3-2 黒幕候補に川岸パーティー解体を持ちかける
「川岸課長が君と違うという理由を述べ給え」
「はい」
俺はひとつ深呼吸した。ここからが正念場だ。
「俺や吉野さんがマッピング事業に従事していたときと、現在の川岸チーム。業務上の大きな違いはなんだと思いますか。高田さん」
「それは……」
三木本商事、労務担当役員の高田は、中華料理の箸を置くと、目の脇を掻いた。
「踏破距離が圧倒的に違う。君達は抜群の成果を残した……というか今でも継続しているが、川岸くんは誤差レベルの距離しか歩いていない。君達の踏破距離まで川岸チームの売上に算入されているから、成果があるかのごとく見えているだけで」
「なぜ距離が極端に違うのか。それは川岸が戦闘を極度に恐れているからです。そのためにゴーレムという使い魔を、必ず手元に置いている」
俺は詳しく説明した。ゴーレムの遅足のため、街道筋という楽勝コースしか選んでいないのにもかかわらず、亀並みに進行速度が落ちていることを。
「それはわかった。だが話が逸れている」
高田は首を振った。
「成果が上がらないのは困ったものだが、労災とは関係ない。戦闘を避けているなら、むしろ君達より安全なはずだ」
「今は、ですね」
「どういうことだ。説明したまえ」
「はい」
街道筋と言えども、モンスターがポップアップしないわけじゃない。確率が低いだけで、稀には遭遇する。実際俺達も、馬車で激走したときは数度、街道上で戦闘したし。実例を挙げてそう説明すると、高田は唸った。
「そのときは戦えばいいじゃないか。君達は数多く戦闘したと聞いている。それよりはるかに少ない戦闘回数なら、怪我の確率も下がるだろう」
「そうはいかない。川岸チームの編成は、人間ふたり、ゴーレム、シーフふたりだ。川岸と山本は戦闘を恐れるあまり無武装。ゴーレムは壁役として有能だが、動作は鈍い。シーフは素早いが、武器は短剣で、間合いが短い」
「だからなんだね」
「川岸と山本は使い魔の後ろに隠れるでしょうが、戦闘時はただのお荷物。戦えるのは前衛しかいないってことですよ」
敵が魔法や弓矢で後方の川岸や山本を狙えば、対応は難しい。仮に敵が前衛職だけだったとしても厳しい。長剣や槍を敵が持っていれば、短剣のシーフはリーチ負けしてやられてしまう。頼みのゴーレムにしても動きが鈍いから、脇をすり抜けられれば、後は川岸と山本に斬りかかられて終わりだ。
「つまり、一度でも戦闘に遭遇すれば、川岸や山本は致命的な怪我をする可能性が高い。俺のハゲとは話が違う。生きる死ぬレベルの労災だ」
「うむ……」
高田は唸った。もう飯を食うのも忘れている。
「君はどうやって生き残ってきたんだ」
「吉野さんと俺のパーティーには、穴がないんです」
「具体的には?」
「はい」
テーブルの
俺は長剣の前衛だから、敵が剣を振るってきても防御できる。あとひとり前衛がいるが、こいつは格闘職。短剣こそ装備しているが、普段は武器を使わない。そのため桁違いに素早い。だから俺が敵の剣攻撃を防いでいる間に、手数で敵を圧倒できる。さらに弓矢を使う後衛がいて、前衛同士の戦いが始まる前に、遠方から敵を殲滅可能。吉野さんやその他の使い魔連中は、後方からポーションや火炎弾を投げて戦いを補助できる。
「なるほど。……それなら川岸くんとは話が違うようだ」
目を閉じ、高田はしばらく目頭を揉んでいた。それから首を鳴らすと、食器を脇にどけ、身を乗り出した。
「たしかに、生き死にに関わる労災は困る。いや異世界案件ではそのリスクはもちろん算入済みだが、なにしろ私は労務担当だ。知らない部署の話であれば言い逃れはできるが、自分も関係している所轄部署だからな。誰かに足を引っ張られる危険性はある」
そりゃ、役員クラスともなれば足の引っ張り合いだからな。さらなる出世を目指しての。
「そう思ったので、進言に伺った次第です」
「うむ」
頷いた。
「もちろん改善案を持ってきたんだろうな。でなきゃ意味ない」
「お忙しい高田さんのお時間を頂いたんだ。当然です」
「心強いな」
ほっと息を吐いて、椅子に深く座り直した。
「話せ」
「ポイントは、使い魔です。川岸が心を入れ替えて武装したとしても、素人の人間の戦闘力なんか、たかが知れてる。使い魔でパーティーのバランスを取らないとならないのは明白」
「別の使い魔を召喚させるんだな」
「基本的には、ですね。ただ聞いた話だと、山本はもう使い魔追加は難しそうでした。川岸は召喚余地がありますが、川岸自体のレベルが低すぎて召喚不可能だとか」
「くそっ」
高田は毒づいた。
「なら八方塞がりじゃないか」
「担当者入れ替えですね」
「は?」
「担当者を入れ替えれば、新たな使い魔を呼べる。そっちも理想的な使い魔が出るとは限らないが、今よりマシになるのは見えている」
「だが、担当の入れ替えは異世界転送装置の再セッティングやIデバイス再発行でコスト負担が大きい。そうそう何度もできる話じゃない」
「そんなの誰かに悩ませときゃいいんですよ。高田さんは労務役員。コストが掛かろうがウチが赤字になろうが、関係ない。おそらく経営企画室で全社コストダウン案件を揉むことになると思うので、俺も口添えします。異世界案件にこそ予算を回せと」
「なるほど」
