2-6 ハイエルフのスイーツ巫女

「まだかよ……」


 思わず愚痴が出た。


「なあに平、情けないよ」


 先頭を行くトリムが俺を振り返って笑った。俺達は今、ハイエルフの聖地に向かっている。ハイエルフの棲む山の頂上にあるとかいう。


「そりゃ、お前は地元だろうけどさ……」

「こんな山道、前もあったじゃん。キングーの山とか」

「そうだけど、この森、クソ暑いぞ」


 タオルを出して顔を拭った。


 なんたって急峻な山道を、一時間あまりも延々、登らされている。ハイエルフの森は鬱蒼としており、太陽が届かない分暑くはないはずだが、降雨量が多いという事前情報どおり、とにかく湿気が凄い。サウナの中で登山すると考えてみてくれ。地獄だわw


「平くん、ちょっと休憩したらどうかな」


 背後の吉野さんの声も曇っている。


「吉野さん、もう少しで頂上だよ。だからがんばろ、ねっ」


 トリムが微笑んだ。


「ふみえボスはあたしが支える。大丈夫だ」


 タマが吉野さんの手を取った。


「キングーは平気か」

「ええ平さん」


 キングー、汗ひとつ掻いてないな。息も上がってないし、さすが天使亜人だわ。あーキラリンは制限時間回避のため消えてもらってる。レナはもちろん俺の胸の中だ。このふたりだけは超絶楽勝だな。


「ならまあ、頑張るか。……トリム頼む」

「オーケーっと。ラストスパート、いっくよーっ」


 斜度二十度はありそうな道を、トリムは駆け出した。岩がごろごろするような足元の悪い道を。こいつ化け物かよ。


          ●


「やっと着いた……」


 平パーティーは息も絶え絶えだ。たってまあ、地面に座り込んで犬のように荒い息なのは俺と吉野さんだけ。残りは元気いっぱいだが。


「しっかりしてよ平。リーダーでしょ」

「人間はな、お前らと違うんだよ」

「ほら、あれが巫女の神殿」


 トリムが指差す。


「わかったから少しだけ休ませろ」

「仕方ないなあ……」


 手を腰に当てて、溜息なんかついてやがる。


「ふみえボスと平ボス。今、飲み物を出す」


 背負ったザックを、タマが地面に下ろした。


「ここが聖地か……」


 見回すと頂上は、カルデラ状に少し窪んでいる。東京ドーム何個分って言い方だと……よくわからん。多分一個か二個くらいだろう。


 カルデラ中央に、木造の質素な建物がある。巫女の神殿だな。見た感じでは三階建て。奈良にある大きめの神社といったサイズ感だ。


 これ木の地色を生かして塗装されていないから質素に見えているだけで、造りは凝っている。壁面には複雑な蔓草の模様が描かれているし。神聖な雰囲気が漂っているし。


 タマにもらった茶が、天国の味だった。それでどうにか元気を取り戻した俺達は(てか俺と吉野さんか)、神殿の扉を開けた。当たり前だろうが門や敷地を囲む塀などはなく、扉も施錠されていない。


 中は玄関状になっており、木張りの廊下が暗い奥へと続いているだけだ。


「たのもーう」


 どう呼びかけるべきか迷って、なんか変な言い方になった。


 返事はない。


「あのー……」


 声が木の壁に吸い込まれるだけだ。反響が少ないので、なんだか無音室みたいだ。


 とんとんと、誰かの足音が聞こえ、廊下の向こうから歩いてくる人影が、ぼうっと浮かび上がった。最初に召喚したときにトリムが着ていたような、白銀に輝くローブのようなものを纏っている。


 若い(てか若く見えるだな、正確には)女のハイエルフだ。金髪に緑の瞳だからトリムに似ているが、カールした髪を短めにカットしてあるところはトリムと異なる。トリムはストレートの長髪だからな。


