9-4 邪悪竜シムルグール
「なんだ。やけに騒がしいと出てみれば、この有様は……」
焼け焦げた死体が、虹色のもやとなって妄想に還ってゆく。そのど真ん中で、ルシファーは周囲を見回した。
「お前ら、楽しむなら私も呼べ」
「た、助けてくだせえーっ」
「雑魚が」
鎧にすがりついてきた一匹を、大剣で突き刺した。
「ぐえーっ……」
崩折れてきたところを、蹴飛ばす。
「汚らしい体で触れるな。まともに見張りもできないのか」
ちっと舌を鳴らすと、ようやく俺達に視線を戻した。
「大軍勢でも来たのかと思えば、雑魚寄せ集めのサーカスではないか。しかも……」
サタンを見て、大笑いする。
「負け犬が交じっておるわ」
「ルシファー、よく聞け!」
俺の腕を胸に抱くと、サタンが睨みつけた。
「ここにいるシャイア・ヒトシこそは、あたしの甥っ子。我が父シャイア・バスカヴィルの力を受け継ぎ、この世界一の力を誇っておる。ここ
ぎゅっと強く、俺の腕を抱く。
「そして今日こそ、お前の命日。世界の誰も彼もが祝う、命日となるであろう。……母様の
「ふん」
鼻を鳴らすと、俺をじっと見つめてくる。
「甥っ子だかなんだか知らんが、ただのヒューマンではないか。なんの力も感じんわ」
「ご主人様はね、ドラゴンライダーにして、ドラゴンロードを使役する身だよっ」
レナが俺を持ち上げた。
「それにボクやハイエルフの巫女を使い魔とし、ドラゴンライダーの吉野さんを連れ合いに――」
「もうよい」
うんざりしたように手を振った。
「ピクシープリンセスの戯言など、話にもならん」
俺達をじっと見つめた。
「見ればわかるわ。そこの落ちこぼれとは違い、私は真の大魔王だぞ。ハイエルフの巫女筋、それにそこそこ上位のダークエルフ。ただのヒューマンの女に、ケットシー。……どいつもこいつも、そこの冴えない男の情けを受けた女ではないか。それにピクシープリンセス……いや、今はサキュバスか、お前も……。変わったことをしたのう、お前」
面白そうに、レナの姿を見つめている。
「その男に、よほど惚れておるのだな、お前たちは。そのバンシーも、たしかバルバドスに隷属していた女ではないか。裏切らせるだけの魅力が、その男にあるとは思えんが」
「平さんは、世界を救う存在です。それだけ広い心を持っている」
「ふん。そうは思えん。……それに」
さらに背後を見る。
「ひとり奇妙な男がいる。……いや、今は女か。お前は天界の血筋であろう。おそらく雲神の……いや天使の血を引いているか。……お前の体が女になったのも、その男に尽くしたいと心の底から願ったからであろう」
「平さんは、僕の心を救ってくださったのです。その恩に報いるため、ルシファー、あなたを倒します」
「いちばんわからないのは、そこの小娘だな。……名をなんと申す」
「キラリンだよ。お兄ちゃんが名付けてくれたんだ。ママはね、天才科学者。この世界を発見したんだから。今、お兄ちゃんの精子を分析してる」
いやキラリン、敵に余計なこと口走るな。それに精子を抜かれた件、吉野さんは知らないんだからな。
「お前、ヒューマンではないだろう。……というかこの世の存在ではない」
「ちゃんとママがいるもん」
駆け寄ってくると、サタンと反対側の腕を取った。
「お兄ちゃんだって」
「サタンの甥っ子で、お前の兄か。……どうにも、最近のヒューマンの家族関係は複雑だのう……。我ら魔族並に乱れているではないか」
「能書きは終わりだ、雑魚。早くやろうぜ。お前を倒したくて、この魔剣がうずうずしてるぜ」
バスカヴィルの魔剣をかざしてみせた。もちろん、最後の武器は「ソロモンの聖杖」だが、それは背中にくくってある。敵の誤認を誘うため、わざと魔剣を強調してみせたんだ。
