5-3 サラマンダーとの遭遇

 ドラゴンブレスの炎に覆われた俺達だったが、致命傷は避けられた。というか「ちょっと熱いな」程度で済んだ。火球はそのまま背後に通り過ぎていったから、包まれたのは一瞬だったしな。


「あぶねえええーっ」


 吉野組のポーション投擲が一瞬でも遅れてたら全員、丸焦げだった。俺のパーティー最大の弱点、それは回復魔道士がいないことだ。吉野さんなど後衛組のポーションに頼っている。それは弱点だがその分全員、訓練は積んでいる。見事な連携で、初手の攻撃を防いでくれた。


「全員突っ込め!」


 俺は叫んだ。


「とにかく近接戦に持ち込む。ポーションが無くなったら全滅だっ」


 剣を抜くと、俺は駆け出した。後にみんながついてくる。


「タマ、先行し、背後から攻撃して牽制しろ。ケルクスは走りながら魔法を撃て。敵は見えないから、今はまだ当てずっぽうでいい」

「わかった」

「婿殿」


 とにかく、こちらも間接攻撃を繰り出しつつ間合いを詰めるしかない。


「あたしも魔法を撃つ」


 ずっと後ろから、サタンの声がした。ちっこいからな。どうしても遅れがちになる。あいつはジョブとしても魔道士だし、身体能力にはやや欠けるし。


「頼む。――エリーナ、この距離でもバンシースクリームは効くか」

「無理です。間合いに入ったら叫びます」

「よし」

「私も魔法を――」

「頼む」


 孤立魔道士グローアだ。頼りになる。グローアは回復魔法も使える。このダンジョン攻略だけのテンポラリーな仲間とはいえ、心強い。


 俺の背後から、いくつも魔法が前方に飛び出した。赤やらオレンジ、青の輝きが明滅する。はるか奥からは、また火球の輝きが見えた。


「やばっ!」


 敵攻撃の第二弾だ。走りながらでは防御は難しい。魔法ならともかく、ポーションだとな。


「全員止まれっ! 集まって防御姿勢。ポーション投擲っ!」

「平くん」

「任せて、お兄ちゃん」


 俺達は固まった。そこをまた火球が通り過ぎる。


 くそっ。埒が明かない。敵ははるか向こう。あそこに行き着く前に、誰か防御円陣からはみ出れば、命がない。


「平よ」


 エンリルが俺の前に立った。


「余に任せよ」


 思いっきり胸を張って、空気を吸い込む。それから口を大きく開き、吠え声を発した。信じられないくらい大きな。思わず耳を押さえたくなるほどだ。


 ――と、闇の奥に反応があった。三発目を撃とうと微かな輝きが見えていたが、それが消えた。三秒ほど間を置いて、向こうからも吠え声が返ってきた。


 応えるかのように、エンリルがまた吠える。奥から吠え声が返ってくる。地下ダンジョンの壁に反射するのか、吠え声はこだまを引いていた。


 数度のやりとりの後、エンリルは俺を振り返った。


「もう大丈夫じゃ。話は着けた」

「ドラゴン同士だったんだね」


 俺の胸から、レナがエンリルを見上げた。


「そういうことじゃ。やはりサラマンダーだったわい。……どうやら、太古に不思議な力でここに囚われ、それから駒のように使われておるらしい」

「入る度に形の変わるダンジョンだもんね。ご主人様、モンスターもそうやって調達したんだよ、きっと」

「飯とかどうなってるんだよ。寿命だってあるだろ。まあドラゴン族は長命だろうけどさ」

「そこがこのダンジョンの不思議なところだのう。『不思議のダンジョン』とでも呼べそうな」

「はあ……」


 思わず笑いそうになったよ。いやこれ、知っててじゃなくて「素」のボケだからな。


「この仕掛けを作った古代の大魔道士って、相当力があったのね」

「そうですね、吉野さん」

「平ボス」


 タマに袖を引かれた。


「あたしには見える。夜目が利くし、匂いも感じるからな。もうすぐそこまで来ている」

「サラマンダーか」

「そう見える」

「皆の者、攻撃などするでないぞ」


 エンリルにたしなめられた。


「戦いを避けると合意した。あやつの話を、じっくり聞こうではないか」

「攻略情報を得られるかもね」


 キラリンは頷いている。


「サラマンダーって、初めてだよね。……どんな姿なんだろ」




――こういう姿だわい――




 野太い声が響いた。


 影からマジックトーチの照射範囲に姿を現したのは、尻尾の先まで四メートルほど、イグアナに似たモンスターだった。橙色とういろと黒の毒々しい縞模様だが、それは攻撃するなと相手に警告を促す、「警告色」だろう。毒蛇とか毒のある昆虫でよくある奴だ。


 サラマンダーは、エンリルを見つめた。舌をちろちろ出しているのは蛇同様、匂いを探っているのだろう。


「ドラゴンと会えるなぞ、思いもせんかったわい」


 舌を引っ込めた。


「まさか婚姻形態を取っておるドラゴンロードとは思わなんだが。して……」


 俺に視線を移す。


「こいつがお前の婿か……。この……ヒューマンの男が」


 なんか知らんが、睨まれてるな。


「どうやらただの間抜けのようだ。ドラゴン、それもドラゴンロードに手を出すなど、考えられん」


 首を振ると、口を大きく開けた。


「どれ……食い殺して、ドラゴンロードを解放してやるか」

「うおっ!」


 カメレオンが虫を狙うときのような、素早い動き。一瞬にして俺は、サラマンダーに咥えこまれた。


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