4-9 副社長にきっちり型にハメられるwww

「後任が三木本Iリサーチ社に入る。……叩き出される川岸の野郎は、どこに動くんですかね」

「川岸くん、だろ。課長とはいえ、君より年次は上だぞ」


 苦笑いされたわ。いいだろ、あんな悪党は呼び捨てで。知るかよ。


 窓の外、ビルの隙間から早朝の太陽が覗く光景に、副社長は視線を移した。そのままの形で、口を開く。


「一度巣立った雛は、元の巣には戻らないものだよ」


 高層ビルが立ち並ぶ姿を見つめたままだ。


 はあこれ、兼務の金属資源事業部には戻さないってことだな。事業部長の海部は、俺と握っている。川岸がスパイと教えたからな。つまり復帰は断ったということだ。そりゃ身近に正体不明の陰謀主の駒を置いときたくはないだろう。なに探られるかわからん。


「川岸はパスポート持ってますよ」

「そりゃ当然だろ。商社マンだぞ。いつ出張を命じられてもいいように、誰だって取得しているはず。君だってそうだろ」

「まあそうっすね」


 俺が命じられたのは、海外どころかパスポートすら通用しない異世界出張だけどなー。底辺社員だからって好き勝手されて。


 ようやく、副社長は俺に瞳を戻した。


「川岸くんも、パスポートが役立つ日は来るだろうさ」

「でしょうね」


 よし。これで海外転出はまず間違いない。あとはどこか。ウチが伝統的に強いブラジルの孫会社とかじゃないといいが。あそこは出世コースのひとつのルートになってるからな。


「どの大陸ですか」


 ここまで結局、ぼかした話しか出てきてない。国を聞いても教えてはくれないだろう。


「平くん、君は異世界でダイヤを入手したそうだな、個人的に」

「はいまあ……」


 いきなり話が変わって、俺は戸惑った。なんだよ今度はそっちで責めるのか。


「こっちの世界でも、紛争ダイヤは問題でね。……君のは違うんだろ」

「違いますね。血とも児童労働や強制労働とも無関係です」


 てかあっちの世界では価値がなく、泥炭掘ってるときの不純物扱い。子供のおもちゃになってたからな。強制労働までするようなお宝じゃあない。


「ところで平くん、吉野くんとはどうなんだ」

「はあ……」


 なんだよころころ話を変えるな。本来の案件である説教に戻るってのか。


 容器に刺さっているシュガースティックをもうひとつ摘むと封を破り、コーヒーに砂糖を追加した。激甘にはなるが仕方ない。時間稼ぎだ。


 ゆっくりかき回してからコーヒーを飲んだ。


「甘くしてもイケますね」


 そうかわかった。ダイヤの話は川岸の異動先絡みなんだな。紛争ダイヤと言えばアフリカ、特に西海岸から中央にかけてだ。それとなく教えてくれたってわけか。さすが副社長まで出世するだけはある。さっきは小物扱いしてすまんかった。俺の勘違いだわ。


「昨日は恥ずかしいところをお見せしました。ちょっと感情的にぎくしゃくしたところはあるけど、俺と吉野さんは仕事上はいいパートナーです」


 無難な線を投げておく。黒幕炙り出しのために仲悪いアピールはするが、仕事上は最高の相性とかにしとかないと。片方だけ異動させられる危険性があるからな。


「困ってるんじゃないのか」

「いえ別に」


 副社長は、俺の瞳を覗き込んできた。深い瞳で、俺の脳内を探ろうとするかのように。


「折り合いが悪いなら、吉野くんを動かしてもいい」

「いえそんな」


 俺は首をぶんぶん振ってみせた。この可能性だけは潰しとかないとな。


「君は性格的に、異世界が向いているだろう。……というか、はっきり言えば、こっちでは使い物にならんし」

「そんなことはないっしょ」


 言ってはみたが、まあそのとおりだわw


「その点、吉野くんは違う。もともと仕事はできていたし、優秀なマネジャーになる素質があった。もうシニアフェローだからマネジャーには置けんが、欲しがる部署も多いだろう。……社長のお気に入りだし」


 社長に媚びたい部署……というか部長課長クラスは山のようにいる。そりゃそうだな。


「吉野さんは優れたマネジャーですよ。異世界案件には欠かせない人材です」

「そうかね……。私の見るところ、君ひとりでも回せそうだがな」

「そんなことはありません。俺だけだと多分すぐ死にます。吉野さんの冷静な判断力があってこその異世界。俺をコントロールしてくれるベスト管理職賞の鉄板受賞者です」


 自分でもなに言ってるかわからん。とにかく変なほうにサイコロが転がったら困る。副社長の権力があれば、いくら社長の手駒とはいえ、待遇面で華を与えての異動くらい朝飯前だろう。


