ep-2 ドワーフ族長ナブーの感慨

「平殿。あんたらには、本当にお世話になった」


 族長ナブーは、感慨深げな声を出した。


 無事ドワーフの手に戻った地下迷宮で、俺の手をがっしり握って。


「おかげで、ようやく王や仲間の亡骸なきがらを弔えるわい」

「お役に立てて良かったです」


 吉野さんが微笑んだ。


「平殿。あんた、頭に酷い怪我をしておる。手当てをせんとな。……今、医者を呼ぶ」

「大丈夫だ」


 タマが割って入ってきた。


「平ボスは、今晩あたしがじっくり、つきっきりで舐めて治す」

「そうか……。ケットシーの治療なら安心じゃ」


 瞳を緩めた。


「みんな、忙しそうだねーっ」


 俺の胸から、レナが身を乗り出した。


 たしかに。


 族長の背後では、ドワーフ連中が忙しそうに働いている。むくろを手厚く布でくるみ、棺に入れる者。壁の燭台に松明たいまつを挿して回っている者。なにかの荷物を運び込んだり、運び出している者。ここ地下迷宮が、何十年ぶりかで動き始めたのだ。

「まあ、ドワーフにしては働き者が多いみたいね」


 つんと横を向いたまま、トリムが呟いた。精一杯褒めているつもりかもしれん。


「あんたこそ、エルフにしては親切になったのう」

「あたし、元から親切だし」


 憤慨してるな。


「それにエルフじゃなくてハイエルフだし」

「ああ。そうじゃったそうじゃった。……これはすまん」


 族長は苦笑いしている。


「この調子なら、すぐにでもここは復興するだろう」


 タマが冷静に分析する。


「族長、これを……」


 誰かが族長に、飾箱かざりばこを手渡した。ちょっと大きめのオルゴールくらいの大きさだ。


「おお。忘れるわけにはいかないものな。ほれ、平殿」


 族長は、俺に持たせてくれた。ずっしり重い。


「お望みのアイテム。延寿の秘法を施した、歴史以前の、超古代の遺物が入っておる」

「あなた方が延寿の秘法を施したアイテムですね」

「そうじゃ」


 頷いている。


「前も話したじゃろう。わしらは『鉱山神やまがみの魂』と呼んでおる」


 歴史以前の産物と思われる、謎の物体。ドワーフがここ地下迷宮の奥深くで掘り出した、握りこぶしくらいの大きさのマジックアイテムだ。


 古今東西、あらゆる工芸品と鉱物に通じたドワーフが鑑定しても、加工法どころか素材すらわからなかったとかいう奴。


 それでも先祖伝来の呪力で、謎の物体の持つ潜在能力を読み取り、とある秘法を施せると看破した。延寿の秘法を。


 延寿の秘法を施された「鉱山神の魂」は、国王の代替わりの際、新国王に延寿を施すべく、地下迷宮に祀られていた。だが冥王ハーデスによりドワーフ王の血が絶えた今、ドワーフにとって、どうしても必要な品ではなくなっている。


「『鉱山神の魂』は、どう使えばいいでしょうか」

「延寿を願うなら、中身を握り、祈るのだ。それだけでいい」

「はい」


 なんだ簡単だな。もっとなんかこう、ど痛い「血の儀式」的なのが必要かもとビビってたんだが。


「ただ、一度しか使えん。間違えて使うでないぞ」

「わかりました」

「わしらが先祖から受け継いだ延寿の秘法は、こうしたアーティファクト経由でないと使えんのじゃ」


 難しい顔で、髭をいじっている。


「あんたらのために、今後また必要な遺物を掘り当てたら、保管しておいてやろう。時折、顔を出すがよろしかろう。いつでも歓迎する」

「ありがとうございます」


 そいつは助かる。このアイテムでどのくらい寿命が延ばせるのか、さっぱりわからないからな。五十年分回復するには多分だが、もっともっと延寿の秘法が必要だろうし。


「あと、チェインメイルやマジックトーチは、そのまま持っていてくだされ」

「えっ」


 トリムが叫んだ。


「でもこれ、貴重なミスリルの……」


 目を見開いて絶句している。そりゃ、ミスリル製の武具を百も入手すると、国が傾くとかいう話だったしな。トリムが驚くのは当然かも。


「いいんですか、こんな大事なものを頂いて」


 吉野さんが腕を上げて、チェインメイルを示してみせた。


「構わん。こんなものはの、また造ればいいのじゃ。わしらは誇り高きドワーフじゃ。鉱石など、いくらでも掘り出せる。ドワーフの恩人に礼を尽くさなかったとなれば、亡き王の魂に申し開きが立たんからのう」

「ありがとうございます」

「さて、今宵は大宴会じゃ。平殿も参加してくれるじゃろうな」

「はい……。ただ、一度おいとましてからでいいですか。せっかくいただいた貴重なアイテムは、安全な場所に移しておきたいので」

「当然じゃな」


 族長ナブーは頷いた。


「では夜、参られよ。皆の席を用意して待っておるからな」


 俺が礼を言うと、族長はキングーに瞳を向けた。


「それにしてもキングー殿。最後に会ってからかなり経つが、随分雰囲気が変わったのう……」

「……はい」


 キングーは、俺の後ろに控えめに立っている。ナブーの視線を受けると恥ずかしそうに、胸を手で覆った。


「ここに滞在しておった頃は、どう見ても男だったのに」

「自分でも、よくわかりません」


 消え入りそうな声だ。


「やはり、天使の子は不思議な存在だのう……」


 ひとつほっと息を吐くと、再度頭を下げた。


「ではわしは仕事に戻る。今宵、皆を待っておるぞ」

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