2-4 トリムの和解
「トリムニデュール……」
顔をしかめて、男のエルフが唸った。男と女、ふたりのエルフが椅子に座っている。背もたれのないソファーのような奇妙なしつらえがその前にあり、俺とトリムはそこに正座させられている。背後に、吉野さんやみんなが立たされている。
目の前のエルフは、トリムの両親だという。だが人間で言うなら二十代くらいの、見た目は普通に若いエルフで、トリムとさほど歳が離れているとは思えない。さすが長命で年齢不詳のハイエルフだけあるな。
「なんでしょう、父様」
「お前……それは本当なのか」
顔をしかめると、父親が唸った。
「本当です」
トリムはあっけらかんとしている。
俺達は、トリムの家に案内されてきたのだ。ハイエルフの里は、大木が生い茂る森の外れ、切り拓かれた平坦な土地にあった。街というような密度は感じられない。だだっ広い土地に、木造の建物がちらほらと点在しているだけ。建物も概ね平屋だ。
それに意外なことに、遠くに海が見えていた。トリムの話では、外海らしい。エルフと言えば森林のイメージだったから、里の森が海に近いとは思ってなかったし。
それにトリムの実家は王族の末端と聞いていたが、こちらも豪奢な感じは皆無。質素な木造平屋建てで、日本で言うなら室町時代の書院造りといった感じ。洗練された印象を受ける。
「では、その男がお前の恋人だと言うのだな」
「はい、父様」
澄まし顔で、トリムは親を見つめている。
「勝手なことをしおって」
苦々しい顔だ。
「しかも見たところ、刻印まで進んでいるようではないか……」
「あなた。もう仕方ないでしょう」
母親が口を挟んできた。
「刻印があるなら、泣いても笑っても取り返しはつきません」
「刻印ってなに?」
トリムはキョトンとしている。それも知らされてないのか。さすが巫女になるべく情報遮断して育てられただけあるな。
「なんにつけ、トリムニデュールは、巫女になる身の上だったのだぞ」
「父様あたし、巫女にはなりたくありません。それに、もう妹が巫女になったのでは」
「それはそうだが、恋人を作るにしても、もっとふさわしい男がいるだろう。俺が見繕ってやったのに。……ヒューマンなど、どうする気だ。こいつが老いさらばえて死ぬとき、お前はまだその姿のままだぞ」
どきっとした。実際は俺は六十七歳相当の、なんちゃって高齢者だ。普通の人間よりはるかに余命が短い。ハイエルフのトリムどころか、吉野さんとだってもはや釣り合ってないからな。
トリムからは、なるだけ口を出すなと事前に言い含められている。なんでもいろいろ、ややこしい事情があるからだと。だから俺は黙っていた。
「それより父様。あたしの願いを叶えて下さい。王と会いたいのです」
「黙って家出しておいて、親に向かって最初に言うことがそれか」
「それについては、申し訳ないと思っています。……でもあたしも、悩んだ末の決断だったので」
「家出はまあいい。たしかに前から巫女を嫌がっておったし、お前の人生だからな」
溜息を漏らした。
「だが、いくら女神の請願を受けたにしても、こんな木っ端ヒューマンの使い魔になる必要はないだろう」
俺に顎をしゃくった。
「まして刻印をさせるなどと……」
「言っておくけど平、父様が思うよりはるかにいい男だからね」
「ふん」
鼻を鳴らしている。
「平はドラゴンライダーだよ。しかもドラゴンロードの」
おお――というどよめきが、背後に巻き起こった。俺達を案内してきたカーナや他のエルフが、部屋の入口に鈴なりになって覗いているからな。
どうもハイエルフはあんまり他人に隠し事しないようだな。父親も全然気にした様子はないし。個人や家のプライバシーとか、そういう概念がないのかもしれない。
「馬鹿を言うな」
苦笑いしている。
「ドラゴンライダーなどいるものか。あれは太古、ソロモン王時代の伝説だ」
「平。『あれ』、見せて」
頷くと俺は、背負っていたビジネスリュックを下ろし、中のものを、この謎ソファー前のテーブルに出した。大きな、水晶ような透明の玉を。
玉を見て、父親は目を見開いた。
「それは……ドラゴンの珠」
続いて、イシスの黒真珠、ペルセポネーの珠を並べる。なにかあればと持ち歩いている、ドワーフが掘り当てた謎の珠も一緒に。
「これは……」
絶句したな。
「あなた」
父親に比べ落ち着いていた母親も、さすがに唸っている。
「どれからも、極めて強い霊力を感じます。おそらく、神話級のアーティファクトですよ」
「わかっている」
「たったひとつ持つだけでも奇跡なのに、こんなにたくさん……」
「わかっているって」
「僕もひとつ持っています」
進み出たキングーが、テーブルにイシスの白真珠を置いた。イシスの黒真珠の隣に並べる。
「母の形見です」
「これは天使の珠だろう。……ではお前は」
「僕は、天使とヒューマンの子です」
「なんと……」
「ここにいるふみえボスも、ドラゴンライダーだ」
タマが口添えすると、次々出てくるアーティファクトに絶句していた背後の野次馬が、またどよめいた。
「ふみえボスが背負っているのは、ミネルヴァの大太刀。アーティファクトだ」
「ご主人様はね」
ここぞとばかり、レナが言い募る。
「バスカヴィル家の魔剣と、ソロモンの聖杖。ふたつも武器のアーティファクトを授かってるよ」
「もうよい……」
父親は首を振った。
「どうやら私は、とてつもない歴史が作られている現場にいるようだ」
「あなた……」
母親が、父親の手を握った。
「そうだな」
父親は頷いた。
「ふたりの仲を認める。それに王にもすぐ取り次ごう。今、茶を用意させる。パーティーの方々は、寛いでいてくれ。私が王宮に足を運ぶ間」
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