2-5 ケイリューシ国王
「まずはトリムニデュール、よくぞ里に戻った」
「ケイリューシ様」
王宮。国王の言葉に、トリムは深々と腰を沈めてみせた。
「お気遣い、ありがとうございます」
国王と王妃は蔓草を編んで作ったらしき玉座に座っている。俺達パーティーはもちろん立ったままだ。まあ国王と王妃と言っても、人間で言うならせいぜい四十代にしか見えない。実際の年齢ははるかに上だとは思うが。
それに豪華な宮殿に住んでいるのかと思っていたが、全然違った。自然の起伏を生かし、盛り上がった丘の縁を削るようにして穴を開け、洞窟っぽい住居にしてある。それが王宮だった。
外から見えるのは木張りの壁と入り口だけだから、もぐらの住まいといった印象。どちらかというとドワーフが住んでいそうだ。
内部も質素。地下で窓もないから暗そうなものだが、天井や壁がそこそこ眩しく輝いている。グリーンドラゴンイシュタルの洞窟で見たような、輝く苔かなんかだと思うが、確証はない。
木造平屋の他のエルフの家に比べ、この王宮が外敵に強いのは間違いない。
「だがなんでも、家出娘のご帰還というわけではないらしいのう」
国王は瞳を緩めている。面白がっているような表情だ。
「はい。
「里には、立ち寄っただけということですね」
王妃が口を挟んだ。見定めるかのように、俺と仲間を見つめている。
「そうなります。コルマー妃殿下。ケイリューシ様にお伺いしたい件がありまして」
「まあそう急くな、トリムニデュール」
国王が、手を振って止めた。俺に視線を移す。
「そのほうが、異世界から来たという率い手か」
「はい。平と申します、国王」
「ケイリューシだ」
「……ケイリューシ様」
「うむ」
頷くと、しばらく黙った。首を傾げ、なにかを考えている様子。ようやく口を開いた。
「たしかに話どおり、奇妙なパーティーだ。ヒューマンが仕切っておるし、戦闘力があるとは正直思えん。……だが、貴重なアーティファクトを多数所持しているとか。……どうにも、弱そうなリーダーとは似合わん」
「ケイリューシ様。レベルは低くとも、平は世界一の男です」
「おやおや……」
国王と妃殿下は、顔を見合わせて笑っている。
「男嫌いで有名だったトリムニデュールが、変われば変わるものだのう……。刻印まで
「刻印……本当ですか」
一瞬だけ目を見開いたが、妃殿下はすぐに驚きを隠した。さすが王族。動じないな。てか、そもそもトリムに刻印した話なんか誰にもしてないのに、なんでこの里の連中、みんな知ってるんだろ。妃殿下だけは知らなかったようだけど。
「とはいえ考えてみると、当然かもしれませんよ、あなた」
傍らの国王に頷きかけた。
「トリムニデュールは、請願で女神に召されたのです。その時点で、召喚主との相性は、それなりに考慮されているでしょう」
「たしかに」
王は頷いた。
「コルマーの言うとおりか」
俺に瞳を移すと、真剣な表情になった。
「平と申す者よ。まずはこの里に来た理由から話してもらおうか」
俺は説明した。失われた三支族を求めて旅をしていると。そのひとつが、おそらくエルフと思われる。ついては王やこの里のエルフから、それに関する情報が欲しいと。
「失われた三支族か……」
王は深く息を吐いた。
「それを知ってどうする」
「三支族に……用がある」
「それを聞いておる」
「それは……」
迷った。どこまで明かせばいいだろうか。トリムの話では、国王は信頼に足る人物とのことだった。だが……。
「まだ言えない。ただ、害をなすとか、そういう話ではない。少し彼らに……教えてもらいたいことが……あるだけなので。ケイリューシ様」
「三支族というのは、はるか昔にどこかで耳にしたことがある。中身はもう覚えてはおらんが……」
斜め上、天井の太い根梁を睨むと、唸る。
「いずれにしろ、はるか太古の話だろう」
「そう聞いています。この世界の開祖、ゴータマ・シタルダの時代に、シタルダの旧都から辺境へと分かれ住んだ部族とか」
「うむ……」
頷いた。
「お前は知っておるか、コルマー」
王妃に振る。
「いえ……。長老なら情報を持っていたかもしれません」
「亡くなったからのう……」
なにを思い出しているのか、感慨深げだ。
「この里に、それを知る者はもはやおらん。もちろん我らハイエルフは、その失われたなにやらではない。……だが平とやら」
俺を見て。
「もしエルフが三支族のひとつと言うなら、それはおそらくダークエルフだろう」
「ダークエルフですか」
「そうじゃ」
ケイリューシ王は、なぜか溜息を漏らした。
「連中は古いしきたりを頑なに守り、隠れるように暮らしておるからな。なぜ隠れるのか。それはその流浪の民だったからではないのか」
「ご主人様。ダークエルフはね、エルフ族の中でもひときわ魔力が強く、攻撃的な部族だよ」
レナが解説してくれた。
「小さな妖精の言うとおりだ」
国王は眉を寄せた。
「連中は頑固でのう……」
「ダークエルフの森は、山脈の奥深く。そこに行くには、魔物の多い、危険な『迷いの森』を抜けねばなりません」
コルマー王妃が付け加えた。
「迷いの森は、人を迷わせる幻影の森。魔物抜きでも、抜けること自体が難しいのです」
「トリムニデュールに頼るのだ、平とやら。森をよく知るハイエルフなら、お前を導けるだろう」
言い切ると、ケイリューシ王は、玉座を降りた。すたすたと近づいてくると、俺の手を握る。国王、背、高いな。俺の顔の前に胸があるじゃん。
「ダークエルフの森を目指すなら、平よ。お前にひとつ頼みがある。聞いてくれるなら、私の感謝を捧げよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます