2 第二の使い魔、または第三の使い魔

2-1 王女探索隊の進軍

「人が多いと楽しいねー」


 俺の胸から顔を出したレナが、お気楽に呟いた。


「まあ、地図作りも楽勝だしな」

「そうそう。ご主人様のサボり野望にぴったり」


 前を行く近衛兵のひとりが、ちらりと俺を振り返った。うーむ。呆れられたかもしれない。なんせ近衛兵は、命を捨てても王族に尽くす、モラル高く忠誠心にあふれたエリート部隊だ。


「レナ、余計なことを言うな」

「えへっ、ごめん」


 今俺達は、ニルヴァーナ遺跡に向かい、旧街道跡を西に進んでいる。王女足跡探索隊。先頭を行くのは、スカウト小隊の三人。斥候隊なので、自然や地形を読むのが得意なんだと。


 今回同行した三人はスカウト隊でも特に優れた連中で、なんでもそれぞれ特別に詳しい分野があるらしい。


 例のドラゴン龍涎香事件で知り合ったアーサー隊長が率いており、アーサーはこの探索隊の隊長も兼ねている。


 スカウト小隊の後ろに、近衛兵からふたり。まあ戦闘要員だな。その後ろが俺達「サボり」パーティーの、いつもの四人。俺達の背後に、ミフネという渋い中年の近衛兵が、たったひとりで殿しんがり警戒役として続いている。遺跡周辺のモンスターは質が悪く、背後にポップアップすることもあるんだと。休憩のときの会話など聞く限り、ミフネは今回の近衛兵を束ねる立場でもあるようだった。


「それにしても、けっこう険しいんだな、道筋。旧街道ってくらいだから、整備されてると思ってたよ」

「もう何百年も使っていない街道だ。自然に還るほうが普通だろう」


 なにを当然のことをと、タマが呆れたような顔で俺を見た。実際、街道跡とはいえ、見た目、ただの荒れた草っ原だ。そもそも道と周囲の区別がつかないが、タマとかスカウト連中にはわかるらしい。スカウトはときどき集まってひそひそ話すだけで、ずんずん前を進んでいく。


「にしてもなあ……。大丈夫ですか、吉野さん」

「うん。……なんとか」


 言ってはいるものの、息が上がっている。そりゃそうだろう。なにせ俺達、普段は一日二時間のんびり歩くだけで、あとはだいたい水遊びしたりだべったり、時には昼寝したりしてたわけだし。こんなにマジ速度で延々歩くなんて、まあ初めてだ。タマはともかく、俺ですらすでに足棒だし。


「なあアーサー。休憩にしてくれ。こっちはもう厳しい」


 俺を振り返ると、アーサーは太陽を見上げた。


「わかった。ちょうどいいから昼飯にしよう。ここからちょっと厳しくなるしな」


         ●


「それが噂のベントーとかいう奴か」


 俺達のタマゴ亭弁当を、スカウトのひとりが覗き込んだ。


「ああ。……知ってるのか?」

「街道筋じゃ今、えらい評判だからな。跳ね鯉村の異世界弁当は」

「へえ……」


 情報を収集する隠密として、王領隅々にまで足を伸ばすスカウト。さすがに噂には敏いんだな。


「今日はサバ味噌に巨大チーズオムレツ、さらにチキンライスという、誰でも大好きなメニューばかりの大当たりの日だよ」


 弁当に随分詳しくなったレナが、爪楊枝を振りかざして自慢する。


「さば……なんだと?」

「魚だよ。おいしいんだ」

「そうか。……まあ見た目にはうまそうだが」


 スカウト連中は、携行兵糧とかいう軽食が昼食だ。聞いたんだが、堅く焼いた水分の少ない穀物パンのようなものらしい。野菜を練り込んでいて栄養に優れ、日持ちするという。長期間の隠密や斥候任務をこなす連中には、ふさわしい飯だ。


「レナの分、食べてみる?」

「おっいいのか。どれ……」


 サバの端を千切ると、口に放り込む。


「うん……うまい。味噌とかいう調味料のせいだろうが、うまみが深くて。それに塩を強く感じるから、汗をかく斥候任務にもいいだろう。……見たところ日持ちはしなさそうだしかさばるから、一週間分持ち歩くなど難しそうなのが問題だが」


 あくまで自分達の仕事ベースで考えてるな。さすがだ。


「どれ、俺も」


 別のひとりが、チーズオムレツを受け取った。


「おほっ、これ糸を引くぞ。……腐ってるんじゃあるまいな。匂いもそれっぽいし」


 首を傾げている。


「チーズは発酵食品だからなあ……。まあうまいから食ってみろよ。なあレナ」

「ご主人様の言う通りだよ。とってもおいしいんだから」

「まあ、俺達スカウトは危ない食品なら口にしただけでわかるから、問題ないか……」


 わずかの量だけ慎重に口にしたが、とたんに笑顔になった。


「うん。こいつは安全だ。それに、どえらくうまいじゃないか。優しい味わいに加え、この赤いソースの酸味もまた……。もっとよこせ」

「あっ」


 想像以上に飯を持っていかれ、レナが泣きそうになっている。


「いいじゃないかレナ。俺の分、もっと食べろ。……それに明日からは少し多めにもらっておくからさ。タマゴ亭さんに。……ミフネ。お前達もどうだ」


 俺の弁当を、近衛兵に差し出してみた。近衛兵達はちらりと弁当に目をやっただけで、また自分の飯に戻った。スパイスをまぶした干し肉だ。ナイフで小さく切りながら、口に運んでいる。


