エキストラエピソード タマとデート2
「じっとしていろ。食い殺しやしない。……少なくとも今日は」
優しい声だ。タマの顔が近づいてくる。
不吉w 「今日は」ってなんだよ、今日はって。
タマは、俺の顔を舐め回し始めた。前もこんなことあったな。跳ね鯉村のタマゴ亭異世界支店で、タマがマタタビに酔ったとき。
さんざっぱら舐め回した後で、ようやくタマは顔を離した。俺のことをじっと見つめている。
「どうした」
「うまい……」
「は?」
「まさかとは思ったが……やはりか」
それきり、タマは黙ってしまった。
マタタビ酔い事件のときには、まずいと言われた覚えがある。
「どうしたんだタマ」
「なあ平ボス。気持ちいいだろ。見ろ、この眺めを」
斜面の先、輝く小川をタマは指差した。
「ああ。いい眺めだ」
「あたしは、村や都市より、平和な自然でこうしているのが好きだ」
そうだろうな。吉野さんの話だと、タマは現実世界に出てくるの、あんまり好きじゃないということだったし。
「まあ俺もかな。うるさい小姑みたいな管理職もいないし、自由に仕事(サボりともいうw)できるし」
「それだけじゃない。あたしは自然と一体になれた気がするんだ。こうして陽の光を浴び風を感じていると、世界から祝福されている気がする」
「そうだな」
そういや、ガキんときそうだったわ俺も。親父に田舎に連れて行かれたときとか、裏山だの原っぱだの遠浅の砂浜だので、ただただ幸せだった。もうあんな世界との合一感、十年以上も感じてないが。
「あたしは、こうして自然を読み、毎日静かに暮らしていたい。……もちろんモンスターとの戦闘はあってもいい。それだって自然の営みだからな」
「なんとなくわかるよ。俺もタマとそれなりに付き合ってきたからかな」
「そうか……」
タマはまた黙った。それから口を開いた。
「そしてそんな暮らしで、横には平ボスがいてほしい」
「いいよ。タマが気持ちいいなら、俺はいつだって付き合ってやる。こうして語り合ったり、頭を撫でたりしてな」
「ありがとう。平ボス」
じっと見つめられた。広がった瞳で。今はとりわけ澄んでいる。猫目でないタマは、もう普通に美少女にしか見えない。
そのせいか、なんか急に恥ずかしくなってきた。こんな近くから見つめられるとな。彼女がいた試しのない俺は、こういうシチュ、これまでの人生でなかったからさ。吉野さんとああいう関係になったとはいうものの、とにかく慣れてないわけよ。
「タマ。今日はなんだかきれいな瞳だな」
「ああ。パートナーを見ているからな」
「パートナー……」
そういや、前もタマにそう呼ばれた気がする。あれはいつだったか……。
「平ボス、あたしは近々発情する」
「へっ?」
驚いた俺の顔を見て、怒ったように顔を逸らした。小川を見つめながら、そのまま続ける。
「発情するんだよ。ケットシーだからな」
「ああ。前聞いたよ」
たしかレナが言ってたんだよな。
「発情すると……その……我慢できなくなる。……これまでは我慢してきたんだが」
「我慢……」
「あたしが発情したら、平ボス、お前が相手になってくれ」
なんだかすごく事務的な口調だ。
「俺が?」
驚いたわ。
「だって俺、ケットシーじゃない。ただのヒューマンだぞ」
「別に構わん。問題はない」
タマは首を振った。
「人型タイプならな。……ケットシーなら、よくあることだ」
「でも俺でいいのか、タマ」
「仕方ないだろ」
両腕を広げて笑い出した。
「あたしの周囲にいる男は、お前だけだ」
「そりゃそうだろうけどさ。発情期の仲間が集まる場所とか、ケットシーにあるんじゃないか」
野良猫とかならあるんだけどなー。ケットシーは猫の獣人なんだから、似たような習性くらいありそうなもんだ。
「いいんだよ」
微笑んだ。
「あたしは、お前にパートナーになってほしいんだ」
「俺でいいのか、本当に」
「いいどころか、大歓迎だ。……さっきうまかったし」
