2-9 ハイエルフの秘密
「エルフの各種族が用いる魔法は、マナ召喚系じゃ。実はそこに、ハイエルフならではの秘密があってのう……」
食べ終わった焼き鳥串を手に取ると、思わせぶりに、ヴェーダが動かしてみせた。
「どういうことです」
「まあそう焦るな。順に話すでの」
なんちゃってビールで喉を湿らすと、続ける。
「エルフの各種族には、呪文詠唱系の魔力も、ないことはないらしい。だが、使ったという話は聞かん」
「はあ……」
二種の魔法については、いつぞやヴェーダがちょっとだけ口にしていたな。触ろうとしてトリムに殴られた日だったか……。
「マナ召喚系は、周囲の環境にその威力が大きく依存する。当たり前だが、マナが豊富でないとな……。ダークエルフは魔力特化型のエルフじゃ。マナ豊富な地を離れたくないこともあって、森から出て来ないのじゃ」
なるほど……。そうした特性があるから排他的で内に籠もる種族になったってことか。
「ハイエルフはどうなんでしょうか」
「ハイエルフはの、エルフの上位種族。すべてにおいて能力が高い。もちろん、古来受け継いだ魔力がある。しかも霊力が極端に高い」
「万能型だからね。ハイエルフは。弓術や剣術に優れ、魔力も霊力も高いし。憧れちゃうよ」
なにを思い出したのか、ラップは溜息をついた。まあトリムやトラエの普段見たら、憧れるかどうか微妙ではあるが。
「お姉さん、ビールもう一杯。三人分ね。今度はあたしが奢るから」
頷くと、ニーラさんが厨房に合図を送った。
「といっても、ハイエルフはほとんど魔法を使わんのじゃ」
「どうしてです」
「魔法に頼らずとも強いのがひとつ。……あと、自らに犠牲を強いるらしいのでの……」
「どんな犠牲ですか」
「我が身じゃ」
「我が身?」
「呪文により自らの肉体を分解しマナとして捧げることで、魔力を引き出す。それがハイエルフの『魔法』。……その意味では、呪文詠唱型とマナ召喚型のハイブリッドじゃな」
「そりゃたしかに、使いたくはないですね」
「究極の魔法もある。……といってもこれは使えるのは、ごく限られたハイエルフのみじゃ。自らをすべて分解することで、膨大な魔力を引き出せるという」
「……マジですか」
「当然、代償は大きい。よって誰も使わん」
「でしょうね」
「死んじゃうの?」
レナは心配そうだ。
「死ぬこともある」
言い切ると、ヴェーダはビールを飲み干し、次の缶に移った。
「死ぬかどうかは、運じゃ。死ななくとも力を使い切れば体が分解し、抜け殻しか残らん」
「抜け殻ですか」
「左様。復活には大量のマナと特別な魔法が必要。その魔法はこの大陸からは失われ、別の大陸にしかない。――つまり死ぬか、死んだも同然。どっちでも同じじゃ」
そういや、トリムが魔法使ったの、ほとんど見たことないな。唯一見たのは、ヴェーダを慰撫したとき。王族伝来とかいう、癒やしの魔法曲を詠唱したときだけだ。そりゃ強い魔法は命がけってんなら、普段は使わんわな。戦闘だって弓だけでトリム、死ぬほど強いし。
「ねえご主人様、せっかくヴェーダ様に会ったんだし、エルフの聖なる刻印について教えてもらったら?」
レナの奴、瞳が輝いてるな。どうにもアレな方面に持ち込みたがる野郎だわ。俺、エロおっさん認定されるの、嫌なんだけど……。
「聖なる刻印、それはの……」
なぜかラップを見つめた。よせばいいのに、手なんか撫でてやがる。しばらくはさせておいたが、ラップはすっと手を引っ込めた。しばらくさせてもらえるだけ、脈はあるのかもな。相手は白髪爺だが。
「女子のエルフだけに備わる、特別な特徴じゃ。……好きな相手ができると、初めて機能が働くようになる。恋人の体液で刻印が打たれるのじゃ」
ここまではレナから聞いたわ。好きな相手じゃないと刻印されないってのは初耳だが。
「刻印が
「はあ……」
「ラップちゃんはどうかのう。……もう刻印されとるんじゃろうか」
いきなりwww おっさんやめとけ。玉砕するぞ。
「内緒だよ」
あっさり笑われてスルー。だから言ったじゃん。ヴェーダ、涙目でぐいぐいビール煽ってるし。
「そもそも、エルフが長命だからじゃ」
それでも、続きを教えてくれたよ。さすがヴェーダ。知識に関してだけは、誠実だな。
「長命だけに、連れ合いと死に別れ、何度も婚姻したりする。特に相手が異種族だったりするとのう。……だから刻印によって、自分がすでに誰かのものであるとわからせるよう、進化したのじゃ」
「なるほど」
「女子の刻印は、男子エルフなら有無を感知できる。一種のフェロモンじゃな」
はあ、だからトリムに恋人がいるって、仲間も父親もすぐ見破ったのか。特に打ち明けてもいなかったのに。母親がわからなかったのも、納得だ。
「連れ合いが亡くなると、しばらくして刻印は消える。そうなればまた婚姻が可能じゃ」
「消えるまでは無理ですか」
「無理じゃ。刻印相手のものじゃからのう。身も心も。それがわかっておるのに、誰も手など出しやせん」
またじっと、ラップを見つめた。
「わしも老い先短いし、悲しい思いは嫌じゃのう……」
「……あたし、刻印まだだよ。一度もない」
優しいなラップ。嘘かもしれないけど、とりあえずヴェーダに希望の灯りをくれるなんて。
「そうかそうか」
ヴェーダはいきなり立ち上がった。大声で叫ぶ。
「シュヴ……額田殿、ビールおかわりじゃ。ここにいる全員に奢るぞっ!」
店内のあちこちから歓声が上がった。てかヴェーダ、嬉しさのあまり、タマゴ亭さんが王女だとバラしそうになってるじゃん。
「今晩は飲むぞい。平殿も付き合ってもらえるじゃろうのう、ひと晩中」
「それは……」
それは困る。マンションで吉野さんやみんなが待ってるからな。残業するにしても、おっさん相手にエルフとの恋バナ語られるとか地獄かよ。
「困らせちゃダメでしょ、ヴェーダ」
タマゴ亭さんが、ヴェーダの頭を軽く叩いた。
「それにあたしだってもう業務終わる時間だし」
そういやそうだった。そろそろ定時。タマゴ亭さんは俺と一緒に現実世界に帰還する。店舗運営は現地スタッフだけになる頃合いだ。
「そうであったか。……ならまあよい。わしはラップちゃんと語り明かすでのう」
「あたし、明日には王都を出て行商に移るし、今晩ならいいよ、夜通し話、聞いてあげても」
「そんなあ……」
嬉しいのに悲しい。そういう人間の泣き笑い顔見たの、俺、初めてだわ。
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