5-2 ドラゴンブレス

「みんな、準備はいいな」


 洞窟入り口。俺の言葉に、ダンジョン攻略組全員が頷いた。


 俺のチーム。ゲストとしてドラゴニュートのドライグに、孤立魔道士グローアだ。俺達の背後には、ドラゴニュートの連中が多数見送りに来ている。


 見上げると、切り立った崖の上に、朝の青空がぽっかり見えている。洞窟踏破にどのくらい時間が掛かるのかはわからんが、余裕を持たせるために朝イチの攻略と決めたのだ。


「入り口は狭いから、全員の侵入に時間が掛かる。打ち合わせどおり、最初はタマとレナ、俺が入る。タマは夜目が利くし、嗅覚が鋭い。初手で当面の安全が確認できたら合図するから順次、決められた順番で入ってこい。全員揃ったところで、どのように進むか検討しよう」

「入り口は狭いし、足元が崩れやすい。婿殿、あたしが皆の体を支えてサポートする」

「そうだな、ケルクス。頼むよ」


 ダークエルフのケルクスが、穴の脇に立った。足場を踏み固めるようにして、体の位置を固定する。


「よし、いいぞ。まずはタマ、次が婿殿だ」


 手を差し伸べてくる。


「タマ行けっ」

「平ボス……」


 身を屈め、暗闇へと踏み出していく。


「婿殿」

「おう」


 ケルクスの腕を支えにレナを胸に収めたまま、俺も続いた。入り口からは狭い下り坂が続いている。崩れやすい足元に注意しながら数歩進むと、ちょっとした小部屋に出た。暗闇で、ぼんやり周囲の壁が見える程度、入り口からのわずかな明かりに、タマの瞳が輝いていた。さすが猫目だな。


「どうだ、タマ」

「危険な香りはしない。この部屋は安全だ。反対側の壁に穴がある。そこから奥に進めるようだ」


 矢継ぎ早に、報告してくる。


「わかった。皆を呼ぶ」


 俺の指示で、全員降りてきた。ドライグが手を上げると、俺達の頭上にマジックトーチが輝く。かなり明るい。これでこの先も、そこそこの距離までは見通しが利くはずだ。暗闇に開いていたタマの猫目も、きゅっと細くなっている。


「吉野さん、大丈夫ですか」

「うん平くん。坂道は滑るから怖かったけど、ここはもう平気」


 微笑んでくれた。


「よし、警戒陣形で進む。タマが先陣。俺とレナ、ドライグとエンリルが前衛として続く。エリーナが中衛。吉野さんとキングー、キラリン、グローアが後衛。殿しんがりはケルクスに頼む。もし戦闘になったら、吉野さんの抜剣を助けろ。それから後衛を守護するんだ」

「わかった、婿殿」


 ケルクスが最後尾に移動する。


「進め、タマ」

「ボス」


 忍び足で、タマが進み始めた。時折立ち止まっては目を閉じて頭を反らしている。周囲の匂いから状況を判断しているのだ。


 小部屋の反対側から通路に踏み出す。手掘り坑道にも似た、荒れた壁の通路を進むと、大部屋に出た。真っ暗だ。というのも、おそらくとてつもなく広い。天井こそ辛うじて見えてはいるが、反対側の壁などは暗闇に溶けている。


「大部屋か……」

「大部屋は嫌だね、ご主人様」


 レナが見上げてくる。


「もし敵が多数だったら、向こうは戦力が突き抜けるもん」

「だな」


 俺達は十二人。その規模なら、狭すぎず広すぎずくらいの戦闘フィールドがいちばん戦いやすい。


「これだけ広いんだ。エリーナのバンシースクリームを使って、初手で敵戦闘力をある程度無力化しないとならんなー、これは」

「そうそう」

「どうだタマ。気配はあるか」

「平ボス……」


 振り返った。


「この部屋はヤバい。奥深くになにかが潜んでいる」

「多数か」

「数より質だ。……ドラゴニュートと同じ香りがする」

「まさか」


 ドライグが唸った。


「昔ここで死んだ仲間の臭いだろう」

「いや……。生きている」

「まさか……。そんな話は先代からも聞いていない」

「あっ!」


 レナが叫んだ。


「奥でなにか光った」

「なに!」


 確かめるまでもなかった。奥の奥に小さな光球が見えると、あっという間にそれが近づいてきた。同時に、大きな吠え声が響き渡る。


「ド……ドラゴンブレス」

「馬鹿な。この大陸にドラゴンはいない」

「あの声はドラゴンだのう……」


 危機というのに、エンリルは飄々としている。


「火球ということは、サラマンダー系であろうかのう」

「吉野さん組は、防御ポーション投擲。全員、高温ブレスに備えよっ」


 言い終わる前に、火球が到達した。小さく見えたが、近づくと巨大とわかった。天岩戸かよってサイズ感だ。まだポーションバリアを張り切れていないってのに……。


「防御姿勢っ!」


 俺の叫びは炎で包まれた。

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