9-5 絶望の戦い
ルシファーの手から闇色の炎が飛び出し、俺達を包んだ。
「『明けの深闇』だっ!」
叫んだサタンが、俺の前に走り出た。
「炎舞っ!」
小さな体から、オレンジの炎が噴き出し、ルシファーの闇を中和した。動けるようになったトリムやケルクスが、遠距離攻撃を始めた。セオリーどおり、ルシファーを取り巻く中ボス連中の体力を削り始める。そもそもルシファーは無敵障壁があるしな。
「ふん、小賢しい」
サタンがせせら笑う。
「先代からの魔力継承が少しは顕在化してきたらしいな。なら……これはどうだ」
どす黒い暴風がルシファーから生じると、俺達を直撃する。サタンは一秒ほど盾となって耐えたが、たまらず吹き飛ばされ、俺にぶつかってきた。
「死ねっ、サタンの血筋よ!」
ルシファーの体が高熱を発すると、いきなり稲妻が飛んできた。
「危ないっ!」
吉野さんの声が聞こえたのだけは覚えている。サタンの体を抱いたまま、俺の意識は飛んだ。
「……これは」
ルシファーの声に我に返ると、俺は死んではいなかった。サタンも。俺のチーム、誰ひとりとして。背後に、幻の羽を広げたキングーが浮かんでいる。
……発動したのか。
「天界の力。……やはりか」
唸っている。稲妻はかき消えた。
「だがもう、長くは持つまい」
すっかり読まれている。実際、光が弱々しく明滅すると、キングーはやがて地に落ちた。吉野さんが駆け寄って、ポーションを掛けている。
「キラリン」
「跳べない」
だろうな。やはりワープの力は、このバトルフィールドでは封印されているか。
「お前ら」
ルシファーが背後を振り返った。
「いつまで遊んでいる。雑魚どもを倒せ」
「おうっ」
「待っておりました」
中ボスクラスが前面に出ると、吠えながら突進してくる。
「防御的フォーメーションっ」
俺の言葉に、陣営が態勢を整えた。
俺とタマが前衛として中ボスに対峙する。ケルクス、トリム、サタンの中陣は、前衛サポート。加えて、俺やタマをスルーして突っ込んでくる連中の足止め。
後衛の先頭に立った吉野さんは、ミネルヴァの大太刀で敵を牽制しながら、雷魔法で防御している。すでにバンシーのスクリーム攻撃を使い尽くしたエリーナは、ポーションを使って仲間をエンチャントしたり回復したり。今は治療中のキラリンとキングーも、すぐにエリーナと同じ戦列に加わるはずだ。
「雑魚なりに戦略は整っておるのう」
時折飛んでくる矢や魔法を無視しながら、ルシファーは面白がっている。無敵とわかっていて飛ばしているのは、奴の気を逸らすためだ。
「とっとと踏み潰せ。なにを手間取っておる」
「ルシファー様」
棍棒を振り回しながら、サイクロプスが叫ぶ。
「こいつら、ちょこちょこ攻撃してくるんで、守備に手間を取られて――ぐおっ!」
トリムの矢が、野郎のひとつ目に突き刺さった。着弾と共に爆発し、頭を半分吹き飛ばされたサイクロプスは、轟音を立てて倒れ込んだ。爆発矢だな。トリムでかした。
「世話の焼ける……」
溜息をついたルシファーは、手のひらを上に向けると、左手の中指に嵌めた指輪を、右手の人差し指で弾くような動作をした。ビー玉でも弾くかのように。――と、悲鳴と共に、トリムが吹っ飛ばされた。特になにか着弾したわけでもないのに。
「ふむ。ソロモンの指輪は、いろいろ役に立つのう……」
「トリムっ!」
「へ……平気」
なんとか体を起こしはしたが、脇腹を押さえて唸っている。押さえた手の上から血が滲んできた。ミスリルのチェインメイルに穴が空いた様子もないから、物理防御の効かない魔法かなんかだろう。
「次は……と」
また玉を弾く動作をする。
「やだっ!」
トリムにポーションを振りかけていたキラリンが、すとんと尻餅をつくように座り込んだ。
「い、痛いよう……」