「いらん」

「遠慮するなよ、ミフネ」

「気持ちだけ受け取っておく。俺達は戦闘が任務。もちろん安全だろうが、慣れない飯で腹など下しては、探索隊全体が危険にさらされるからな」

「そうか……」


 さすがエリート部隊というか、士気のレベルが違う。スカウトは長距離隠密をこなす。携行食料が底を着けば野山でなんでも食べると聞いた。だから未知の食材でも怖がりすぎはしないんだろう。毒の類はわかると、さっき言ってたくらいだしな。


「ところでアーサー」


 話を変えることにした。実は朝からひとつ、心に引っかかっている。


「俺達は西に向かってるんだよな」

「ああ」


 頷くと、アーサーはパンのかけらを口に放り込んだ。


「旧都ニルヴァーナ遺跡は、王都の西に位置する。王立図書館で賢者ヴェーダ様から聞いているはずだ。……それがどうかしたか」

「だとすると気になることがある。モンスターだ」

「話せ」

「朝に出た奴とさっき倒した連中で、強さがずいぶん違った」


 まあ戦闘の主体になったのは近衛兵達で、俺のパーティーはもっぱら支援とバックアップが中心だったが、それだけに戦闘の全体像がよく見えた。


「西に行くほど強いのは、遺跡の影響だろうさ。でもそれだけとは思えない。なぜなら単に強さだけでなく、種類というか雰囲気がかなり違ったからだ」

「ふん」


 食事を中断すると、アーサーは俺をまっすぐ見た。


「よく気づいたな、そこに」

「最初の頃のはいかにもなモンスターだったが、さっきのなんて、仏像というか千手観音みたいだった。人型で見るからに神像、手が十二本も生えててそれぞれ剣をふるって襲いかかってきたし」

「ニルヴァーナ遺跡は、父祖ゴータマ・シタルダが、この世界を開闢かいびゃくして住み着いたところだ」


 ぼそっと、ミフネが口を挟んだ。


「だからなんだよ、ミフネ」

「父祖ゴータマは異世界人。その影響を受けたモンスターが出ても不思議ではない」


 よく意味がわからない。


「ご主人様、ゴータマは紀元前五世紀のインドの哲人だよ」

「知ってるよ、お釈迦様だろ」(吉野さんの受け売りだが、知ってはいる)

「そうだね。当時インドにはたくさんの宗教があったけど、もっとも栄えていたのはヒンズー教なんだ」

「そうか。開祖ゴータマの影響が強いからこそ、当時のインドの影響を受けたモンスターが多いんだな」

「ひんずうとかいうのは知らん」


 ミフネも食事を中断した。


「だがモンスターにこの周囲だけ異形のものが多いのは、ゴータマがいた旧世界の影響だと考えられている。ヴェーダ様の話ではな」

「そういや、あの腕がたくさんある奴、ヒンズー教に神様いたよな、あんなの。えーと……柴犬、いやシヴァ神だ」

「そういえばそうね。平くん、どうしてシヴァ神なんて知ってるの?」

「ええ吉野さん、常識ですよ」(ゲームに出てくるからとかは言わないでおく)

「シヴァ神は、ヒンズー教の残酷な戦闘神」

「そうですよね」(そうなんだー)

「平お前、素人の異世界人の割に、けっこう頭が切れるな」


 ミフネが唸った。


「吉野もいい。優れたコンビだ。王に貸しを作ったのもわかるな」

「だから言ったろう、ミフネ。お前は信じないから」


 アーサーの声に、ミフネは苦笑いを浮かべた。


「悪いな。俺にとっては戦いの戦術と戦略がすべてだ。この目で見るまではな。……でもお前を見直した。後々冒険で困ったら、俺のところに来い。助けてやる」


 近衛兵とスカウトがどよめいた。どうやら、ミフネが人を認めるのは稀らしい。


「ミフネ隊長は、約束を守る」

「助けると言ったからには、命を失ってもだ」

「お前、わかってるのか、その意味が」


 近衛兵たちに、手荒く肩を叩かれた。


「さて、行くぞ」


 立ち上がると、アーサーは服の埃を払った。


「まだここは序の口だ。あと三日ほどで、危険性は幾何級数的に高まる。そこからが勝負だ」

「例の天変地異だろ。地割れや溶岩とか。そこにも特別なモンスターが棲み着いたはず」

「そうだ」


 立ったミフネは、剣鞘の位置を整えた。


「これまでのような楽な戦いはないと思え」

「わかった」


 立ち上がってそれこそ数歩進んだとき――。


「三日などという猶予はない」


 休憩中は黙って周囲を警戒していたタマが、唸り声を上げた。


「すぐ来るぞ。とてつもない奴だ」


 タマが叫び終わる前に、地面が細かく揺れ始めた。轟音と共に。


「なにっ!」

「まだ緩衝地帯なのにっ」

「なにが起こっているんだ、聖地で」

「くそっ」


 口々に叫ぶと、皆、抜刀した。俺とタマは、吉野さんを守る位置に陣取る。




「――ガンッ――」




 突然、大地が割れた。左右、そう一キロはありそうな幅で。中からチロチロと赤い蛇のようなものが、いくつも見えている。続いて大男ほどもある口が。赤い蛇のような奴は、そいつらの舌だ。目玉焼きほどもある巨大な猫目。今、前脚が見えた。


蜥蜴とかげ……」


 吉野さんが絶句する。見るからに邪悪そうな蜥蜴野郎が何匹も、穴から這い出てきた。三体。……いや五体か。どれも六メートルはある。


「地走り――バジリスクだ。体液も息も毒だからな、気を引き締めろっ」


 アーサーが叫んだ。

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