5-7 王立図書館ヴェーダ館長の「秘められた欲望」に圧倒されるw

「これはこれは異世界の勇者殿ではないか」


 翌日、パーティーで王立図書館館長室を訪れると、館長ヴェーダは両腕を広げて迎えてくれた。


「今日はどうした。――もしや王女の行方がわかったとか」

「いえそれはまだです。ねっ平くん」

「吉野さんの言うとおり。今は遺跡にだいぶ近づいたところで」

「ご主人様の言うとおりだよ。あと山ひとつ越えたら、遠くに遺跡が見えるんじゃないかな」

「遺跡が夏草に埋もれてなければの話だ」


 タマはいつもクールだよな。


「ほう。思ったより早いのう。さすがは平殿じゃ。もう王のところへは?」

「ここで用事を済ませたら、すぐに報告に上がります」

「そうしてくれ。王女の失踪に関して、どんな手がかりもほしいとご心痛じゃからな」

「わかってます」


 まず王に面通りを願うのが本来だろうが、どうしても先にヴェーダ館長の意見を聞きたかったんだ。


「ところで……」


 俺と吉野さんの背後に、ヴェーダは視線を飛ばした。


「使い魔のおふたりは知っておるが、もうひとりおるな」

「ああ。俺の新しい使い魔です。ほら――」


 俺に促されて、トリムが一歩進み出た。


「トリムです。館長様」


 優雅に一礼する。トリムの奴、例によって猫かぶってるな。ああしてればトリム、お上品で高貴な種族に見えるし。


「これは!」


 ヴェーダが飛び上がった。


「やはりエルフではないか。それにその美麗な体型に上品な面持ち。ハイエルフに違いない」


 走るように近寄ると、トリムの手を取った。


「ハイエルフなど見たのは、何十年ぶりであろうか。そうあれはわしがまだ子供の頃。王家を表敬訪問してきた一行にひとり、とんでもないハイエルフの美女がおっての。それを街角で見かけたのじゃ。わしはその晩、生まれて初めての精通を――」


 おっさんw 白髪の親父が、興奮のあまりなに口走ってんだよ。手を握られたまま、トリムがドン引きしてるじゃないか。


「とにかくそれ以来、ハイエルフの歴史や文化を研究するのが、わしの生涯の夢になったのじゃ。それで猛勉強して、気がつけば王立図書館の館長に。それもこれも、あの晩、わしが生まれて初めての精――」

「そ、それでハイエルフの歴史や文化に詳しくなったんですね」


 吉野さんがうまいことフォローに入った。まあこの調子だと五分間で十回は夢精だの自慰だの言いそうだしな。


「いや全然。歴史よりエルフの体の神秘にばかり興味が向いて。……わしも若かった」


 ズコーという擬音が、頭の中に鳴り響いたよw


「しかし夢はかなう。ドリームズカムトゥルーじゃ。さあハイエルフよ、わしの前で裸になれ。体を検分する」

「いやっ!」


 手を振りほどくと、トリムは俺の背中に隠れてしまった。


「ヘンタイ」

「まあまあ」


 しょうがないんで間に入った。しばらくどたばたしたが、おっさんはなんとか落ち着かせた。エッチな目的ではなく、体型の特徴を記載して残すためだとか言い張ってはいたが、最終的には諦めてくれたわ。あーしんど。


