3 「迷いの森」からダークエルフの隠れ村へ
3-1 黒幕候補との面談 労務担当役員・高田
「平くん。しばらく見ないうちに、君、なんだか立派になったな」
席に着くと、いきなり言われた。ここは会社近くのホテルの中華屋。俺は今、役員のひとりと個室で向き合っている。
「そうでしょうか、高田さん」
「ああ。役員会議での君は、態度こそ図々……立派だったが、いかにも平社員といった風情だったのに」
「俺は変わりませんよ、昔っから」
「まあ、君の人事ファイルは、私の部署の宴会で必ず笑いも……酒のツマミになっていたからな」
「はあ……」
人事評定で笑いを取る男。それが俺、平ひとしだ。てか、人事評価は機微情報だろうに。宴会で笑い者にしていいのかよ。
社内陰謀の黒幕を燻り出すため、俺は三木本Iリサーチ社の所轄役員に収まった八人と直接会う調査を進めている。今日もそうだ。
高田は三木本商事の労務担当役員。人事畑でキャリアを積んできたプロパー社員で、そもそも三木本Iリサーチのような海千山千子会社の役員兼務を希望する事自体が怪しい。
「いずれにしろ、君は立派になった。それは褒めておこう」
「ありがとうございます」
俺の態度はなんも変わってないけどな。相手が役員だろうが社長だろうが言いたいこと言うし逆らうし。立派に見えるのは、ようやくオーダーが仕上がってきた三猫百貨店のスーツとシャツ、ネクタイを身に着けてるからだろう。
このスーツ凄いぞ。腕を回したり伸びをしても、どこかが引き攣れるとか、そういうの皆無だからな。しかも自然に胸を張ったいい姿勢になるし。どういうノウハウがあるんだろうな。
黒服の給仕ふたりが、個室に入ってきた。輝くような白クロスを広げたテーブルに、ワゴンで運んできた料理を並べ始める。
「どうだ、うまそうだろう」
「はい。高田さん」
「予約が必要な特製ランチだからな」
「こんなおいしそうな中華、俺、初めてです」
適当におべんちゃらを投げておく。
実際、うまそうではある。主菜が三品、大皿に並び、勝手に取って食べるスタイルだ。副菜と飯はひとりずつ取り分けられている。スープは銀の器にたっぷり入れられていて、冷めないように固形燃料で温められている。こちらも自由に取り分けだ。
「そうだろうそうだろう。なんせ君はまだ二十五歳。……あれ、二十六だったか。君の人事ファイルは賞罰とか評価くらいしか面白いところないから、他は忘れたわ」
こいつ……。
「今は二月。俺は三月生まれなので、まだ二十五ですね。」
「そうか。二十五かそこらかで、おまけに一年前はただの平社員だったんだからな。うまいものを知らなくても無理はない」
やかましわハゲ。
俺は、心の中で毒づいた。ランチタイムで、吉野さんは呼んでいない。レナだけ、隠れて聞いていてもらっている。
「遠慮なく食べたまえ。今日は私の奢りだ」
「ありがとうございます」
奢りったってどうせこいつ、出入り業者と打ち合わせとかなんとか口実つけて、経費で落とすんだろうけどな。まあどうでもいい。俺だって二駅歩いて定期代ちょろまかしてたし、人のことは言えない。
高田が食べ始めたのを見て取ってから、俺は箸をつけた。
「それで、今日は話があるとか」
海老の広東風旨煮に手をつけながら、高田が切り出した。すでに給仕は引き上げ、広い個室には、俺と高田しかいない。
「はい高田さん。実は、三木本Iリサーチ社での労務案件でご相談……というか進言があります。高田さんは労務担当。お耳に入れたほうがよろしいかと思いまして」
「ほう。こいつは面白い。君はもうIリサーチ社から異動で出た人材。後任のために進言してくれるというわけか」
「まあ……そういうところです」
「ふむ……」
高田の瞳が曇った。どうやら、
「まあ話を聞こう」
「ありがとうございます。これ
他のメニュー見てもわかるが、全体にこの食堂、広東料理中心のようだな。
「そりゃ、ここのは絶品だからな。鮑は扱い方間違えると硬くなるから、これだけ柔らかいのは、上物をきちんと調理したからだ。たしかシェフは中国本国の、なんとか級調理人とかいう最上級資格を取っていたはず」
ナプキンで口を拭うと、俺に顎をしゃくった。
「それより話はなんだ」
おう。化けの皮が剥がれて、ぞんざいになってきたな。さすがエリート役員。俺のような特例成り上がりなんか、ごみにしか見えないんだろう。
「はい。川岸課長の件ですが……」
「川岸くんか。聞こう」
最初に呼び出された金属資源事業部長以外に、俺はすでに三木本Iリサーチ社の役員二人と接触した。オルタナティブ資源開発事業部担当役員。そして貴金属・レアメタル事業部長。今日の高田が三人目だ。
俺と吉野さんを追い出したクーデターで三木本Iリサーチ社の所轄役員に収まった連中は、八人。こいつらだ――。
一 金属資源事業部事業部長
