1 社内陰謀の敗残者。もしくは勝利者
1-1 経営企画室会議で、例によって大風呂敷を広げてやったぜw
「では、全国鉱山サミットの件は企画了承ということで」
経営企画室長が、資料をテーブルに置いた。本社十八階、経営企画室内ミーティングスペース。室長はじめ十二人ほどの経企スタッフが勢揃いしている。
この人数が入るミーティングスペースなんか普通はないので、社内の汎用会議室を使うのが一般的だ。それなら人数に応じた各種の広さが揃ってるし。
ただ経営企画室は割と特別というか、外部の著名人だのを入れての会議が頻繁にある。セキュリティーとか様々な理由から、専用に大きなミーティングスペースを持っている。
「そのまま代理店と詰めてもらおう。いいか。一か月後に具体案までブレイクダウンして持ってこい。わかったな」
室長が念を押すと、企画立案者は眉を寄せたまま頷いた。
「一か月はキツいですが、なんとか調整してみます」
「わかってるとは思うが、グローバルジャンプ21大幅縮小に伴う敗残処理で、来期はかなりの額の赤字が発生する見込みだ。予算組みは相当厳しく査定されるから、そこのところは気を付けろ」
「はい」
ここは「部」ではなく「室」扱いなので、秘書室などと同様、売り上げを求められる部署ではない。それでも無尽蔵に予算を使えるわけじゃないからな。室長が釘刺すのは当然だ。
俺と吉野さんの異世界地図事業以外のグローバルジャンプ21案件は、結局ほとんどが撤退ないし大幅縮小となった。そりゃ厳しいだろう。噂ではボーナス大幅カットらしいし。
全社一律なんで、絶好調事業を手掛ける俺や吉野さんの通常ボーナスまでカットされるのは笑うが。
とはいえまあ、俺達の手元にはダイヤが転がりまくってる。
銀座の老舗宝石商天猫堂の貴船マネジャーからは買い取りの承諾を得ていて、すでに小さな石をひとつ、一八〇万円で試しに売却済みだ。貴船さんからは、次の査定をさりげなく催促されている。
こんまいボーナスとか、今となっては別にどうでもいいとは言える。
「では次。吉野フェローと平フェローだ。頼む」
室長は四十歳かそこら。その齢でこの部署を任されてるんだから、もちろん超エリートだ。本流である営業の泥臭い世界とは違う部分で、この商社で成り上がってきた。頭は切れるし、感情なんかないんじゃないかと思うほど、冷徹な決断を下す。
経企は次世代の事業を模索したり、あるいは大胆な組織組み換えで筋肉質化を図ったりとか、一歩も二歩も引いた戦略を企画立案するのが責務だ。
さっき会議で話に出たが、RPAとかいう自動処理とクラウド上のAIを大胆に取り入れたスタッフ部門半減案とか、結構面白かったぞ。
余ったスタッフを首にするわけにはいかないから、あれ実現するとしても調整だけで五年とかかかりそうだけどさ。それでも経理とかのバックオフィスが合理化されるので、コスト削減には劇的に効きそうだ。なんたって固定費が削減できるのはでかい。
まあ技術的な部分は何言ってるのか、俺には半分以上わからなかったがw 後で吉野さんに教えてもらおうっと。
「発表は吉野フェローからでいいのかな」
「はい。こちらを」
室長に促され、吉野さんが資料の束を左右の出席者に手渡した。各人一部取って、隣席に回している。
「異世界辺境開拓か」
ぺらぺらと紙をめくっていた室長が、鼻を鳴らした。
「三木本Iリサーチ社で君達がやっている地図事業と、どう違うのだね。ぱっと見、つまらん提案だ」
「地図事業はあくまで官庁の補助金事業です。踏破距離と比例するので上限は見えており、手堅いものの桁違いの成長は見込めません」
吉野さんが言い切った。事実だ。おまけに俺の目標は、楽してサボること。手堅くのんびりで問題はない。
……ただしこれまでは、な。今は延寿の秘法を探さなきゃならんから、サボりながらもある程度新たな展開が必要になっている。そのために練った提案でもある。
「安定的な収入は確保できていますが、補助金事業だけに縛りもあります。なにしろ相手はお役人ですから」
「俺達商社マンとはカルチャーが違うってことです」
「ふむ」
口を挟んだ俺に、冷たい視線を飛ばしてきた。
「それはわかったが、肝心のところに答えてないな。地図事業とどう違うのかという」
「資料に書いたように、辺境開拓で、新たな価値を持つ資源を探索するということです」
「着眼点はいい」
発言したのは、元学者のフェローだ。大学のトップ研究者だったのが、三顧の礼で三木本にヘッドハントされてきたとかいう。
「なにしろ辺境に行くこと自体で、地図が描ける。地図事業の一貫としてこなせるので、コストはそっちに付け回せばいい」
実はミーティングスペースだけの話でなく、経営企画室はスタッフも特別だ。
先程、鉱山サミットを報告した奴は、社費留学でMBA、つまり経営学修士号を取った帰国組。他にも社長として出向した先の事業を成功させ、本社に凱旋してきた奴とか。多士済々。単に社内の年次や序列・肩書では判断できない才能の持ち主が多い。