「昨日の喧嘩を見て、どちらかを動かせという意見が役員からも多く出ているしな」

「はあ……すみません。俺が悪いんです暴走して」


 殊勝に、俺は頭を下げてみせた。しまった役員会議でやりすぎたか。


「動かさないことも可能だ。社長はもとからそのつもりだろうし、私が反対すれば声は消える」

「ぜひお願いします」

「ならふたりで仲良くしたまえ。飲みに行ったりはしているのか」

「はあ……。あんまりないです」


 このへんは、ごまかしとかんとな。いえ同棲も同然で、昨日も朝までエッチな行為に励んでました――とかは言えんし。


「ふたりで一度、飲み給え。そこで本音をぶつけ合うんだ。私は若い頃から、そうやって仲間のガス抜きをしてチームの成果を上げてきた」


 まあそうだろうな。副社長は苦労人と聞いている。新入社員時には、商社としては場末の資材部に配属されたというし。そこでいじめられたらしいわ、かなり。それでも結果を出して主任係長と出世し、海外孫会社の事務方立ち上げスタッフとして送られ、あちこちの辺境国を渡り歩いた。


 その間、当然だが本社内に人脈を広げられるはずもない。俺と同じような使い捨ての駒だったわけさ。


 それが三十代後半で本社に戻されると資材部部長としてまた大活躍。社内人脈が薄いためにそれでも社内辺境各所の部長をたらい回しになった挙げ句、ようやく役員まで出世したとか。飲み会でもなんでも利用して、必死で係累を作ってきたのは事実だろう。


「人間関係でも異世界の障壁でも、どうしても困ったら、私に相談したまえ。社長には言えないこともあるだろう。そういうときは私が動いてやろう」

「ありがとうございます」


 とりあえず口だけ感謝しておく。タダだしな。


「だから社長だけでなく私にも異世界の最新情報を報告したまえ。……社長通すとなにかと面倒でな」

「そうします。仲良し反省文を、この後すぐ提出します。異世界についても適宜リポートを上げます」


 くそっ、見事に説教で型に嵌められたじゃねえか。副社長やるな。


「リポートでは足りない。定期的に会合を持とう」

「はい」


 まあもう何人かの役員と握ってるし、ひとり増えるだけだ。問題はない。俺はシニアフェローだから、肩書としても副社長とサシで会ってもおかしくはないし。


「君は見所がある」


 立ち上がり、手を出してきた。俺も立ち、手を握る。


「価値のある報告なら、それに私が個人的に報いよう」

「いえそんな。結構です」

「遠慮するな。……君は金では動きそうもないから、面白い体験を提供しよう」

「体験ですか」


 なんだ。待遇改善でもしてくれるのかな。ボロ雑居ビルから豪勢なタワーオフィスに引っ越しとか。


「ああ。私は秘密の会合に参加していてね。……そこではなんでもありだ」


 意味ありげに微笑む。


「なんです、それ」

「男の夢だよ。……とりあえず一度連れて行ってやろう。さすがに秘書は通せないから、近々、私から連絡する。楽しみに待っていろ」


 男の夢ってことは女だろ。よくわからんが、会員制キャバクラみたいなもんかな。エロ入った。どんなに優れた男でも、エロの力には逆らえないんだな。こんなハゲジジイまで虜になってるとは。


 俺は異世界のヴェーダ図書館長を思い浮かべた。あのおっさんも、大賢なのにことエルフに関してだけは、ただのエロいおっさんになるからなー。それに俺も人のことは言えん。さっきまで吉野さんやタマ、レナとのエロ妄想をリプライズしてたし。


「楽しみです」


 適当に返事しておく。とりあえず吉野さんの異動だけは防がないと。


「吉野くんには内緒だぞ」


 そりゃ当然だ。てか早く手を離してくれないかな。おっさんに長時間触ってほしくないんだが。


 さりげなく握手を解こうとすると、より強く握られた。


「私を裏切るなよ。社長を裏切るな。それが君にとって、最高に大事なことだからな」

「もちろんです」


 また俺の瞳を覗き込んでくる。鋭い瞳で。


「あの……副社長」

「おう。これは悪かった」


 ようやく、手を離してくれた。


「わかってくれるとは思うが、私は社長の下で社内をまとめる役でね。舵取りは社長、管理は副社長ってことさ。三木本商事にとって今もっとも重要なのは異世界案件。平くんは、社長や私に尽くしてくれないと困る」

「当然です」

「では戻り給え。仕事も溜まっているだろう。……今日は吉野くん、休んでいるらしいし」


 驚きを顔に出さないよう、左手で自分のケツをつねった。なんだよこいつ、もうその情報掴んでるのか……。さすがは副社長。言いたい放題のご意見番ってだけじゃなく、当たり前だが政治力もあるんだな。今まで割と無視してたが、今後は少し愛想見せといたほうがいいかもだわ、これ。

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