「たしかにそれにはなにか宿っておるな。ただ、私を倒すなど無理な話。……お前、それすらサタンに聞いていないのか」
疑い深そうに、瞳を細めた。
「なら試してみろ。この剣で喉を掻っ切られるお前の姿が目に浮かぶぜ」
俺の煽りに、苦笑いを浮かべた。
「まあいいだろう。ちょうどいい腹ごなしになるし。相手になってやる」
ぐっと俺を睨むと、体から凄まじいオーラが立ち上った。見るだけで腰砕けになりそうな激しさだ。
「……だがその前に、厄介な蛇っ娘だけは、なんとかせねばな」
天を仰ぐと指を口に当て、指笛の音を発した。
「平ボスっ」
タマのネコミミが動いた。
「来るぞ。例の奴だ」
「シムルグールか」
「ああ」
例の空飛ぶモンスターだな。羽つき八つ目ヘビミミズみたいな奴。ドラゴンゾンビに特殊な魔法を施して作るとかいう人造モンスター。アールヴの廃墟で一匹見かけた奴だ。
「しかも一体じゃない」
「なに!?」
「わからんが少なくとも数体はいる」
「マジか……」
あいつ、上空からブレス攻撃してくるからな。ルシファーの野郎と異なり、俺達にはブレス無効の効果を持つスキルも装備も魔法もない。ブレスを吐かれたら一発だ。
タマの予言どおり、火口噴煙の中から一体、飛び出してきた。やはりシムルグールだ。少なくとも体長十メートルはある。胴の中程にコウモリに似た羽が生え、闇のように黒い体皮で、遠目にも邪悪な雰囲気を撒き散らしている。
野郎の頭の端が大きく割れた。真っ赤な牙が多数覗いているから、やはり口だろう。ひと声、悲鳴のような鋭い啼き声を上げた。
と、続けて四体ほどが出現した。気味の悪い啼き声を上げながら、バトルフィールド上空を旋回し始める。
いや五体もいるのかよ。あんなのに一斉攻撃されたら、こちらはひとたまりもない。
「我らの先つ祖に忌まわしき魔法などかけおって……」
エンリルが唸った。
「死しての
憎々しげに、イシュタルはサタン睨んだ。
「許せん」
実際、今回ドラゴンが助けてくれたのは、俺や吉野さんとの関係以外に、シムルグールの件もある。彼らにしてみれば、祖先の墓を荒らされ汚されたも同然だからな。
「行くぞイシュタル」
「おうよエンリル」
敵の前に真名すら隠さず言い合うと、二体は宙に飛んだ。まっすぐシムルグールに向かうと、エンリルとイシュタルで器用に一体の胴を脚の鉤爪で鷲掴み。そのまま他のシムルグールにブレス攻撃。四体のシムルグールは器用にかわすと左右に分かれ、両側からドラゴンにブレスを吐く。激しい炎と叫びが、上空で飛び交い始めた。
「これでよし……」
満足そうに頷くと、ルシファーは背後を振り返った。
「いいなお前たち、女を抱こうなどと余計なことを考えるなよ。全力で潰しにいけ」
「イシュタル様。我々は雑魚とは違います」
不満そうに口を尖らせたのは、知将タイプの魔道士だ。
「いかにも。御身への忠誠を果たし、必ずやサタンの血筋を絶やしてみせましょうぞ」
「それにあの男。雑魚のくせに統率力があるとか、未知の恐ろしさがある。今日ここで殺せるのは、たいへんいい機会と考えます」
「どうでもいい」
サイクロプスが、大きな棍棒をぽんぽんと左手に叩きつけた。
「早く殺そう。うずうずする」
「よしよし」
満足そうに頷くと、ルシファーは俺を見た。
「男……。名はシャイア・ヒトシであったか。光栄に思って地獄に落ちろ。私に名を覚えられるヒューマンなど、居ないのだからな」
言い終わった瞬間、ルシファーの手の先から闇色の炎が飛び出し、俺達を包んだ。
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