もちろん「室長が偉い」などというカルチャーは皆無。室長は単に事務作業を円滑化するインフラだったり、会議を仕切るファシリテイターだったりといった扱い。全員対等の立場で議論して物事を決めていく。
その意味で、肩書で威張り散らすだけの無能が大嫌いな俺には、合ってる部署かもな。どの部署でも、だいたいいっつもそれで上司とぶつかって追放され続けた俺だから。
管理職の肩書はなくとも超絶才能といった連中がごろごろしている部署なので、普通の事業部とは異なり、経営企画室では各人が個室を持っている。
俺と吉野さんにも小さな個室が割り当てられているが、俺達は主務が異世界Iリサーチ社なので、もっぱらG這い回る小汚い雑居ビルにいる。宝の持ち腐れw
「だが問題は、どのような資源を探索するのかだ。鉱山というのなら、地図事業と狙いが被る。タコが自分の足食うようなもんで、意味がない」
「そこのところ、資料になにも書いてない。欠陥資料だ。……どういうことかね、吉野フェロー」
パンと音を立てて、室長が資料を指で弾いた。
「それは……まだ極秘というか、文字にしないほうがいいと思われたので」
「ほう。そんなに凄い案件か」
室長の皮肉で、何人かに笑われた。
「平フェローが説明します。……平くん」
吉野さんに横目で促された。
俺と吉野さんの間では、「きちんとした仕事」関連は吉野さんが、「怪しい案件」は俺が発表すると、最近ではしっかり決めてある。なんせ吉野さんには陰謀・失敗無関係のきれいな上司でいてほしいからな。そのほうが俺達の野望(サボるだけだがw)に邪魔が入らない。
さて……。
俺はテーブルの面々を眺め渡した。どいつもこいつも、「お手並み拝見」といった顔してやがる。いつもみたいに、いっちょやったるかw 青くなったり赤くなったりして怒る信号機社長はいないし。
「俺と吉野さんが考えているのは、いくつかあります。ただ行ってみないとわからない部分がある。なんせ謎の地、辺境なんで。……今ひとつだけ挙げられるとすれば、魔法です」
「魔法!?」
おう。苦笑いすら、なしかい。全員、目を丸くしてざわついてるな。まあそりゃそうだ。
「君は正気で言っているのか」
「もちろんです。そうですよね、吉野さん」
「平が申したとおり、現地に魔法とか魔術と呼ばれる特殊技能があり、実際に効果を持つのは確認済みです」
「ただ、こっちの世界――現実世界――では、力を使えないようです。少なくとも、俺と吉野さんの使い魔の話ではそうです」
「なら意味ないじゃないか。そもそも――」
うるさいツッコミ野郎を手で黙らせると、俺は続けた。
「でも蛮族の地であればわからない。キャラクターとしての魔法使いは、こちらでは無力かもしれない。でもマジックアイテムならどうか。たとえば魔術的効果を持つ呪力石とか。蛮族の地にはあるかもしれない」
実際、向こうの薬草だのマジックウィードが現実世界でも限定的な効果を持つことは、確認済みだ。ただこっちでは商売の種になるほどの効果がないだけで。でも特別なアイテムなら、話は別かもしれない。
「もし実現すれば、世界は変わる。大激変だ。もちろん、ウチが独占して供給する。どでかいシノギになる」
なら受託案件としての地図作りなんかだけじゃもったいないと、俺は続けた。
「なるほど……。たしかに、実現するかもわからない微妙な案件だ。というか多分失敗するだろう」
斜め上を見て、室長はしばらく黙った。
「しかし奇跡的に成功すれば、平フェローの言の通り、世界が変わる。まさにハイリスク・ハイリターン。四半期ごとの小銭を求められない、我々経営企画室が手掛けるべき案件だと言える」
「室長。吉野フェローと平フェローは、三木本Iリサーチ社が主務です。経企は従務であるので、我々にとっては隠れキャラのようなもの。ならこの失敗前提の賭け、ちょうどいいんじゃないでしょうか」
身も蓋もない発言をしたのは、例の学者サンだ。
「我々経企にとっては、ハイリスクというよりノーリスクですよね。元々隠れキャラ扱いで、業績になんて期待してないんだから。二人の人件費の
おいおいw
俺もそう思うけどさ、露骨なおまけ扱いはさすがに草。
「私もそう思います」
「私もです」
賛同の声が続いた。
「まあそうだが……」
議論の筋が見えたと思いきや、室長はなぜか言葉を濁した。
「うん。でもまあいいか。いずれにしろ経営企画室としては吉野フェローと平フェローには、短期的な施策は求めてないしな」
自分に言い聞かせるように呟くと、続けた。
「ではその方向で。吉野フェローと平フェローには継続して報告を求める。……さて、次の案件」
次の順番の女性が、資料を配布し始めた。
「あと、吉野フェローと平フェロー」
室長が俺達に視線を飛ばしてきた。
「会議終了後、残ってくれ。ふたりに話がある」
でまあ話を聞いたんだが、これがとんでもない陰謀の入り口だったとは、そのときはもちろんわからなかったんだ。
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