         ●


 二十分ほど後。館長室の接客ソファーで、俺達はなごやかなティータイムを楽しんでいた。揉めないでよかった。


「旧都探索のこれまではわかった」


 ヴェーダは、優雅な手付きでお茶をたしなんでいる。さっき精通精通叫んでたおっさんとは思えない。


「なかなか興味深い現象だの。魔剣を使ってからモンスターが消えたとか。……そんな力を持つ魔剣なんぞ、聞いたこともないが」


 あの魔剣がバスカヴィル絡みであることは、俺のパーティーだけの秘密だ。アーサーやミフネ、もちろんヴェーダにもまだ話してはいない。


「アーサーさんもそう言ってたよね、ご主人様」

「たしかに。ねえ吉野さん」

「ご意見を聞きたかったんです、館長。魔剣がいろいろ言っていた言葉――混乱の扉とか知覚の門とか――。ご存知ないですか」

「それは……」


 ヴェーダの瞳が輝いた。さすが腐っても王立図書館館長、やるときゃやるな。


「聞いたこともないの」


 ズコーという脳内擬音が、またしても響いたw


「……ただ門とか扉とか言っとるんだから、そこに鍵がある」

「鍵?」

「考えてもみなされ、平殿。あの遺跡は王都だったんじゃぞ」


 ヴェーダはまた腕を広げてみせた。


「まず考えられるのは、宝物庫じゃな」

「宝物庫?」

「国の存続には蓄えが重要。旧都の宝物庫にも大量のお宝があったはずじゃ」

「それは当然だな」


 頷くと、タマはティーカップを口に運んだ。


「ケットシーの言うとおりじゃ」


 ヴェーダはタマの手を取った。手の甲をなでなでしている。タマは別に気にする様子もない。


「もちろん遷都の際に中身は新都に移されたはずじゃが、この遷都はなぜか混乱し、極めて短期間で行われたと伝えられている」


 公式には、モンスターや蛮族の侵略によるとされているらしい。それは以前ヴェーダからも聞いた。トリムが言うには、異世界絡みの謎があるらしいが。


「なら混乱の最中、特に厳重に封印されていた宝物庫が取り残されたとしても不思議ではない。解錠に古代魔法のばか長い詠唱が必要だったとか解錠術者が戦闘で死んだとかで」

「なるほど」


 さすがは王立図書館長たる賢者だ。推察力はたいしたもの。戦乱にせよ異世界絡みにせよ、混乱していたなら、お宝が取り残された可能性はあるかもしれない。


「ハイエルフにも、そうやって代々受け継いでる秘密の宝があるよ」


 ようやく機嫌の直ったらしいトリムが食いついてきた。


「なんたってあたしらほら、長生きだから」

「なるほど。さすがはハイエルフじゃ」


 ヴェーダがまた手を取ろうとしたんで、トリムは速攻で手を引っ込めた。


 もしやこのおっさん、とてつもなくエロいのでは……。オレの心が疑念に包まれているとも知らず、ヴェーダは続けた。


「貴重な文物を集めた宝物庫は、蛮族やモンスターに狙われる。そこで古代魔法を用いて、宝物庫を封印した。混乱の門とか知覚の扉なんていうのは、封印魔法だか解除鍵魔法のことじゃろ。門や扉というからには、どこかに入るためのものということじゃからな」

「たしかに」

「十分考えられるね。ご主人様」

「ああ」


 さすがマハーラー王直属の賢者だ。ちょっとエロ方向にずれてはいるが、たいした推察力と言える。やっぱ一日調査を止めても来たかいがあったな。


 俺は素直に感心した。


「さて雑談はおしまいじゃ。平殿、そろそろ本題に入ろう」

「本題? なんですかそれ」

「もちろん」


 逃してはならじとばかり、トリムの腕をがっつり掴んだ。


「ハイエルフの身体的特徴の観察じゃ。ほら脱げ」


 意外なことに、トリムは腕を振り払わなかった。立ち上がる。


「ヴェーダ館長……」

「おう。その気になってくれたか。いよいよわしの夢が叶うの」


 つられてヴェーダも立った。


「あたしがハイエルフ秘伝の古代魔法を見せてあげる」

「なんとっ! これはこれは楽しみじゃ。……とはいえそれは、身体的検査の後の楽しみとしよう。まずは検査じゃ。そうだ。先に下半身から始めるか。これからわしの子を身籠ることになるやもしれんしの。健康かどうか触診せねば」


 というか、まだタネあるのかおっさんw


「はて、触診用のジェルはどこに置いてあったかの。そうだ、先代国王の法令宣言集をくり抜いて隠したんじゃったか」


 どこまでエロいんだ、ヴェーダ館長。てか王家に不敬だろ。


「いや。体の検査の前がいいな。あたし」


 トリムは微笑んだ。


「これはね。火も使わないのに目の前に火花が散るっていう、火炎雷撃系魔術だよ」

「ほう。呪文詠唱タイプかな。それともマナ召喚系とか」

「肉体使用系だよ」

「肉体使用系? はて、わしも随分長く魔術研究をしておるが、聞いたことがないのう。……どんな魔法じゃ」

「こういうの。まず手をこうぐっと握って」


 トリムが右手を握りしめると、たおやかな白い前腕に、くっきり血管が浮き出てきた。どんだけ強く握りしめてるんだ、トリムの奴。


「おお。握った手の中で精神力を加圧するんじゃな。そうして魔力を高める手法は、古代魔法の研究書で読んだことがあるわ」

「そしてこんな感じに腕を引いて」

「弓矢を射るときのように腕を引くんじゃな。さすが弓術に優れるハイエルフ。魔力を腕に装填するために。マジックロードじゃ」

「この……」

「この?」

「この……エロじじい!」


 ヴェーダの顔面を、トリムは思いっきりグーパンした。

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