pr-2 「失われた三支族」。ヴェーダ老の救済。そして……

延寿えんじゅの秘法について書かれた本って、どういう内容だったの。ヴェーダ様」

「うーん……」


 レナの質問に、王立図書館ヴェーダ館長は、顔をしかめた。


「それは……のう。さすがに先代の頼みとはいえ教えられん。わしが祖霊それいに怒られる。祖霊の祟りの恐ろしさ、知らんじゃろう。あと神の怒りも。平殿は異世界の方じゃからな。そもそもこの世界の神とは、運命の天秤を――」

「トリム。この部屋暑いだろう」

「あ……うんそうだったね、平。そう言えって……じゃなかったそうだそうだ、暑いよねここ」


 やや支離滅裂でヤバいが、ヴェーダは気にしてないようだ。てか立ち上がったトリムの体に目を奪われてるし。なんたってトリムが脱ぎそうな気配だからな。


「あー暑い暑い」


 身に着けていたハイエルフの民族衣装的な優雅なローブを脱ぐと、体の線もろわかり&超絶露出のミニスカート姿となった。


 レースクイーンより、もう少し際どい奴。この時のために、俺とレナがちょいエロ系コスプレショップで選びに選んだ逸品さ。


「おうっ!?」


 ヴェーダ、絶句してるじゃんw まあそりゃそうだ。エルフ特有の美乳の形がはっきりわかるツヤツヤしたチューブトップは、バストトップの位置さえくっきり浮き出ててるしな。超絶ミニは、角度によってはかろうじてパンツが見える、絶妙の短さを誇るし。


「ヴェーダ様。あたし、もう少しお話を伺いたいんですけど……。ダメでしょうかぁ」


 色っぽいながらも品のある、さすがハイエルフという流し目で微笑む。


「そ、そうじゃったそうじゃったたた」


 噛んでるし。


「タイラという勇者にだけはすべてを話してよしと、先代館長が勃起しながら興奮しておった」


 わけわかんなくなってるなw


「延寿の秘法は、ここシタルダ王朝にもあった」

「本当ですかヴェーダ様」

「ああそうじゃ、平殿」


 俺に話しかけてはいるが、視線はもちろんトリムに釘付けだ。胸と脚の付け根を行ったり来たりしてるわ。


「ただ残念なことに、シタルダ王朝では古代に失われた技術での。わしがエルフ同等の長寿を得ることはかなわんかった。……ただ、この世界にはまだその技術は遺されておる」

「どこにあるんですか」

「それは明日」


 ようやく俺に視線を移した。


「わしは疲れた。平殿、今日は帰りなされ。わしは今晩、トリムにマッサージしてもらうとしよう。明朝八時……いや朝もう一度するじゃろうから、十二時がいいか。その頃に再度訪れるがよい」

「ならあたし平と帰る」

「くうーん」


 犬みたいに鳴くなあ……。


「仕方ない。わしが話したことは、本当に誰にも秘密じゃぞ」

「わかっております、ヴェーダ様」

「延寿の秘法は、『失われた三支族』に別々に受け継がれたのじゃ」

「失われた三支族……。なんですかそれ」

「この世界の開闢かいびゃくから間もない頃、真祖ゴータマ・シタルダが仕切る世界を嫌い、新天地を目指し僻地に移住した一派がいたのじゃ。彼らは特に魔法や呪術に優れておっての。そこからもわかるように、ヒューマンではなく人型の連中。今で言う蛮族じゃ」


 分派当時は仲良く僻地で暮らしてたらしいが、なにか謎に包まれた事件があり、そこからさらにいくつもに分裂した。特に有力だった連中は、「三支族」と呼ばれてそれぞれ離れた土地に本拠地を構えたのだが、あるとき三支族ともバタバタとほぼ同時に大多数が滅んだ。理由はわからない。


