5-8 旧都ニルヴァーナ遺跡を望見

「見ろ。あれが旧王都遺跡だ」


 山の稜線に立つと、アーサーが指差した。前方、この山の先は広い平原。はるか遠くに山裾が霞んでいるが、そこになにか大きな丘のような盛り上がりが見えている。かなり遠いので自然の地形にも思えるが、遺跡だと言われると、たしかに人造物のような気がしないでもない。


「とうとうここまで来たのね」


 吉野さんも感慨深げだ。


「なんだかんだ理屈つけて早いこと戻るつもりが、意外に順調にここまで来ましたからね」

「理屈つけて?」


 近衛兵リーダーのミフネが、眉を寄せた。


「いえなんでも」


 いかんいかん。つい本音が口をついた。


「順調でもなかったですけどね。バジリスク戦では死にそうになったし、険しい地形を回避するんで迷走したり」

「それもそうか。崖から落ちそうになったこともあったわね」

「タマに助けられましたよねー。あそこ」

「あたしは? あたしがベストの道見つけてあげなかったら、みんな遭難死してたし。滑落したり氷穴に落ちたり。それに落石とか底なし沼とか、回避したのはあたしだからね」


 腕を組んで、トリムがむくれた。


「悪い悪い。さすがトリムはハイエルフだ。すごく助かったよ」

「わ、わかれば……いい」


 後半、声が小さくなって顔が赤くなったな。


「あそこまでだと、あたしらの進行速度だと二週間はかからないくらいだろう」


 瞳を細めて、タマが遺跡を見つめた。さすが獣人ケットシー。視力は抜群だ。いつぞやゴブリン交じりのライバルパーティーが近づいてきたのも、まっさきに気づいたしな。


「間にモンスターが湧かないとしての話だが」

「大丈夫だろ。これまで魔剣の効果か知らんが、バジリスク戦以降、例の植物モンスターの谷しかモンスター出なかったし」

「決めつけは危険だぞ、平」


 ミフネは首を振っている。


「出ないものだと油断していてもしポップアップしたら、たとえ相手が雑魚としても危険だ」

「ミフネの言うとおりだよ。ご主人様」


 俺の胸から、レナが見上げてきた。


「なんとか退治はできるにしても、初動でひとりふたり倒される危険性はあるよ」


 たしかにそうだ。俺は気持ちを引き締めた。


「アーサー、これからどう攻める」

「そうだな……」


 前方に、アーサーは視線を投げた。


「ここから山裾まで枯れ川の筋がある。そこを辿ろう。平原に降りてからは遺跡まで直線で進む。平原には幸い厳しい地形はない。起伏の激しいところは迂回しないとならないだろうが、たいした問題ではない。――どうだ、トリム」

「あたしもそう思うよ、アーサー。ハイエルフが出る幕もないね、ここから先は。……ただ」


 天を仰いでしばらく考えていた。


「この山を降りるのが一番危険かな。斜度のキツいところで足を滑らせると、そのまま止まらない可能性があるよ。枯れ川の川底には大きなゴロタ石が転がってたりするし。近衛兵は重防備だから、特に足元に注意しないと」

「ならその判断はトリムに任せる。前方がヤバそうな部分があれば、そこだけ回り道しよう」

「わかった。んじゃああたしが先頭切るね」

「待て」


 歩き出そうとするトリムを、ミフネが止めた。


「目的地が目視できてはやる気持ちはわかるが、これまで以上にゆっくり進め。狭い川筋でモンスターがポップアップすると、戦闘の初期対応にリスクがある。特にけっこうな斜面だったりするとな」


 さすが人望厚い近衛兵のエリート分隊長。もっともな判断だ。


「たしかにそうだね、ご主人様。慌てて前線に出ようとして滑落したりね」

「わかったよミフネ。あたし、ここがモンスターの超危険地帯と思って先導するよ」

「そうしてくれトリム。近衛兵はあえてトリムの次に陣取る。スカウトで平のパーティーを挟んで、殿はこれまでどおり俺がやる」

「よし。では行こう。トリム頼む」


 俺の声をきっかけに、パーティーはそろそろと山を降り始めた。

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