やはり腹を押さえてべそをかいている。血まみれの手でポーションの瓶を拾うと、自分に振りかける。
「ほいほい……ほい」
残忍な笑顔を浮かべた野郎が、次々俺のパーティーを血に染めてゆく。全員腹を狙っているのは、即死させず苦しませるためだろう。トリムやキラリンなど、ポーションで回復したところをまた撃たれて、転がったまま唸っている。
無傷なのは、俺とサタンだけ。もちろん野郎がわざと残したんだろう。
「回復魔道士が居ないのは、致命的だのう」
俺を見て、ほくそ笑んでいる。
「てめなんざ、回復する間もなく倒せるからな」
「この期に及んで、まだ強がりを言うのか」
上空でひときわ高い叫び声が上がる。黒焦げになった邪悪竜シムルグールが一体、燃え盛りながら墜落していくところだ。エンリルとイシュタルは一体の竜を鉤爪で鷲掴みにしたまま、残り三体のシムルグールとブレスで戦い合っている。羽が片方焦げていて、イシュタルの飛び方はかなりぎくしゃくしている。
あっちは手一杯だ。仮に俺がドラゴンに助けを求めれば、手の空いたシムルグールが俺達にブレス攻撃してくるのは見えてる。地上は地上でやるしかない。
「てめえっ」
無駄と知りつつ、俺はルシファーに突進した。爺様由来の魔剣を振りかざして。無敵バリアがあるとはいえ、少しでも野郎の気を逸しておきたい。仲間がポーションを使う時間を稼がないと。
「うおおおおーっ!」
俺の意図を感じ取ったに違いないタマが、わざと大声で吠えた。腹から血を滴らせているというのに、滑り込むようにルシファーに足払いを掛け、倒れないとわかると瞬時に立ち上がってハイキックをぶち込む。反対側からは、俺が野郎の首を
だが、どの攻撃も効かない。なにかのバリアが体の周囲にあるというより、体には当たるのだが、一切傷をつけられず、倒すどころかダメージすら与えられないのだ。
「えーいっ!」
俺の胸から、レナが飛び出した。楊枝剣を振りかざして。サタンの目を狙う。
「邪魔だ、雑魚」
「あっ!」
蝿でも潰すようにレナを引っ掴むと、そのまま地面に叩きつける。
「レナっ!」
「ご……ご主人さま……」
苦しげに唸ると、首ががっくり垂れた。手から楊枝剣が離れ、ころころと転がった。
「レナーっ!」
「くそっ!」
タマのハイキックが連発で入った。
「ええ、鬱陶しい」
ルシファーが両腕を開くように振ると、俺は弾き飛ばされた。
痛い。単に素手だが、スパイク付きの金属ガントレットで殴られたかのようだ。タマも同じ。腹をまた打たれて、起き上がれない。ルシファーは、俺の頭を踏み付けた。体重を掛けて踏み潰すわけでもなく、ただただいたぶるように。
「甥っ子よ! くそっ」
サタンがルシファーに突進した。野郎の無敵バリアを消すつもりだ。そのためには肉体的な接触が必要になる。走り込みながら闇魔法を起動し、ルシファーにぶち当てる。
「私を倒せないことなど、知っておるだろうに」
冷たい瞳で、軽蔑するようにサタンを見る。
「母様の……
サタンは跳躍した。ルシファーに抱き着こうと。あと十センチくらいまでは迫ったと思う。だが無情にも凄まじいオーラが立ち上がると、どす黒い魔法の槍がサタンの腹を貫いた。嫌も応もなく、サタンが吹き飛ばされる。
「手加減した。助っ人が全滅するのを、そこで見ておれ」
「か……母様の……かた……き」
苦しそうな息で、ルシファーをにらみつける。
「やはり、寄せ集めの助っ人など、話にもならんな」
嘲笑っている。
「所詮、魔力継承に失敗したできそこない。お前も先代も、魔王を名乗るなどおこがましいわ」
「か……母様の悪口を言うな」
サタンの瞳から、涙が一筋流れた。
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