頷くと、高田は悪そうな笑みを浮かべた。
「平くんは経営企画室のシニアフェローだものな。そのあたりは頼りになりそうだ」
「山本の使い魔シーフ二体は、それなりに使いようがある。シーフスキルがあるので、戦闘時以外にも、ダンジョン探索などに役立つ。だから川岸だけ取り替えればいいんです」
ここだ。俺が相手の反応を見たかったのは。この高田が黒幕だったとしたら、川岸の入れ替えには難色を示すはず。なにせ手駒だからな。労務担当の役員だからこそ、俺はこの作戦で臨んだってわけよ。
「川岸くんを異動させ、別の人間を三木本Iリサーチ社に出向させるということか」
「ええ、川岸は幸い、兼務人事だ。出向を外し兼務してる金属資源事業部に戻すだけなら、面倒な現場とのネゴや玉突き人事も必要ない」
「たしかに……」
首を傾げ天井を睨んで、高田はしばらく黙っていた。
「後任はどうする。平くん。君は言ってみれば我が社の異世界エキスパートだ。適切な人材の心当たりがあるなら、言ってみてくれ」
「俺の同期にひとり、適任がいます」
「ほう。誰かね」
「栗原です」
「栗原……」
一瞬眉を寄せたが、高田はすぐに頷いた。
「ああ、栗原くんか。下働きを嫌がらず汗をかくので、営業では重宝されてると聞いている」
さすがは労務役員。千人以上いる社員のうち、目立っている奴の人事情報くらいは、基本的なところを押さえてるんだな。
「栗原は単純な男ですが、裏がなくていい奴です。おまけに柔道部出身の体育会系だ。異世界での厳しい環境にも対応できる。おっしゃるように目立たない下働きも嫌がらないので、あっちでも地道にやれるはず。川岸のような、下請け泣かせて帳尻合わせるだけの、嫌な野郎とは違います」
「君は川岸くんに厳しいな」
苦笑いしている。
「高田さんもご存知でしょう」
「まあ……そこはノーコメントにしておこう。川岸くんについては……いろいろあってな」
栗原はいつぞやの俺の昇格祝賀会では俺に絡んできたが、それは頭に血が上りやすいから。基本はいい奴だから、そんな経緯があっても、俺ときちんと付き合おうとする。クーデターで俺が異世界子会社を追い出されたときも、心配して同期の様子とか教えてくれたし。
実際、異世界向きの人材だと、俺は常々考えていた。おまけに川岸と異なり、俺の失点を鵜の目鷹の目で探したりはしないだろうし。
「山本は、悪いがリーダーの器じゃない。栗原を三木本Iリサーチ社の異世界リーダーにして、山本を下につければいい。年次的にも同期だから問題はない。栗原なら、怖気づくことなく、適切な使い魔を選んで異世界を開拓できますよ。……今、営業先を開拓しているように」
「たしかに」
「定例人事が四月だ。今から調整すれば、ちょうどいいタイミングじゃないですか」
「まあな……」
唸ったまま、しばらくなにか考えていた。囲碁か将棋のような、複雑な人事調整の詰将棋を解いていたんだろう。
「平くん。君の意見は参考にしておこう。私も川岸くんには不安を持っていた。古巣の金属資源事業部が受け入れてくれるなら、栗原くんとの交代はいい一手だ。だが川岸くんは、そもそも金属資源事業部でも評判悪かったからなあ……。数字だけは帳尻合わせてたから処分できなかっただけで」
川岸w やっぱりカス人材じゃん。
「だから事業部が受けてくれるかどうか……」
しかしこれではっきりした。高田はどうやら黒幕ではなさそうだ。川岸を切りたがってるのも見えたしな。もちろんそれすら煙幕の可能性はあるから、油断はできないが……。
いずれにしろ俺は、今後も他の役員に接触し、淡々と黒幕を洗えばいいだけの話だ。
「受け入れ場所がなければ、なかなかに人事は難しい」
まだ高田は顔をしかめている。
「悪党なんだから、悪党相手に裏技使わなきゃならない海外孫会社にでも、飛ばしたらどうです。アフリカ西海岸あたり、かなりヤバいって噂で聞いてます」
「君はそう言うが、ああいう部署こそ、倫理観のしっかりした人材が必要なんだよ。ひとつぴしっと筋が通ってないと、ずぶずぶに現地に染まってしまうからな。川岸くんでは無理だろう」
呆れたように俺を見つめてきた。
「人事、特に異動は複雑でね……」
複雑もクソも、俺はこれまで辺境たらい回しにされてきたがな。その俺の前でこの物言い、イマイチ気配りに欠ける奴だな、高田。まあ細かな戦略を練れないだけ、こいつが黒幕の可能性は薄まるわけだが。
「いずれにしろ、平くんの進言には感謝する。栗原くんの異動については実現の方向で汗をかいてみる。……だが事は人事だ。今日の話は内密に」
「わかってます」
「吉野くんや、もちろん社長に対してもだ」
「当然です」
「万一漏らすようなことがあれば、君の身にはよくないことが起こるからな。……シニアフェローとはいえ」
「絶対漏らしません」
「よし」
真剣な俺の瞳を見てやっと安心したのか、高田はほっと息を吐いた。
「さて、残りの食事を味わおうじゃないか。もう冷めてしまったが、それでもうまいぞ。それにこの後のデザートも、楽しみにしていたまえ」
デザートなら、トリムに食べさせてやりたかったな。
俺は、ぼんやりそんなことを考えていた。
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