ep-3 告白。そして告白。

 地下迷宮から沙漠に戻り、キラリンに帰還を命じようとした、まさにそのとき。


 吉野さんが、俺の袖を引いた。


「ねえ平くん」

「なんです吉野さん」

「ちょっと話があるんだけど」

「いいですよ。……なんです」

「ふたりっきりで話したい」


 俺に視線を合わせない。


「……わかりました。みんなには一度、戻ってもらいましょう。キングーと一緒に、キラリンがマンションに飛ばします。俺と吉野さんだけ、後で吉野さんのIデバイスで会社の公式通路に戻ればいいですよね」

「そうして」


 妙に冷たい声だ。


 キラリンに命じて、全員帰還させた。普段と違う吉野さんの気配を感じたのか、レナもごねることなく、みんなと一緒に転送されていったよ。


「……さて、なんです」


 なんとなく、嫌な予感しかしない。キングーの胸をガン見してたから、気分害したのかな。吉野さんは、そういうキャラじゃないとは思うが、ないとは言い切れない。


 まさか別れ話とかはないと思うが……。


 みんながいなくなると、吉野さんは俺の目を見つめてきた。ほぼ「睨む」と言ってもいい、強い瞳で。


「平くん、私になにか隠してるよね」

「キングーのことですか。それなら――」

「そんなの関係ない」


 首を振って強く言い切ると、続ける。


「延寿の秘法についてよ」

「延寿の……」


 そっちか……。


 俺は気を引き締めた。どうごまかすにせよ、吉野さんを悲しませることだけは、避けないとならない。よく考えて話さないと。


「そのアイテム、どう使うつもり」

「いえ……まだ考えてないというか……」

「嘘っ。平くん、今思えば、延寿の秘法探しに必死だった。業務として取り組むだけなら、別にこだわるほどのアイテムでもないのに」

「貴重アイテムですよ。経営企画室で俺達に与えられたミッションとも繋がる」

「じゃあ訊くけど、その箱、経営企画室に報告して提出するつもりなの」

「いえそれは……」


 思わず言い淀んだ。箱を、さり気なく地面に置いておく。大事そうに持っていたから、なにか気がついたのかも。


「平くん、自分に使うつもりでしょ」

「まだ決めてませんよ」

「冥王ハーデスは、平くんの命の炎が、もう燃え尽きそうだって言ってた」


 まあ、そこ突いてくるよな。この話題になったときから、それは覚悟してたわ。


「脅しただけですよ」

「あと一年持たないって」

「だから――」

「そもそも平くん、延寿にこだわり始めたの、混沌神のボスと戦ってからだよね」

「そんなことは――」

「あのとき平くん、バスカヴィル家の魔剣の力、フルに使ったよね。使い手に危険な剣だから使うなって、魔剣の精が止めてたのに」


 真剣な瞳だ。このままごまかし続けることが正しいんだろうか。吉野さんは、真正面から俺に向かい合ってくれている。ならそれに応えるのが、正しい態度ではないのか。


 いや。吉野さんを悲しませるのは嫌だ。吉野さんの性格からして、俺の寿命が縮んだのは自分のせいだと思い込むに違いない。それだけは避けたい。


 真実を話しつつ吉野さんを悲しませない、なにかいい方法はないだろうか……。


「あの瞬間、なにかが起こったんでしょ。……話して。私、平くんの何? 大事に思ってくれてるなら、話してよ。ねえ、平くん」


 俺は腹をくくった。いずれにしろ、延寿の秘法を使うとき、なぜ自分に秘術を施すのか、疑問を持たれるのははっきりしている。遅かれ早かれ、真実を告白するしかない。ならむしろ、吉野さんから振ってくれた今は、心を通じ合うチャンスなのかもしれない。


「わかりました。話します」


 ひとつ大きく息を吸って、肚に気合いを入れた。


「ただししっかり覚えておいて下さい。これは俺の決断の結果だ。誰にも責任はないってことだけ」

「わかった」


 頷いてくれた。


「実はあのとき、魔剣の精が、俺に教えてくれたんです――」


 俺は説明した。あのとき起こったことを。俺の寿命が縮まり、それを回復するには延寿の秘法を探すしかないことを。決して誰かを助けるためではなく、ただ単に相手を倒すには、その行為が必要だったのだと強調して。


 まだ話している途中なのに、吉野さんの瞳には、みるみる涙が溢れてきた。


「バカッ!」


 すがるように俺の胸を掴むと、泣き始めた。


「平くんの馬鹿。なに……そんなの……」


 吉野さんの涙が、ミスリルのチェインメイルの隙間から入ってきて、俺の胸を濡らした。


「なんで平くんだけ、勝手に命を差し出すのよ。私や……みんなのために」

「仕方なかったんです、吉野さん。誰のためとかじゃない。本当に、あれをしないと俺自身、あの場で混沌神に殺されていた。俺が生き残るためです」


 交通事故で脚が潰れたら、出血多量で死ぬよりは、脚を切断して生き残る道を、誰だって選ぶ。あれと同じことだと、俺は吉野さんに語りかけた。なるだけ平静な声で。


「馬鹿よ馬鹿。平くんなんて、死んじゃえ」


 吉野さんは泣き続けた。俺は黙って、肩をそっと抱いていた。もう思う存分、泣かせてあげたほうがいい。そう感じたから。


 どれだけ経っただろうか。吉野さんが、俺の胴をぎゅっと抱いてきた。


「……ねえ平くん」


 もう涙は出ていない。静かな声だ。泣き疲れたのかもしれない。


「なんです吉野さん」

「私、平くんを助けるためなら、なんでもやるよ」

「俺と同じですね。俺も吉野さんのためなら、死んでもいいです」

「それはダメ。平くんは、私のご主人様だもの。上司として、それだけは許可できないわ」


 もの問いたげな瞳で、俺を見上げてきた。


「だからふたりで、延寿の秘法を探そうね」

「ええ。そうしてくれると、とても嬉しいです」

「もう、明日にでも、第二の支族を探しに行かないと」

「慌てすぎですよ」


 つい笑っちゃったよ。


「この秘法で一気に数十年回復したら、もう終わりでしょ。もしかしたら百年寿命が延びて、それはそれで困るかもしれないし。それに……」


 瞳をじっと見て続ける。


「それに俺達の旅は、これまでと同じです。あくまで遊びながら。みんなでわいわい楽しみながら進みましょう」

「そうだったわね。忘れてた……」


 くすっと笑う。


「天下無双の無責任男だもんね、平くん」

「ひどいなあ……。それ、社長が言ってたセリフじゃないすか」


 経営企画室室長との四人会議で、社長が言ったんだよな。俺はどうせじき会社辞めるとも言ってたわ。あの狸。


「あら。私あれ、いいキャッチフレーズだって思ったもの。あのとき」

「なら吉野さんにもキャッチフレーズ付けないと。……パーティーの肝っ玉母さんとか、どうでしょ」

「ひどーい。そんなに老けて見える、私」

「なら姉さん。レナやタマやみんなを導く、パーティーのかなめ、肝っ玉姉さん」

「それならいい……」


 俺の目を、じっと覗き込んできた。先程とは全然異なる瞳で。


「吉野さん……」

「平くん……」


 なにか不思議な瞬間が流れた。


「……好きです」


 知らない間に、言葉が俺の口を通り抜けた。


「私も好き……。自分でもどうしようもないくらい、平くんを愛してる」


 吉野さんの唇がわななく。触れるようなキスを、俺は与えた。

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