川岸の古巣の事業部長。呼び出されて、俺はすでに接触済み。川岸の裏切りを知り、俺と協力して黒幕を炙り出す動きを始めている。
二 システム開発・外販室担当役員
ダイヤ問題を持ち出した阿呆。黒幕に踊らされていると思われ、黒幕の尻尾を掴むには接触したい筆頭。だが今は時期が悪い。なんせこいつがダイヤ云々問題にし始めてまだ間がないからな。接触は、他の役員といろいろ繋がりを作り、俺の立場を盤石にしてからだ。
三 オルタナティブ資源開発事業部事業部長
風力発電だの海外での太陽熱発電事業、それにスピルリナ、つまりミドリムシを使った代替肉事業だの、とにかく金になりそうな新規案件にやたらと手を着けて、他の部署の事業を奪おうとする部署。それだけに異世界に手を伸ばすのは、まあ自然ではある。ついこないだ接触した。
四 貴金属・レアメタル事業部事業部長
異世界調査を始めたのはそもそも鉱物資源狙いだから、Iリサーチが絶好調とわかってからあわてて触手を伸ばしてくるのは、こちらも自然ではある。こいつとも続いて接触した。
五 途上国権益探査室 室長
室長という肩書だが、役員のひとりだ。発展途上国のトップとコネクションを作って鉱物権益を獲得する、タクティクスチーム的な部署のトップ。ここも「異世界は途上国も同然」という論理だろう。Iリサーチ立ち上げのときは鼻も引っ掛けなかったくせに、落ちこぼれの俺と吉野さんが抜群の成績を上げると乗っ取るとか、嫌な野郎だ。
六 労務担当役員
今、目の前にしてる。正直、こいつがIリサーチ社に首を突っ込んできたのが意外。理屈としては「異世界での労務管理がどうのこうの」なんだろうが、場違い感は凄い。その意味で黒幕臭い。
七 経理担当役員
こいつが一番関係ない。それだけに黒幕の可能性は他より高い。首を突っ込んどけば、勃興案件の担当ということで実績積めるし、社長の動向も探りやすいからな。
八 ミキモト・インターナショナル プレジデント
海外事業を統括する海外子会社社長。このミキモト・インターナショナル社のさらに子会社、つまり三木本商事の孫会社として、各国の現地企業がある。海外の全子会社を統括するプレジデントは重要ポストなので、三木本商事自体の取締役でもある。次の社長というより次の次くらいだろうが、社長レース本命のひとりだ。CFOの石元は、黒幕ではないと見ていた。そりゃ、ほっといても社長になれそうなら、社長解任動議まで含んだ荒事をする必要はないよな。陰謀を企むとしたら、自分に社長の目がないとわかってからだろうし。
――といった具合。どいつもこいつも、そこそこ動機があるし怪しい。もちろんこいつらは筆頭候補というだけで、他が黒幕なのかもしれない。社長を狙える役員は、ウチに二十人以上いるし。いずれにしろ、まずはこの八人の調査からだ。
今会ってる労務担当役員の高田は、事業無関係というだけでなく、他にもいろいろ怪しく思える。面談を打診すると、オルタナも貴金属も、役員は俺を事業部長室に呼び出した。それが自然だ。この高田だけ、社外の個室を指定してきたからな。俺との会合を秘密にしたいんだろう。
川岸の黒幕だとしたら納得だ。なんせ川岸は頭が悪い。俺が黒幕の部屋に入るところを見かけたら、黒幕が俺に乗り換え自分が捨てられたと焦って、社長に陰謀暴露に走るかもだし。
とにかく、オルタナと貴金属の事業部長は、俺が嘘や引っ掛け交えて探り針を入れても、表情にも会話にも動揺は見られなかった。直接陰謀の話を振ったわけじゃあないが、普通に「これからも異世界事業を支えてくれ」と、むしろ励まされ
「川岸課長は異世界で労務上、かなりリスクの高い状況にいると思われます」
「どういうことかね」
「労災、しかも極めて重大な事態を招きかねないということです」
「ほう」
興味を持ったのか、高田は身を乗り出してきた。人死にとかの労災が頻発すれば、労務担当役員が詰め腹を切らされるのは見えてるからな。まして異世界事業の所轄役員に自分で立候補したんだから、直属の部下の労災って話になる。ただでは済まない。
「しかし君や吉野くんは、一年近くも無事に過ごしてるじゃないか。労災は、君が頭に怪我をした程度と、部下から報告を受けている」
「はあ、これですね」
頭を下げ、あえてハゲを晒してやった。怪我は大したことないとわかるからな。それに俺が間抜けに見えるだろうから、油断させ口を滑らせる効果もあるし。
「禿げたのは気の毒だが、その分、君は出世した。人生としては、いい取引だろ」
「さすがは高田さん。おっしゃるとおりです」
「ふん」
おだててやったら、満更でもない顔だ。
「川岸課長が君と違うという理由を述べ給え」
「はい」
俺はひとつ深呼吸した。ここからが正念場だ。
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