5-9 旧都遺跡、オムライス、とてつもないアクシデント

「うまく行けば、もう明日には遺跡に着くな」


 昼休憩。俺がタマゴ亭さんのオムライス弁当をぱくついてると、アーサーに話しかけられた。感慨深げな声だ。


「たしかに。早足で一日って感じだな。途中、また少し迂回したとしても二日かそこら」


 付け合わせのハラペーニョピクルスを食べる手を、俺は止めた。関係ないけど、このピクルスうまいんだよな。酸っぱくて適度に辛いから、油っぽい弁当でも食べ飽きずに済むというか。鉄板の脇役だ。


「遺跡っていうから、ぼろぼろだと思ってたけど、思ったより荘厳というか、まだ原型留めてるんだな」


 俺は遺跡を眺めた。あの稜線から初めて見たときから十日あまり、もう十分細部まで見て取ることができる。


 王都なんだから当然とはいえ、かなり大きい。城塞都市といった趣で、炭色の城壁が全体を取り囲んでいる。結構高いから、見えているのは城塞と、上にかろうじて見えているいくつかの建物だけだ。おそらくそのうちのひとつが王宮だろう。庶民の住居や商店などは、壁に隠れて見えていない。


 城塞はレンガか石積みらしく、一部が崩れている。多分経年劣化だとは思うが、もしかしたら古代の侵略跡かなんかかもしれない。見た感じ年月を感じるのはそこだけで、後は現役の都市に思える。まあまだ遠目なんで、近づくとボロとわかるかもしれない。それに壁は機能からして格段に頑丈なはず。城塞内部の住居なんかは崩れ去っていても不思議ではない。


「たしかに、遺跡というより幽霊船みたいよね。ちょっと前まで誰かが住んでたみたいな」


 弁当箱を置くと、吉野さんも同意してくれた。あーちなみに吉野さんの弁当は、今日はサバ味噌だ。三木本組は基本、全員同じ弁当なんだ。ちょっと体調が今ひとつということで、今日は特別に分けてもらってる。このへんの小回りが利くのは、小規模仕出し業者のタマゴ亭ならではだな。


「探索はどう攻めたらいい? ミフネ」


 俺はミフネに話を振った。


「王族守護が主任務の近衛兵とはいえ、あんたは戦争の戦略を学んでいるはずだ」

「そうだな……」


 瞳を細めて、ミフネは遺跡を遠く見つめた。


「城塞には門があるはずだが、この方角からだと見えない。崩落の危険性がややあるとはいえ、あの崩れた城壁から内部に入るのが常道だろう」

「だよな。近づいてみて、崩落部分が危なそうだったら、城塞を回って門を探そう」

「長い年月が経っている」


 周囲を警戒していたタマが振り返った。


「門は蝶番が錆びついて開かない可能性が高い。壁越えでいいだろう」

「タマの言うとおりだと思うよ。ご主人様」

「あたしの見たところ、壁の崩落部分は吉野さんでも越えられると思うよ」


 トリムも賛成している。


「もっと近づいたら、あたしが矢を射って状態を観測してみるよ」

「任せたぞ、トリム」

「ならあそこに向かって進むってことで、決定ね」


 吉野さんは、ほっと息を吐いた。ゴールが見えて安心したのかもしれない。


「となると問題は、王女失踪の手がかりが、あそこで見つかるかどうかってことか」

「それはもう、行ってみないと。なあレナ」

「うん。古い遺跡だけに、最近誰かが来た痕跡は、割とわかりやすいと思うんだ。希望はあるよ、ご主人様」

「じゃあ行くか。……まあモンスターが出ないから、割と気楽だな」

「気を抜くな平」


 ミフネに睨まれた。


「戦闘はいつあるかわからん。その心づもりで進むんだ」

「わかったよミフネ。……お前、さすがはエリート兵士だな」

「わかったら行こう。休みすぎで飽きた」

「やれやれ。お茶をもう一杯飲みたかったんだが」

「城塞間際まで我慢だな。直近で観察して、休憩がてら、次の方針を検討だ」


 ミフネは立ち上がった。


「今日中にはなんとか城塞まで着きたいからな」

「お前、本当に慎重なんだな」

「だからこそ生き残ってこれたんだ。――さあ」


 ミフネの言葉に全員でフォーメーションを組んで進み始めた途端、地面が大きく揺れた。


「なに?」

「どうした」

「地震か? それとも山道の岩崩れとか」


 口々に叫んで見回した瞬間、足元が大きく裂けて、なにかの煙がもうもうと立ち昇った。嫌な臭いがする。なにかが腐ったような。


「まさか!」

「出るぞっ。近衛兵、抜刀っ!」


 そこここから剣を抜く金属音が響いた。もうはっきりしている。モンスターだ。


「なんで? バジリスク以来、モンスターなんて一匹も出なかったのに」

「魔剣の力で封印してたんじゃないのか」

「わからん。なぜだ――」

「考えてる時間はない。来るぞっ」


 地割れから、なにかぶよぶよした生っ白いものが這い出てきた。手も脚もない。動物系でも人型でもなく、なにかナメクジがもっと不定型になったようなものだ。大きい。10メートルはある。頭もないし目もなさそうだ。


「なんだこれ」

「知らんっ!」


 ミフネが叫んだ。


「この世のものではないぞ、これは。みんな逃げろっ! とりあえず距離を取るんだ」


 あのミフネが、うろたえている。すがりついてきた吉野さんの肩を、俺は強く抱いた。

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