5-6 タマ、バスカヴィル家の魔剣を語る
「それで、遺跡調査は順調なの?」
厨房で並んで作業しているとき、タマゴ亭さんが声を掛けてきた。
「まだ遺跡には着いてないけど、道中は順調っすね。ねえ吉野さん」
「うん。一度バスカヴィル家の魔剣を使ってからは、モンスターが出ないしね」
「例の植物モンスターの谷を除けばね」
「バスカヴィル家の……魔剣?」
揚げ物を切っているタマゴ亭さんの手が止まった。
「話したことなかったっけ。ドラゴン絡みで手に入った俺の短剣だよ」
「ああ。王宮に向け旅立ったとき腰に提げてた奴?」
「そうそう」
「バスカヴィルってなに?」
「なんでも古代の賢者だったらしいわよ」
並んで作業していた吉野さんが入ってきた。
「シャイア・バスカヴィルは古代の賢人で、古代魔法の禁じられた術式に詳しかったとか」
「王立図書館で、ヴェーダ館長が教えてくれたんでしたよね、吉野さん」
「ふふっ」
タマゴ亭さんが微笑んだ。
「どしたの」
「いえ」
首を振っている。
「ヴェーダとか面白い名前だなと思って」
舌を出した。
「マハーラー王とかもね。さすが異世界って感じ」
「バスカヴィルについて、なにかわかった? 道中」
「うーん。魔剣が一度発動して謎の声がしたくらい」
「声が」
「そう。なんだっけあれ、平くん」
「戦闘で夢中だったんで、よく覚えてないんすけど……」
なんとか思い出そうと、俺はバジリスクとの厳しい戦いを思い浮かべた。
「そうそう、たしか知覚の扉を開くんで、混乱の門を潜れとか。んで知覚の扉を開くとどうのこうのって……。なんだったっけ、レナ」
「知覚の扉を開けられれば、禁断の通路が開くであろう――とかなんとか言ってたよ。ご主人様」
「へえ……」
首を傾げて、タマゴ亭さんはなにかを考えていた。
「他になにか言ってた? その……バスカヴィルさんの声? は」
「いや……別に」
シャイア・バスカヴィルは、自ら生み出した魔剣の力に支配され、身を滅ぼした。だから今後は我を呼ぶな――と、剣の精だかなんかの声が、俺の頭の中だけでした。その件は、とりあえず誰にも明かす気はない。吉野さんに心配かけたくないし。レナにも話してない。
「平くんは『知覚の扉を開く資格あり』とか言ってたよね。今世ふたりめとか」
「そうだったっけかなあ」
「ご主人様はね、忘却力に優れるんだよ」
レナお前、毎度毎度それ褒め言葉になってないぞ。ディスってんのかw
「混乱の門とか知覚の扉とか、ヴェーダに聞いておいたほうがいいぞ」
これまで黙々と、ものすごい速度で玉ねぎを切りまくってたタマが、突然口を開いた。タマはあんまりおしゃべりは好きじゃないみたいだけど、必要なことだけはしっかり言ってくれる。信用できる使い魔だ(俺んじゃないけど)。
それにタマの包丁さばきは実は見事なんだ。玉ねぎなんか、かき氷かってくらいまな板に積み上がるほど千切りにしてるのに、細胞をむやみに潰さないから涙ひとつ流してない。
格闘系キャラなのに剣術もイケるとか、やっぱ戦闘に関係する部分の勘所はいいんだな。あーあと関係ないけど猫は玉ねぎ危険なんだが、ケットシーは大丈夫みたい。いっつも弁当うまいうまい食べてるし。
「一度王都に戻れってことか」
「アーサーやミフネは現地で準備している。あと一日くらい、ほっておいても大丈夫だろう。連中はプロだ。こっちの事情を斟酌して、引き続き食料備蓄を続けるだろう」
「たしかに」
「遺跡にどんな危険が待っているかわからない。せっかくボスの魔剣についてのヒントが出たんだ。念のため調べておいたほうがいい」
「タマちゃんの言うとおりね、平くん。明日の朝の転送は、王女探索チームのところでなく、王都にしてもらおうよ」
「そうっすねえ……」
俺は考えた。「マハーラー王に戻る言い訳を作る」ためだけに探索を続けていたが、危険なモンスターや厳しい地形など、うまいこと危険は排除できていて、順調だ。
ならわざわざ戻る理由も名分もない。遺跡に行けるならそのほうがいい。なんか面白いことが待ってるかもしれないし、地図だってできる。
とはいえバジリスクや植物モンスター谷のような突然の危機は十分あり得る。なら事前に役立つ情報を集めておくというのは、いい考えだ。俺の仕事のスタンスは、楽にサボることだ。なら「より楽になる」可能性を追求するのは当然だろう。
「じゃあ吉野さん。明日は図書館、顔出してみますか」
「そうしよ」
「平さんよ」
入り口で大声がした。見ると村長だ。
「村に顔を出していると聞いてな。わしんところにも、後で顔を出してくだされ。村の恩人じゃ」
「そんな大げさな」
「いや、この店と弁当のおかげで、村の財政はかつてないほど好調でな。おかげで井戸も新しく掘れたし、王都から医者をひとり雇うことができた」
「おうよ。子供が病気のときなんか助かってるぞ」
ホール担当のおっさん(たしか本職は木こり)も頷いている。
「それでの。あの後またそれなりに『おまけ』が溜まったんで、あんたにあげようと取ってある」
「おまけ?」
「ダイヤじゃダイヤ。子供の手すさび用の」
「ああ、ダイヤっすか」
「そうそう」
行く先々でもらったダイヤは、俺んちや吉野さんの家に保管してある。タマゴ亭さんにも渡そうとしたんだが、固辞された。当面、俺が持ってたほうがいいってさ。「なにかあったときに、それをどう使うか、一緒に考えよ」とか言われたわ。
タマゴ亭さん、まだ二十歳前なのに、真面目でしっかりしてるよな。……まあ雑駁でおてんばなところはあるけど。全体に女子というより男みたいな性格なんで、実は俺は付き合いやすいんだ。俺、気を遣うとかは苦手なんで、女女したキャラは割と苦手で。
俺の周囲で女子っぽいキャラと言えば、吉野さんくらい。でも彼女は特別だ。あんまり嫌な面を出さないので守ってあげたくなるし、ときどき甘えたくもなる。俺にとって特別な仲間兼上司なんだ。
「後で顔を出します」
「待っとるぞ。おいしい料理を用意して」
顔をくしゃくしゃにして、村長が笑った。
「ま、料理はこの店の仕出しだが」
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