4-8 副社長と「川岸更迭」密談
「ところで……」
ミーティングテーブルで向き合い、秘書が部屋を退出したのを確認すると、副社長はいきなり斬り込んできた。
「我が社に存在する陰謀について、君はどう判断している」
驚きを顔に出さないように、テーブルの下で、俺は必死で自分の腿をつねった。役員連中のようにうまくは、俺は狸面がまだできないからな。
でもマジかよ。説教ってのは口実で、この件を相談したかったってのか、副社長は。
「陰謀? ……なんのことです」
とりあえず一拍外す。その間に考えないと。
「とぼけるんじゃない」
苦笑いしてるな。
「君は最近、役員連中と頻繁に会合を持ってるじゃないか」
どこまで白を切るか、一瞬迷った。だが相手は社内闘争百戦錬磨の副社長だ。もうすべて情報を掴んだ上で詰めてきているのに違いない。
「たしかに何人かとは話してますが、俺も経営企画室のシニアフェローなんで。異世界案件を経企でも手掛けている以上、古巣である三木本Iリサーチ社の所管役員とミーティングを持つのは当然です」
シニアフェローの職階なら、役員と一対一で会議を持つのもおかしくない。
「なら聞くが、なんの案件なんだ」
「それは異世界の――」
「各事業部長や最高財務責任者と君が頻繁に会うようになるのと並行して突然、君のダイヤ疑惑が、どこからともなく流れてきた」
「……」
「それに、君が労務担当役員とランチを共にしてから、急に、Iリサーチの担当者交代案が湧いてきた」
「……」
俺は黙っていた。副社長がどこまで知っているか、確かめておきたい。
「君と吉野くんは、年末から長い休暇を取ったね。ダイヤ疑惑が湧いてすぐだ。かと思えば、休暇を一日早く切り上げて、社長と非公式のミーティングを持った。……あの、社長御用達の、なんとかいうバーで」
くそっ。そこまで掴まれてるか。さすがは副社長だ。
「人間、三人集まれば派閥ができると言います。ましてウチは従業員千人以上の企業だ。なんらかの陰謀があるのは当然ですよね」
「私はクーデターの話をしている」
「……」
また俺が黙ったのを見て続ける。
「ウチは社長は三期務めるのが伝統。現社長はまだ一期め。次期社長を巡る鞘当て騒動が起こるには早すぎる。……ということは、そこに陰謀があるということだ」
「つまり、社長を引きずり下ろす動きがあるということですね」
黙って、副社長は頷いた。はあ、あらかたわかってるわけね。それならこっちも話が早いわ。
「なら逆に副社長にお聞きしますが、誰が黒幕だと思いますか」
「君は相変わらず馬鹿だな……」
呆れたような表情を浮かべ、副社長はソファーに深く背をもたせかけた。
「私がどう考えているか、この場で明かすはずはないじゃないか。……君は社長の小間使いだろう」
なんだ俺を小間使い扱いかよ。……まあそう見えても仕方ない面はあるけどな。
「でも陰謀を防ぐのが副社長の考えなら、俺に秘密にする理由もない」
「私にも保身はあるからね。万一社長が退任するなら、しばらく役員の政治的な動きが激しくなるので次期社長も大きな入れ替えはしないだろう。だが落ち着いた頃合いを見計らって、副社長を自派閥に交代させる可能性がある。なら私は、次の候補にも接触して保身延命を図る必要がある」
はあ本音をぶっちゃける奴だな。意外に俺に感覚が近いのかも。
「だから俺の判断を聞きたいってわけですか。黒幕に接触するために。……それ社長に対する裏切りですよ」
「勘違いしてもらっては困る。私はこの三木本商事を平穏無事に運営したいだけだ。無理筋の社長解任騒動が起こっては、マスコミのいい餌食だからな」
「陰謀が優勢になれば、社長の
「社長だって、解任決議なんか出されるより健康問題で退任したほうが見栄えがいいだろ。退任後だって社内に地位は残るし、経団連の要職に就く可能性だってあるし」
「はあ……」
なんだこいつ、敵か味方かわからない奴だ。戦国時代の筒井順慶、洞ヶ峠って奴か。副社長まで成り上がった割に、定見のないコウモリ野郎なのかな。意外に小物だな。よくここまで上り詰めたもんだわ。情報収集と脅しでのし上がってきたパターンかも……。
「で、どうなんだ。陰謀についての、君の考えを知りたい」
「はい……」
とりあえずなんか言わんことには始まらん。まあ俺がここまで掴んだ内容に、取扱注意案件はない。話してもいいだろう。
「たしかに何人かとミーティングを持ち、率直に意見交換しました」
それでも黒幕と思しき人物はわからないと、正直に打ち明けた。
「ふむ……」
副社長は、じっと俺の瞳を覗き込んだ。
「どうやら嘘はついてないな」
「俺は誰とでも本音で話します」
「それはわかっとる」
呆れたように首を傾げた。
「前も言ったろ。君は三木本始まって以来の大馬鹿野郎だからな」
「身に余る称号、ありがとうございます」
「食えない奴だな、君は。ところで……」
ほっと息を吐くと、高そうなコーヒーカップを口に運んだ。
「仮定の話だ。仮に川岸くんを異動させるとしてだ、君は後任を誰にしたらいいと思う」
おっと斬り込んできた。
手元のシュガースティックを手に取ると、俺は封を破った。コーヒーに注ぎ、ゆっくりかき回す。それからコーヒーを飲んだ。俺は基本ブラックなんだが、ここは時間を稼いで対応を考えたい。あれだよなー。戦国武将が茶の席で政治してたっての、理由がわかるわ。
「うまいですね、このコーヒー」
副社長は、黙ったままだ。
「川岸の後任人事ですか……。その話はまだ出ていませんか?」
探り針を打つ。労務担当役員高田の動きを確かめたいからな。
「あることはある。高田くんからの非公式な提案が、何人かの役員にあったからな。今、検討しながら玉突き人事の調整中だ」
「誰なんです。俺はもう役員会議で川岸交代提案というカードを露骨に切った。いくら未定人事案とはいえ、俺には教えてくれてもいいじゃないですか」
「まあそれもそうだな……」
副社長はまたコーヒーを飲んだ。
「……だが君はもう知っているんじゃないのか」
おう。それが聞きたかった。高田の奴、俺の提案をそのまま上げたんだな。てことは高田はまず黒幕候補から外してもいいだろう。この短期間で栗原を陰謀に取り込めたとは考えづらい。なんせあいつは俺の同期、体育会タンク役の熱血営業野郎だ。
「川岸の野郎は、どこ行きですかね」
「川岸くん、だろ。君よりはるか格下の課長とはいえ、君より年次は上だぞ」
苦笑いされたわ。いいだろ、あんな悪党は呼び捨てで。知るかよ。
窓の外、ビルの隙間から早朝の太陽が覗く光景に、副社長は視線を移した。そのままの形で、口を開く。
「一度巣立った雛は、元の巣には戻らないものだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます