2-7 トリム妹巫女の神託

「ふーん……」


 ハイエルフ国王に頼まれたクエスト内容を聞き終わると、トリムの妹、トラエは唸った。


「要するに、ダークエルフを説得しろってことね」

「ああそうさ」


 話はこうだった。太古、エルフ統合の象徴だった宝珠があった。だがエルフ各部族が反発し合い分裂した折、宝珠は霊力を失い、割れてしまった。ハイエルフ王族には、欠片がひとつ伝わっている。ダークエルフが所持している片割れと結合させ、宝珠を復活させたい。ついては俺達にダークエルフと話を着けてほしいと。


 連中はハイエルフの言うことなど聞きやしないらしい。しかし部外者である俺達が仲介するなら、話は別。宝珠復活は、ダークエルフにとっても重要だから。


「それであたしに、ダークエルフの霊的存在を霊視してほしいってことね。突破口を探るため」

「そういうこと」

「うーん……」


 神殿の天井、ぶっとい梁を睨むように見上げながら、トラエは唸った。


「霊視は大変なんだよねー。ものすごーく精神力を使うから。へとへとになるし。年イチの大儀式のときじゃないと、あんまりやりたくないなあ……」

「そう言わず……。これは心からの贈り物なんだが……」


 俺が合図を出すと、タマがザックからいろいろ取り出し始めた。俺達のおやつ用、個包装されたコンビニスイーツを。


「なにそれ」


 トラエの瞳が輝いた。トラエにすれば見たことのない異世界の謎アイテムなわけだが、女子の本能で、これがスイーツだとわかったみたいだな。


「これはね」


 吉野さんが説明を始めた。


「私達の世界のお菓子。とっても人気のあるものばかりよ」

「そうそう。あっちの王族とか貴族しか食べられない貴重な品だ。普通は人にあげられるものじゃないんだが、他ならぬトリムの妹だし、力ある巫女様だからな。特別に献上するよ」


 ここぞとばかり、俺が盛りに盛る。


「貴重な……お菓子」

「そうそう。さっきのお菓子もおいしかったけどさ、あれよりずうーっとおいしいよ」


 トリムが太鼓判を押した。


「特にこのエレクアとドナツーね」

「う、うん……」


 トリムが袋のエクレアを取り上げた。


「さくっとした軽い生地に、甘くておいしいクリームっていう練り物が詰まってて、かかってる茶色いのはチョコって言うんだ。ちょっとビターで香りが高くて、もうエレクア、最っ高!」

「そ、そうなんだ……」


 よだれを垂らさんばかりだな。


「甘いもの好きのお姉ちゃんが言うなら、間違いなさそうだし……」


 俺に瞳を移した。


「……こほん。そうね、たまにはやってみてもいいかな」

「助かるよ」

「じゃあ早速……」


 床に積まれた菓子に手を伸ばす。と、タマがすっと脇にどけた。


「悪いな。これは霊視が終わってからの礼だ」

「そんなー」


 泣きそうになってるじゃん。かわいいとこあるな。


「まあいいか。よし。ちゃちゃっと霊視済ませよう。急いで踊れば、晩御飯前の三回目のおやつの時間に間に合うし」


 どんだけおやつ食ってるんだよ。


「本当は霊視の間で踊るんだけど、早く食べ……時間がもったいないから、ここでやるね」

「そんな適当で霊視できるのか」

「当然じゃん。あたしを誰だと思ってるのよ」

「平、トラエの霊的能力はあたしと同じくらい。とっても高いから大丈夫だよ」

「そうか。トリムが言うなら間違いないな」

「そういうこと」


 すっくと立ち上がったトラエは、着ているローブの裾を摘むと、一気に脱ぎ捨てた。最初に召喚した頃のトリムと同じでパンツのみの下着姿かと思いきや、短い巻きスカートのような下着に、ちゃんと胸を覆うインナーを着ていた。上半身のインナーは、袖すらなく胸だけ覆う、貫頭衣的な奴。どちらもキラキラ輝くラメのような素材で、ビー玉っぽいものが多数付いているが、多分金属製だな。


 少しだけ落胆した。トリム以外のエルフの裸、初めて見られるかと期待してたからさ。まあきれいなお腹は見られたからいいけども。


「詠唱」


 なにかの言語で歌いながら、トラエは舞い始めた。巫女なんだから、神に捧げる舞踏なんだろう。舞踊といってもいろいろあるが、見た感じは新体操といった感じ。体をくねらせて反り返ったり屈曲したりしながら回転し、けっこう広く舞台を使っている。


