9-3 ドラゴンの一手

「ついでだっ!」


 後から参戦したタマと共にトロールを倒した俺は、手近の雑魚をついでに斬り飛ばした。


「レナ、状況は?」

「ご主人様、ダメだよ」


 レナが俺の胸を叩いた。


「優勢だけど、次々援軍が出てきてる。きりがないよ」

「くそっ」


 たしかに言うとおりだった。最初の会敵のとき、伝令が敵の巣の奥まで走ったんだろうか。とにかく火山の大穴から、次々敵が湧いてきている。


 最初は数匹単位で足の速い奴がちょろちょろだったのに、次は十数匹、今はもう五十匹くらいが這い出してくる。一報を受けて整えたんだろうが、後になるほど、しっかりした防具などを身に着けて。


「任せろ、甥っ子よ!」


 穴の入り口に照準を定め、サタンが範囲魔法を連発している。それで敵をなぎ倒せてはいるが、なにしろ数が多すぎる。バトルフィールドはもう、黒々とした魔族の密集地帯になりつつある。


 半死半生の味方を踏み潰しながら、連中は進軍してくる。数は……二百はいるだろう。厄介なことにサイクロプスだのトロールだの、耐久力の高いモンスターがどんどん出てくる。連中、足が遅いから初動が遅れたんだな。それに、トロールの巨体の陰に、魔道士が見え隠れしている。


「いずれ優劣は逆転する。誰かひとり倒れたら、ボクたちは総崩れになるよ!」

「だな」


 雑魚をもう一匹斬り倒しつつ、味方を振り返った。


「みんな聞け。スニーク作戦は放棄。プランDに移行!」

「うむ」

「わかった」

「平くん」

「お兄ちゃん」


 忙しく戦闘をこなしながら、みんな、返事を返してくる。前戦に出ていた前衛は、味方の前に駆け戻り、防御の態勢を固めた。


「出てこいっ!」


 天を仰ぎ、腹の底から大声を出す。


「出番だぞ!」

「待ちかねたぞ、平……」

「余も退屈で居眠りしておった」


 どこからともなく声がすると、ドラゴン二体が高い雲の陰から姿を現した。もちろん、俺の味方のドラゴンロード「エンリル」とグリーンドラゴン「イシュタル」だ。あっという間に高度を下げる。


 口を大きく開くと、二体は火炎を噴射した。イシュタルは紅蓮の炎。エンリルは、超絶高温の、青く透明な炎。螺旋を描きながら絡み合うように一直線に進むと、炎は敵のど真ん中に到達した。


 着弾点にいた敵は、言葉を発する間もなく、瞬時に蒸発。周辺の魔族は体が燃え盛り、次々に倒れてゆく。少し離れた位置の連中まで鎧が熔け、肌に張り付いて悲鳴を上げている。


「あちいーっ!」

「水、水……」

「ド、ドラゴン!」

「なんでこんなレア種がっ!」

「逃げろっ」


 もう阿鼻叫喚だ。ドラゴンが俺の両脇に着地すると、もう攻撃など忘れ、我勝ちに巣穴に逃げ込もうとする。そこを狙って、サタンとケルクスの魔法が襲いかかる。魔法が効きにくい敵、ドラゴンの噴炎が効かない中ボスクラスは、トリムの矢が正確に倒していった。


「ご主人様、どうする」


 胸に収まったレナが、俺を見上げてきた。


「もう総力戦しかない。ここの残敵を全て倒したら、穴に踏み込もう」


 敵の本隊に知られた以上、それしかない。


「あらかた倒したところで、キラリンの力で『ペレの崖っぷち』に戻る。陽動作戦に引っかかって自軍の大半を失ったルシファーにはもう、侵攻なんか無理になるからな」

「いいね――あっ!」


 レナが入り口を指差した。見ると、逃げ込もうとした魔族が、大音響と共に、突然ふっとばされている。しかも外側に向かって。


「助けてくれーっ」

「どけっ、邪魔だ!」


 また敵が数体吹っ飛ぶ。中からは、輝く鎧を着た男が出てきた。俺と変わらない体格。むしろなよなよしているくらいなのに、信じられないくらい太い両手持ちの大剣を振り回し、雑魚の胴体を真っ二つにする。野郎に続き、強いオーラを発する魔族が、十数体は続く。


「エンリル! イシュタル!」

「わかっておるわ」

「真名など口にしおって。ドラゴン使いが荒いのう……」


 野郎に向かって二体が噴炎したが、全く効かなかった。野郎どころか、背後に続くいかにも強そうな魔族の誰にも。周囲の雑魚はまたあらかた燃え尽きたというのに。


「うむ」


 エンリルとイシュタルは、噴炎を中断した。


「どうやら、平の見込みは外れたのう……」

「しかり」

「これはこれは……」


 輝く鎧の男は、俺達を見て、大口を開けて笑い出した。普通に金髪のイケメンだが、眼光だけは異様に鋭い。見すくめられると、魂まで見抜かれそうなオーラだ。


「愉快な道化が集まっておるわ」

「甲っ!」


 サタンが駆け寄ってきた。


「あいつはルシファーだ!」


 くそっ! いよいよガチの総力戦しかないじゃんか……。


 恐怖に襲われた自分の魂を、俺は心の奥底で握り潰した。


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