 とにかくわずかな生き残りだけが、先祖伝来の秘密や秘術を受け継ぎ、歴史の闇へと消えたという。


「それが、失われた三支族じゃ」


 長く続いた話が終わると、ヴェーダはほっと息を吐いた。


「蛮族の地には、失われた三支族の末裔まつえいが暮らす隠れ村があると伝え聞く。そこを探しなされ、平殿。若い頃のわしも、実はそこに行きたかった。蛮族の地には、エルフの里もある。連れ合い探しも兼ねて、一石二鳥じゃからのう。大冒険を夢見ておったわ」


 もうトリムを見もしないで、俺をしっかり見据えてくる。さすが図書館長だ。いくらエルフスキーのどエロいおっさんでも、図書館の秘密を受け継ぐ大職としての器はあるんだな。


「三支族が心を許してくれさえすれば、延寿の秘法を伝授してくれるじゃろう。……わしにはかなわなかった望みじゃ。いくらなんでも、図書館長の職をほっぽりだして蛮族の地に赴くなど、国王や民草に悪い。わしは自分の望みと心を押し潰して、日々の仕事に没頭した」


 言い切ると、しばらく黙った。それから続ける。


「結果、生涯の連れ合いたるエルフと何百年も添い遂げるどころか、エルフと一度も出会えんまま、わしはこのような老いぼれに……」


 深い溜息を漏らした。


「皺々の白髪爺となってはもはや、今更エルフと出会っても、恋の相手などしてもらえんわ。……わかっとる」

「ヴェーダ様」


 パンツが見えるのも気にせずしゃがみ込むと、トリムは、ヴェーダ館長の手を両手で優しく包んだ。


「ヴェーダ様の高貴なお心は、あたしたちハイエルフにも稀な、気高い資質と存じます」

「口だけの同情など無用じゃ。もう帰れ。わしは……わしは……」


 ヴェーダの白髪頭を、トリムは優しくかき抱いた。


「もう口をお閉じになってくださいませ。心の傷が……開きます」

「トリムよ……」

「歌って差し上げます。ヴェーダ様の気高いお心を讃え、傷を癒やす、ハイエルフ王族秘伝のヒーリングソングを」


 小さな口を開くと、高く澄んだ声で、なにかを歌い始めた。聞いたことのない言語で。変わったメロディーの変拍子。エキゾチックだが妙に心に染みる。


「おう……おう」


 大好きなハイエルフの柔らかな胸に抱かれているというのにエロ暴走もせず、瞳を閉じたままヴェーダ館長はじっとしている。


 トリムの歌声には、とてつもなく癒やしの力があるようだ。館長に対象を絞っているはずの魔法詠唱なのに、漏れてくるマジックパワーだけで、俺の心にも大きな安らぎが広がったから。


 歌い終わったトリムの瞳から、きらきらと輝く涙がひと筋流れた。


「詠唱中は心が通じ合います。ヴェーダ様のお気持ち、このトリムめにも、しっかり伝わって参りました。今後辛いことがあれば、この歌を思い返して下さい。必ずやヴェーダ様を慰撫いぶし、絶望を鎮める一助となることでしょう」

「ありがとうトリム。……立ちなさい。わしはお前の歌で蘇った。もう平気じゃ」


 手を添えて、ヴェーダはトリムを立たせた。強い瞳で、きっとトリムを見据える。


 あの眼力の鋭さ。若い頃は、精神力と実行力に優れた、強い男だったのだろう。それがわかる。トリムの魔法詠唱で、きっと命の力が戻ったんだ。


 ヴェーダ館長の、あの誇張されたエロ行動は、諦念の裏返しだったのか。なんだか俺も泣けてきたよ。男って……というか人間って、哀しいもんなんだな。


「いいかトリム。お前はわしの分も、平殿を支えるのじゃ。平時も戦時も必ずやその力となる、まことの伴侶としてな」

「はいヴェーダ様」


 トリムの瞳から、もう一筋涙がつたった。


「そのお申し付け、心に刻んでおきます」

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