 衣装の飾りは、鈴だった。激しく体を動かすにつれ、シャンシャンと鳴ったから。


 かなり疲れそうな踊りだが、神曲だかを詠唱しながら、息も上がっていない。グータラ巫女だが、やるときゃやるもんだわ。


 それに歌がまたいい。歌詞はさっぱりわからないが、同じフレーズを繰り返したかと思うと一気に音階が高くなったり低くなったり、かなり複雑な曲だ。


 感想を口にするのもはばかられる神聖な雰囲気に、誰も言葉を発しない。ただ、トラエの詠唱と床を踏み締める音だけが、しっとり古木の香り漂う室内に響いている。


 と、突然トラエが静止した。詠唱も止まっている。


 何が起こるのかと固唾を呑んだとき――


「あー疲れた」


 バター。


 倒れるように床に寝る。荒い息で、胸が大きく上下に動いている。額には汗が浮いている。


 ごろり。


 こっちを向いて腕枕だ。


「もういいでしょ。食べても」


 足を伸ばして、エクレアの袋を器用に引き寄せる。


 なんだよ終わったのかよ。てか品が悪いぞw


 フィルムを破ると、寝転んだまま早速むしゃぶりついて……。


「うん……。おいしいじゃん、お姉ちゃんの言ったとおり」

「でしょでしょ。さくっとした生地に、あまーいクリーム。このビターなチョコの香りがまた最高で……」


 たまらなくなったのか言いながら、トリムもエクレアを掴み上げた。


 つられて、次々パーティーが手を伸ばす。


 時ならぬおやつフィーバータイムになったわ。全員無言でむしゃむしゃ口を動かしている。トラエがエクレアをやっつけ終わってドーナツに足を伸ばした瞬間、俺は口を開いた。


「それで、神託は下りたのか」

「そうそう。それを忘れてた」


 体を起こして胡座あぐらを組むと、ドーナツをぱくつく。


「うん、これもおいしい」

「霊視結果はどうだったんだよ」

「大丈夫だよ、多分」

「多分……」

「うん」


 もしゃもしゃ。欲深に、いっぱい頬張ってる。先祖が菓子屋でも殺したせいで、スイーツ餓鬼になったとしか思えない。てか話しづらいだろ、そんなに突っ込んだら。


「お姉ちゃん、お茶かなんか持ってない。口がぱさぱさ」


 そりゃ、あの勢いでスイーツかっ喰らったらな。


「あるよー、トラエ。はい」


 トリムがペットの緑茶を転がしてやっている。


「どうやって開けるの」

「上を左に捻るんだよ」

「ああ、こうか……」


 ごくごく。見る見る茶が減っていく。吸引力w


「うん。おいしいじゃん。ほのかな苦味がこの異世界菓子によく合ってて。そもそもあれね。細かな砂糖が――」

「早く話せよ」


 思わずツッコむ。神聖な巫女だろうが知るか。


「ちぇっ。気が短いねえ、この人」


 ようやく姿勢を正すと溜息ひとつ。それから話し始めた。


「ダークエルフの霊的存在は、なんか知らないけど弱くなってた。ダークエルフはそもそも霊力より魔力を重視する存在だからねー。そのせいかも」

「うん」


 この世界には魔力、霊力、呪力があり、それぞれ微妙に異なるってのは、図書館長ヴェーダから聞いたことがあるわ。


「戦闘なら魔力があれば充分だけど、種族としてのアイデンティティー保持には霊力が重要。だからダークエルフも困ってはいるはず。それを助けてあげればいい」

「どうやって」

「霊力維持には神事や儀式が重要。だからあたしがいるわけだし。……でもダークエルフには巫女はいないって話だよ。だから定期的に神域やアーティファクトから霊力を授からないとならない。霊力が弱まっているってことは、そこになにかトラブルが発生してるはず。それを助けてあげればいいんだよ」

「なるほど……」


 俺はトリムを見た。


「平、トラエは頼りになるよ。こと霊視に関しては。だから正しいと思う」


 お前もあんまんを食いながらだからなー。いまいち説得力に欠けるが、多分言うとおりなんだろう。


「まあ、どんなトラブルかは、あたしにもわかんないんだけどさ」


 能天気に言い切ると、トラエはまたスイーツに手を伸ばした。


「ねえ、これ全部もらっていいんでしょ。……残りは明日食べるからさ」

「いいけど、早めに食べないと傷むぞ」

「平気だよ」


 トラエは言い切った。


「今晩中には食べるから」


 いやそれ、明日とは言わないだろ。どんだけ食い意地が張ってるんだよ……。

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