがなかったら、正直、どうなっていたかわからん」

「タマの言うとおりかもね。ねえご主人様、危険地帯はまだ先のはずだったのに、もうこんなことになって。ボクは今後がちょっと心配かも」

「たしかにね」


 吉野さんがチラ見してきた。


「ねえ平くん。当初の予定だと、あんまり危険だったら王都に戻って、無理だったって報告するはずよね」

「そうですね」

「もうそれでいいんじゃないかな。言い訳は立つと思うけど」

「それは俺も考えてました」


 なんせ俺達の目的は、楽にサボりつつ地図を作ること。命を落とす可能性のある冒険なんて、やなこった。探索を切り上げ王宮に戻ったって、アーサーやミフネが、今日の中ボス戦について報告してくれるだろうしさ。


「ただ、ちょっと早すぎるのだけが気になるというか」

「たしかに。まだあんまり日数は経ってないもんね」

「王の覚えをめでたくするには、もっとなんというかこの、苦労した感が欲しいというか」

「苦労した……感?」

「そうです。もうこりゃどうしようもないよな、って思わせたいんで」

「ご主人様はね、このあたりのずる賢い戦略については天下一品だよ」


 いやレナ、いつもツッコんで悪いが、それまたしても褒め言葉になってないし。


「じゃあどうするんだ。危険を冒して突き進むってのか。平ボスお前、ふみえボスを危険に晒す気なのか。場合によっちゃああたし――」


 タマに睨まれた。どうもマタタビで酔ってるみたいだな。あんまり刺激したくはないw


「安心しろ。タマ。苦労はノーサンキューだ。苦労した感だけあればいいんで」

「具体的にはどうするの、平くん」

「はい吉野さん。行軍速度をぐっと下げようと思います」

「エンカウントの可能性を下げるんだな」

「そうだタマ。歩くと確率エンカウントするからな。歩数減らせればモンスターの出現回数は減る」

「遺跡に近づかないようにね」

「レナの言うとおりさ。近づくから危険になる。安全な通路を探すってことにして、同心円状ににじり進むんだ。モンスターの気配が極端に少ない方向を選ぶんだ。場合によっては少し戻って回り道するとかな」

「なるほど」

「それで地図だってできる。俺達にとっては一石二鳥だ」

「でもルーティングはアーサーさんが仕切ってるんだよ、ご主人様。探索隊の隊長でもあるし。スカウトだからルート探しはお手の物でしょ。どうやって主導権を握るのさ」

「なに、嘘をつかなければいい」

「どういうこと?」

「本当に安全な通路を探すのさ」

「どうやって。タマの勘に頼るとか?」

「たしかに、あたしならそれなりに土地や気配は読める」

「それだけだと説得力にやや欠ける」

「ならどうするのさ」

「俺に任せろ。ハイエルフを召喚するんだ」

「ハイエルフを?」


 レナが息を呑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る