「そ……」


 俺の前に来ると、そのエルフが口を開いた。


其処許そこもとは、何処どこ御仁ごじんかえ」

「其処許?」


 なんだよ召喚時のトリムと同じかよ。あれ、召喚主に舐められないようトリムが気取ってたんだと思ってたが、もしかしてハイエルフの巫女言葉だったんか。


「其処許は――」

「もういいんだよ、トラエ。この人はあたしの連れだから」


 トリムが俺の横に進み出た。


「あっ、お姉ちゃん」


 ハイエルフの顔から、とり澄ました表情が消えた。大きな瞳を見開いて、くるくる回している。


「生きてたの」

「生きてたのはないでしょ」

「えへっ、そうでした」


 言ってから、ちょっと眉を寄せた。


「今さら巫女の座は渡さないよ。ここならお菓子食べ放題だし」

「そんなこと言ってないでしょ」


 さすがにトリムも呆れ顔だ。てかトリムと同じでスイーツ女子か、こいつも。


「あたし今、この人の使い魔やってるんだ」

「へえお姉ちゃん、いい寄生先見つけたね。養ってもらえるんでしょ、うらやましい」


 改めて俺を見た。無遠慮にじろじろ眺め回してくる。


「あたしはトラエンデュール。よろしくね」


          ●


「へえ……」


 神像や各種の神器が祀られている部屋であぐらを組み、トラエンデュールは、俺達の話を聞いてくれた。


「世界中を旅して回ってるなんて疲れそう」

「ま、まあな……」

「お菓子食べていいよ。それもう飽きるくらい食べたし」


 蒸し菓子らしき茶色の菓子をてんこ盛りにした木の大皿が、床に置かれている。それを俺達の前に押し出した。


「じゃあ遠慮なく。いいぞみんな」


 木鉢を横にずらすと、待ってましたとばかり、パーティーの女子連中が手を伸ばした。まあ山道で疲れてるはずだからな。糖分補給したいのは当然だ。おずおずとキングーまでひとつ摘んでて笑ったが。


「カナエのおばさん、そればっかり作ってくるんだよねー。たまには他のお菓子にしてほしいもんだわ」


 ごろっと横になると、飽きたという菓子を掴んで口に放り込む。


「……うん、それでもやっぱりおいしいか。あー楽ちん……。生きるって楽でいいわ」

「そんなんでいいのか、あんた」

「いいのいいの。あたしたち一族は、ハイエルフの他の氏族の、誰にもできないことができるし。ねっ、お姉ちゃん」

「まあね……」


 なぜかトリムは眉を寄せた。


「なんだよそれ。スイーツ早食いとかか」

「馬鹿言わないの」


 トラエに軽くスルーされた。でもトリムとトラエ見てると、そうとしか思えないがな。


「最後の瞬間、あたしたちは輝く。……だから普段はこう、だらだらしてても問題にされないってわけ。その覚悟があるし」


 また菓子を口に放り込んだ。


「なんの覚悟だw」

「あーこのお菓子飽きたわー」


 またしても追加して、口をもぐもぐやり始めた。


 こいつ……。トリムの楽天的な性格を、もっとピーキーにした感じじゃん。妹は巫女になりたがってたって、トリムは話してた。そらそうだわ。働かないで、神事だけしてればいいんだから。グータラ全振りハイエルフかよ。


「でもひとり暮らしになって、お姉ちゃんと体洗いっこできなくなったからねー。自分で洗うとか、お風呂が面倒」


 はあ俺は妹の代用品だったわけか。なるほど。てかトリムもひとりで洗えるだろ。こんだけグータラな妹だってできるんだから。


「それで、頼みってなんなの。ちょうど暇してたから、退屈しのぎに聞いてあげるわ」


 横になったからローブのスリットから、きれいな足が覗いている。胸も大きめだし、年下とはいえ、トリムより少しだけ色っぽい感じだな。まあ色気より食い気なところはアレだが……。なんか魅力の無駄遣いで、もったいない。


「それなんだがな、ひとつ霊視してもらいたいんだ。実は先程、ハイエルフのケイリューシ国王に頼まれ事をしてさ――」


 ややこしい案件だ。俺はていねいに説明を始めた。

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