5-4 ドラゴン丸呑みの理由

――俺、死ぬじゃんw――


 そう思った。例によって正確に「w」まで付いた形で。ぬめっとした温かな口に包まれたのはだが一瞬。特に噛み砕かれも丸呑みもされないまま、ぺっと吐き出された。ごろごろ転がった俺を、エンリルが足で踏みつけた。多分……止めてくれたんだろう。好意的に解釈するなら。


「……なんだよ」


 かろうじてそれだけ言葉になった。立ち上がったが、体中濡れてて気持ち悪い。吉野さんがタオルを渡してくれた。


「うむ。うまいのう……」


 サラマンダーは知らん顔だ。


「この味なら、ドラゴンロードが婿にしたのもわかるわい」


 うんうんと頷いている。


「わかったか」


 エンリルは冷静な声。……てことはこれ、俺の危機とは特に思ってなかったんだな。


「初めて平に出会ったとき、丸呑みにして味を確かめた」

「それで婿に決めたのか」

「いや……。だがいずれそうなる可能性はあるとは思った。だから余を使い魔になどと望んだ生意気な男を、殺さずにおいたのだ」

「なるほど」


 いやふたり(……というか二匹か)勝手に納得し合ってるけど。


 でもそうか。そういや最初にエンリルを召喚したとき、俺は丸呑みにされたんだったわ。楊枝剣を振りかざしたレナの機転で助かったんだけどさ。あのとき、味も確かめられてたんだな。


「いやお前ら、ドラゴン族の風習だかなんだか知らんが、いきなり丸呑みは勘弁してくれ。毎度毎度、心臓が止まるほど怖いからな」

「すまんのう……」


 全然反省してなさそうな声で、一応サラマンダーが謝ってはくれた。


「こんなところに閉じ込められガーディアンのように扱われ、退屈でのう……。いい暇潰しになったわい」

「この大陸に、ドラゴン族は居ないはず」


 ドライグが割って入ってきた。


「我らドラゴニュートはこれまで何度もこのダンジョンに潜ってきた。だが一度も出会った試しはない」

「理由はわしも知らんわい」


 サラマンダーは首を振った。


「そもそもここがどの大陸かも知らん。はるか昔、謎の呪術でこのダンジョンに召喚され、永遠の命と倒された場合の不死の代償として、侵入者を倒すミッションを与えられた。わしは深い階層に配置されたので、侵入者と出会ったことなどほとんどない。ここは……」


 首をもたげて、周囲の匂いを嗅いでいる。


「ここは第一階層であろう。こんな浅層に呼ばれたのは初めてだわい」

「多分、余がおったからであろうな」


 エンリルは頷いている。


「ドラゴニュートと異なり、純粋な形態を残しておるし。まあ……今は婚姻形態ではあるが」


 さりげなく、俺の腕を胸に抱いた。


「この男の種を腹に宿しておるし」

「それは本当か……」


 サラマンダーが目を見開いた。


「ドラゴンロードよ。ではいずれお前は――」

「それより、我らは先に進みたい。なんでも、この地下でマナが乱れておると。それを正すために来た。サラマンダーよ、なにか知ってはおらんか」

「そうだな……」


 背後の闇を、サラマンダーは振り返った。


「たしかにマナの乱れは感じる。理由はわからん。ただ……このダンジョンを構築した古代の大魔道士は、相当の手練てだれ。この地を選んだのももちろんマナ豊富なためよ。形を変えるダンジョンなど、構築にも維持にも大量のマナを必要とするからのう……」


 俺を見た。


「この階層にはわししかおらん。珍しいことだ。それもおそらくマナの乱れと関係がある」


 はあ、同時に多数のモンスターを出すだけのエネルギーが足らんのかな。


「わしが消えねばこの階層の形も変わらん。つまりダンジョン全体の形も変わらん。連動しておるでな。安心して先に進むがよい」

「それは助かるね、ご主人様」


 レナが俺を見上げた。


「それなら階層ごとにキラリンのマーカーを打っておける。毎日少しずつ攻略すればいいんだよ」

「任せて、お兄ちゃん」


 キラリンが胸を張った。


「とりあえず今日はこの階層の下り口にマーカーを打っておくよ。明日そこに転送するから、そこから始めればいい」

「よし」


 段取りを決めた。明朝、ドラゴニュートの村に顔を出す。そこでドライグを拾って一緒にダンジョン第一階層に転送される。それから第二階層に挑戦だ。


「第二階層が厳しそうなら、すぐキラリンちゃんの力で戻ればいいわよね、平くん」

「そうですね、吉野さん」

「一度戻って敵の構成やステータスなどを確認し、対抗準備をしてから再度戻ればよいな」


 ケルクスも頷いている。


「サラマンダーを倒さずに済んだので、ダンジョン攻略が飛躍的に楽になった。これも婿殿がドラゴンロードを嫁にしておったからだ。さすがは平だ……」


 あっという間もなく、唇を奪いにくる。ケルクス、今日は珍しく積極的だな。まあ……目の前でエンリルが俺にいちゃついてるせいかもしれんが。


「あっずるい」


 ぼんっと等身大になると、レナも参戦してきた。吉野さんやタマも。薄暗い地下ダンジョンでしばらく、俺は嫁たちを抱いてやった。キスも与えて。あーもちろん、ただハグしただけだからな。それ以上の行為はせんわ。他人……というかサラマンダーやドライグがいるし、俺のパーティーにしても、まだ嫁にしてない娘も多いからさ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る