2-8 ヴェーダ館長の飲み友達
「おう、平殿か。飯でも食いに来たのか」
俺の顔を見ると、ヴェーダは微笑んだ。といっても、ここはマハーラー王の王立図書館ではない。タマゴ亭王都ニルヴァーナ支店だ。トリムの妹、巫女トラエにスイーツを全部奪われた俺達は、キラリンの力で、ここ王都へと飛んだんだ。
今はタマゴ亭夜営業の時間帯。大勢で押し掛けると迷惑かもってんで、使い魔連中とキングーは、吉野さんと共に、王都から先にマンションの拠点に連れ帰っている。ここに来たのは俺と、ちっこいレナだけだ。
「いや、ヴェーダ館長に用があって」
「わしは今忙しい。……のう、ラップちゃん」
だろうなあ……。なんせヴェーダ、話どおりここタマゴ亭に入り浸ってるようだし、今はしっかり、エルフ客の隣席に座っている。かわいい女の子だ。見た感じ、人間なら二十代後半くらい。動きやすく頑丈そうな布ジャケ姿で、いかにも旅人といった出で立ちだ。
俺を見つけたタマゴ亭さんが、目配せしてきた。てことはこのエルフ、以前、話に出てた行商人だろう。多分。
「ヴェーダちゃん、お友達でしょ。ちゃんと話聞いてあげなよ」
「ラップちゃんが言うなら、まあいいか」
それでもヴェーダは渋い顔だ。ラップちゃんと呼ばれたエルフが、自分の横の椅子座面を叩いた。
「座って、ほら」
「ありがとう。……じゃあお邪魔します」
エルフ、いい人みたいだな。ホール担当のお姉さんを呼ぶと(たしかニーラさんって名前だったよな)、俺とヴェーダ、それとラップに、なんちゃってビールを注文した。
「あら、いいのに」
「いえ、ふたりっきりのデートを邪魔するお礼です」
「デートとか!」
ヴェーダは飛び上がった。
「な、何を言っておる。わしとラップちゃんは、ただのお友達――」
なんか知らんが、どえらく喜んでる。
「それで、なんの用じゃ、平殿」
いきなり上機嫌。
「はいヴェーダ様。実はエルフの里絡みの案件があって、エルフとハイエルフ、それにダークエルフの関連などを教えていただけないかと」
「へえ……。あたしも関係しそうね。……おっ来た来た」
興味深そうに呟くと、ちょうど来たなんちゃってビールを、ラップはぐい飲みした。
「……うーん。いつ飲んでも最高」
瞳が輝いている。ほんと、エルフってやっぱなんちゃってビール大好きなんだな。
「エルフ各種族か……」
ヴェーダ館長は、壁に目をやった。なにか考えている様子。いや貼ってある「今日の特選」品書きを見てるだけかもしらんが。
「エルフやハイエルフ、ダークエルフ、その他のエルフ族はそもそも、原初には同じ種族だったと伝えられておる。それが特性の違いでいくつかに分裂。エルフは種族ごとに集合離散を幾度も繰り返してきた。真祖の時代は統合されており、離散。伝説のエルフ、イェルプフが統合。また離散といった具合に。……今は離散しておるな」
「世界のあちこちにいるっていうことですね」
「そうじゃ。そもそもハイエルフやダークエルフといっても、それぞれ一箇所に固まっておるわけでもないからのう。国王のおる場所に、主だった連中が集っておるだけで」
「そうそう。その歴史は、あたしも聞いてる」
頷くと、ラップが焼き鳥串をつまんだ。いやボンジリ食うエルフってのも、なかなかの見もの。神田のガード下で、コスプレねーちゃんと飲んでるようだわ。
「ダークエルフは、特に魔力に優れておる。ただ猜疑心が強く排他的で、他部族に対して攻撃的。その意味で一番接触が厄介じゃ」
「攻撃的なのは、他種族のエルフにだけでしょうか」
「誰に対してでもじゃ」
「でもヴェーダ様。ハイエルフの国王は、ダークエルフはボクたちとなら話してくれるとか言ってたよ」
レナが口を挟んだ。
「ハイエルフよりは、じゃな。……期待はできん」
「てかあなたたち、ケイリューシ国王に謁見したの? 凄いじゃない。なかなか会ってなんかくれないよ。特にエルフ以外の種族とは」
ラップが目を丸くしている。
「まあ、いろいろあってな」
使い魔がハイエルフで、成り行きでエロい刻印までしちゃって親父に睨まれたものの、なんとか国王にとりついでもらった――とか、いちいち説明してられんからなー。そもそも俺の大恥エピソードでしかないし。
「それでのう、エルフは、ほとんど魔力を持っておらん。普通に使える魔法はない。退化したのじゃ」
「普通のエルフのことですね」
「そうじゃ。遠隔攻撃は魔法に頼れないので、戦いでは弓兵が中核を成しておる」
「なるほど」
「ご主人様、森での戦いは障害物が多いからね。長い剣や槍は使いにくい」
テーブルの上に立ったレナが、俺を見上げた。
「だからエルフは頭上から弓を使うことが多いんだ」
「そうそう」
珍しいものを見るような瞳で、ラップとかいう流れ者のエルフはレナを見つめた。
「あんた変わってるね。ただの妖精じゃない雰囲気だし」
「まあそのへんは……」
割って入った。サキュバスとか明かすと、話題がずれそうだし。それにトリムの刻印に続き、またしても俺のエロエピソードになるから。誤解されるのは嫌だ。いや誤解じゃなくて本性かw
まあどっちにしろ、エロ魔神だと思われるのは困る。
「いずれにしろ、あたしの部族も弓兵中心だね。大陸の片隅に住んでるんだけど、争い事はほぼない地方だから、あたしのように出稼ぎしてる子が多いよ」
「へえ……」
俺は、ラップにもう一杯、ビールを奢った。どうもこの子、トリム同様、なんちゃってビールが大好きなようだが、あいつみたいに脱ぎ癖はなさそうだな。トリムw
「エルフの各種族が用いる魔法は、マナ召喚系じゃ。実はそこに、ハイエルフならではの秘密があってのう……」
食べ終わった焼き鳥串を手に取ると、思わせぶりに、ヴェーダが動かしてみせた。
●四連休支援のため、連日公開中!
次話も明日公開します
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