第三部 「失われた三支族」編
第三部プロローグ
pr-1 延寿の秘法
「なにかの、平殿」
王立図書館館長室。重厚な机でなにやら古そうな文献に目を通してたヴェーダ館長は、いぶかしげな瞳を上げた。入ってきた俺に目をやる。
棚卸しで忙しいとかでなかなか会えなかったが、なんとか大丈夫そうとの話を聞きつけて、こうして図書館を訪れた。
吉野さんは今日、あの雑居ビルで溜まりに溜まった事務仕事こなしてる。タマまで呼び出して、エクセルの入力を手伝ってもらうって言ってたわ昨日。猫の手も借りたいって、まんまの状況だよなこれ。
中古の変色したデスク、それに布が擦り切れて中身のスポンジが覗いた椅子。そんな不揃いの家具が並ぶ、ボロオフィス(新品家具すら入れてもらえなかったからな、三木本Iリサーチ社立ち上げのとき)。慣れない作業に唸りながらパソコンぽちぽち入力するネコミミ獣人を想像すると、シュールで笑えるわ。
「マハーラー王からは、なにやら内密な話があると聞いている。その件かの」
「そうです、ヴェーダ様。ぜひともお伺いしたい件がありまして」
「ほう。異世界の勇者殿の頼みとあれば、聞かんわけにもいかんのう。……まあわしは今、見てのとおり忙しいのだが」
かすかに首を傾げてみせた。
「いえお時間は取らせません。……おう忘れてた。今日はどうしてもヴェーダ様にお会いしたいとのことなので、トリムを連れてまいりました」
「なに!? わしのハイエルフか?」
おっさんw 誰が誰のハイエルフだよまったく。
「トリム。恥ずかしがってないで出てこい」
「う、うん……」
扉の陰から、トリムが姿を現した。今日は俺の寿命に関する内密の話なんで、吉野さんが忙しくてついてこれない日を選んだんだ。レナはもちろん俺の胸――いつもの定位置だ。
「お、お久しゅうございます。ヴェーダ様」
ハイエルフ渾身の笑顔で、優雅に一礼する。
図書館についてきてくれと頼むと、トリムは露骨に嫌がった。まあそりゃ、毎度毎度エロい視線で眺め回されるからな。なにかというと触ろうとするし。ヴェーダ館長はガキん頃から筋金入りのエルフフェチらしいから、当然ではあるんだが。
トリムの大好物たる「高価&高貴で貴重な飲み物」――つまりなんちゃってビール――の一ダースをご褒美に約束して、なんとか納得させたって次第よ。
「うむ。トリムも元気そうでなによりじゃ。ほれ、もっと近う……。平殿と寛がれよ」
「では遠慮なく」
俺とトリムが椅子に座ると、いそいそと手づからお茶を淹れてくれた。
「話を伺おうか」
「はいヴェーダ様。本日お伺いしたのは、
「ほう。これはまた、とてつもない難題じゃな……」
椅子にぐっと背をもたせかけると、俺をじっと見つめてきた。
「なにか理由でもあるのかの?」
「いえ、単なる興味です。俺達はこれから蛮族の地に向かう。そこでお宝でもあればってところです」
「それにシタルダ王国にも、延寿の秘法が伝わってるんじゃないかと思ってるんだよ。ボクとご主人様」
付け加えたのは、テーブルに立ったまま器用に俺の茶を飲んでいたレナだ。
あーもちろん、俺が寿命を激しく削った件は、トリムには話してない。あいつ育ちがいいせいか無邪気で、素直に人を信じるところある。だから延寿調査に同行させても、余計な裏を邪推しないしな。もちろん吉野さんとかには話すなと、口止めはしてある。
「なるほど……」
ヴェーダは眉を寄せた。
「延寿の秘法というものが存在するのは、聞いておる。代々の館長から、特に貴重な書物や図書館の秘密については、代替わりの際に申し送りがあっての。そこでの話じゃ。……マハーラー王すら知らない秘術もな」
「ならそれを教えていただけますか」
「なにを言っとる」
文字通り一笑に付された。
「王にも教えてはならん禁法だぞ。いくら王国の大恩人とはいえども、異世界の人間に漏らすわけはないではないか。ほれ、もう帰られよ」
かるーく手を振られた。うーむ。想像以上にガードが堅い。……最後の手段しかないか。
「そうですか、残念です。……今日はトリムがどうしてもヴェーダ様にお目通りしたい、ぜひご尊顔を
「えーっ……」
トリムは、ふくれっ面を作ってみせた。あーもちろん俺が事前に指示した、予定通りの演技だ。
「せっかくヴェーダ様の素敵なお顔を見られたのに」
露骨に溜息をつく。
「トリムは別じゃ。当たり前であろう。いくらでもいていいぞ。なんならトリムはわしが一晩預かろう。まだ触診しておらんしの。噂に聞く、聖なる刻印を施せばならんし。……それに今晩は、子作りに縁起がいいとされる満月じゃ」
「わあーうれしい(棒)」
トリム、さすがに笑顔がひきつってるな。
「トリムもう諦めろ。延寿の秘法を聞けないんじゃ仕方ない。お忙しいヴェーダ様の邪魔になるばかりだ」
「まあ待て」
ぐっと手を突き出した。
「……そういえば、先代館長から聞いておった。異世界から『タイラ』という名の勇者が来たら、教えてやってくれと。……忘れておったわい」
苦し紛れの嘘が出たな。これはなんとかなるかも……。
「もうヴェーダ様ったら」
レナが腕を腰に当てた。
「お茶目さんなんだから」
「悪い悪い」
ヴェーダはトリムの手を取った。
「延寿の秘法。先代の話では、図書館の
「そ、そうだよね」
トリム、ドン引きじゃんw どこまでエロいんだ、このおっさん。
「それで、その本は見つかったの」
レナが叫んだ。なんたって俺の命を左右する情報だし、レナも必死だ。
「ああ、小さな使い魔さんよ。稀覯本室の奥に隠し扉の部屋を発見しての。そこには途方もなく貴重な書物だけが保管されておった。その中に延寿の秘法について記述した書物があった。……とびきり驚くべき内容の本でな」
「それって……」
レナが期待に目を輝かせた。
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