なんだあれ、ケットシーが「相手」を確認するリトマス試験紙みたいなもんなのかな。まずけりゃ不合格、うまけりゃ合格みたいな。それかパートナーを舐めてうまいと、発情が近いという
「ほら、予約の誓いだ」
いきなりキスされた。顔を舐め回すとかじゃなく。俺を誘うように唇が動く。誘いに乗ると、ざらざらした舌で、おずおずと応えてきた。
「……タマ」
唇が離れてからも、タマを俺をじっと見つめている。心なしか、瞳が潤んでいる。
「あたしはな、ふみえボスに召喚される前は、はるか山奥のケットシーの集落で、割と孤独だったんだ」
「そうなのか?」
「ああ。子供の頃からあんまり仲間とつるまなかったし。いつも集落から離れた山の上で座っていたしな。多分それもあって、召喚対象として神が選んだんだろう。ああ見えて、あの神は細かく気配りしそうだし」
寡黙で古武士のような佇まいはケットシーの特徴だと思ってたけど、どうやらタマだけの性格だったようだ。
仲間から浮いてたってことは、俺や吉野さんが会社で邪険にされてたのと同じか。だからなんとなく俺とタマ、気が合うのかもしれないな。
「いずれにしろ、もう誓いは済んだ。頼んだぞ」
「ああ」
いいんだろうかとも思ったが、そういう習性なんだったら、付き合うしかない気もする。俺達ヒューマンの男だって、溜まってきたらいろいろ自分でしたりとかするしな。しないと寝ててえらいことになるし。
「まあ仕方ないよな。生理現象なんだから」
「生理現象か……。そう言えば、肝心なことを言い忘れてたか。悪い悪い」
くすくすと、タマが含み笑いを漏らした。
「お前は立派なリーダーだ。それに男としても最高だと、あたしは思ってる」
「あ、ありがと」
「教えてやろう。ケットシーの女はな、本当に好きな相手ができると、初めて発情するんだ」
「それって……」
タマは近々発情すると言い切った。そして俺をパートナーに選ぶって。ということは……。
「そして一生、その男としか関係を持たない。たとえ死に別れても、そいつだけを思い、一生、寡婦を貫く」
タマ。それ、俺を生涯のパートナーにするってことなのか。
「でも俺……その……」
「ふみえボスとお前がいい仲になったことは、知っている。問題はない。あたしは気にしない。お前がふみえボスと恋人になろうが、レナと関係を持とうが」
やっぱ、レナとのそっちもバレてるんかーいwww さすがケットシーの嗅覚は凄いな。
「それに、ふみえボスも認めてくれる」
「そうかな」
「ああ。あたしにはわかる。ふみえボスの使い魔だからな」
立ち上がると、タマは腰に着いた枯れ草を払った。
「立ち上がれ、平ボス」
手を引かれた。
「シリアスな話で悪かったな。でも……どうしてもお前に伝えたかったんだ、あたしの気持ちを。発情の件なんて、そのついでに話しただけだ」
「タマ……」
「みんなのところに戻ろう。この香りだと、もうじきトリムが目覚めるはずだ。あいつの覚醒臭がするから」
そんなんわかるんか。さすが獣人ケットシーだ。
「今日はデートしてくれてありがとうな、平ボス。……あたしの永遠のパートナー」
タマが微笑んだ。
一生俺が忘れられそうにない、最高の笑顔で。
■第二部ご愛読感謝のおまけエピソード「タマとデート」編は、いかがだったでしょうか。寡黙ゆえ普段あんまり前に出てこないタマのために、予定の倍、2話に渡ってデートしてもらいました。
次話からは第三部「失われた三支族」編です。
延寿の秘法を求めて蛮族が待つ危険な地へと旅立つ平と吉野さんに、現実世界で新たな試練が……!
ちなみにタマが平を「パートナー」呼びしたのは、こちらの回です。
https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054891273982/episodes/1177354054893240622
第一部エピローグですね。あの頃からタマが意識しつつも、隠してたんでしょうかね。
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