9-2 戦端開く!

「いよいよか……」


 キラリンの大技で、俺達はもう、敵本拠地の目の前に立っていた。「よこしまの山」、猛毒のガスが噴き出している山頂付近。横に開いた大穴の前、熔岩が流れた跡がえぐれ、甲板のように突き出している。その部分だ。サッカーフィールド半分くらいはある。


 大穴は歪んだ半円状で、直径は五十メートルくらいか。これまたでかい。「甲板」が穴の奥まで続いていて、中から赤い光が漏れていた。わからんが穴の奥で竪穴が開いていて、下で燃えたぎっている熔岩が反射しているのだろう。


「暑いわね……」


 吉野さんが、手で顔をあおいでいる。そりゃ、今も活発に活動している活火山、火口の真ん前だからな。しかもミスリルの鎧なんか着込んでるんだから、暑いに決まってる。


「それに臭い」


 タマが唸った。


「キラリンの力で噴煙の毒は防いでいるが、臭いまでは防げないからな」

「あたしの嗅覚が鈍りそうだ」


「ふむ……懐かしいわ。魔族の臭いが混ざっておる。ぷんぷんとな」


 腕を組むと、サタンは笑った。タマの鼻が利かない状況でも、魔族だけは判別できるんだな。さすがは魔王だわ。ちっこいが。


「地鳴りが凄いねー」


 レナが見上げてきた。


 たしかに。工事現場にいるかのように、足元が常に震え、ときに大きく揺れる。地下で激しい火山活動があるからだろう。


「平ボス」


 タマの耳が、ぴくりと動いた。


「そろそろ来るぞ。数体だ」

「そろそろ出てきてもらわんとな。戦う前に熱気で倒れるわ」


 俺が手を振ってみせた瞬間――。


「おっ!」


 叫びがした。なにか薄汚れた人型が穴から顔を出したところだ。


「た、大変だーっ!」


 顔を引っ込めた。どたどたと、穴の奥に駆けてゆく音が聞こえる。


「見張りに見つかったな」


 予定通りだ。俺達は、俺以外は女のみ。たった九人と思うはず。レナは見えないだろうしな。馬鹿なカモが来た、女だから殺してから抱き放題だとばかり、舐めくさった魔族がわんさか出てきてくれれば、大成功だ。


「油断するな」


 俺は振り返った。全員頷く。


「任せておけ婿殿。手筈どおりだ」


 ケルクスが微笑んだ。


「久々の大掛かりないくさだ。心躍るぞ」

「あたしも準備万端だよっ」


 トリムが弓を掲げてみせた。


「わかったわかった。……エリーナ、先走るなよ。合図するから」

「はい、平さん」


 目深に被ったフードの奥で、エリーナが頷いた。エリーナはちょっと臆病だから、かつてこき使われていた魔族相手に焦らないか、心配だ。


 キラリンやキングーも見た限り、気合充分。まず問題はないだろう。


「これはこれは……」


 声に振り返ると予想通り、ぞろぞろ魔族が出てきたわ。先頭に立っているのは、なよなよした髭面のおっさん。どえらく気取った大昔の貴族服のようなものを身に纏っている。髭こそ生えているが、顔自体は女っぽい。


「人間が攻めてきたと聞いたが、たった九人ではないか。ほっほっ」


 俺達を見回している。おっさんの背後にいるのは、トロールやゴブリン、オークといった、脳筋魔族ばかり。三十体はいるだろう。こっちを睨んで、棍棒を舐めたりしている。


「いや、ピクシーがおるな。十人か……」


 目ざとくレナを見つけたか。こいつ、脳筋タイプじゃないな。知将タイプだわ。


「甲、こいつはバイモニア。高位の悪魔で、多様な幻術を使う。侮るな」


 俺の背後で、サタンが唸った。


「ほっほっ」


 バイモニアとかいう悪魔は高笑いだ。


「ちっこすぎて見えなかったぞ、サタン」

「この……裏切り者めが。母様に取り立てられたくせに」

「ふん。あんな女……。強かったから表向き従っていただけよ。お前こそ、側近が全部殺されたから、傭兵を雇って戻ったのであろう。この、大笑いな寄せ集めをな」


 背後で、魔族がどっと笑った。


「バイモニア様、もっと呼んでいいすか。女が九人もいる。今日はパーティーだ」

「ああいいぞ」


 魔族が大歓声を上げる。もう股間を大きくしてるゴブリンまでいるからな。


「だが、いくらなんでもピクシーは無理だろう。八人だ」

「なら俺は、その男をもらう。なに、穴さえ開いていれば同じことだ」

「違いねえ」


 全員、どっと笑っている。


「呼んでくる」


 一匹引っ込んだ。


 バイモニアは何も言わない。仕掛けてもこない。こっちをじっと見つめている。こちらも同様だ。俺が命じてあるからな。バンシーのエリーナは、フードを目深に被ったまま、地面を見つめている。


「ふむ……」


 バイモニアは首を捻った。


「ハイエルフにダークエルフ、ヒューマン四匹に悪魔、ケットシー、ピクシー。それに正体不明の男……いや女か? が一匹か……」


 正体不明ってのはキングーのことだろう。キラリンとエリーナについては、人間と思い込んでいるようだ。


「傭兵にしても、こんなバランスの悪いパーティーを組むものか」


 不思議そうに呟く。


「なにか裏があるのか、サタン」


 サタンは答えなかった。


「なら――」


 なにか言おうとしたとき、背後にわらわらと援軍が登場した。百体はいる。脳筋タイプに雑魚、それに闇落ちした魔道士が十人ほど……。援軍というより、女とやりたくて仕方ないクズどもだろうが。


 厄介なのは、一つ目巨人……つまりサイクロプスが一匹交じっていることだ。こいつは耐久力が半端ない。攻撃を受けながらも向かってきて棍棒を振り回すからな。こちらが有利だとしても、被害が出かねない。


 とりあえず、この穴すぐ近くにいた馬鹿どもは全員出てきたと思われる。こいつらを全員叩き潰してから、静かに穴に侵入しよう。可能なら、ルシファーと遭遇しないまま、ルシファー軍の大半を闇に戻したい。別にルシファーを倒す必要はない。戦略目標は、ルシファー軍の無力化だ。百年ほど大人しくさせればいいわけで。


「バイモニア様、早く女をやりやしょう」

「俺はサタン様をもらう。魔王の血筋を犯せるなんて、夢のようだわ」

「お、俺、もう漏れそうです」

「俺もだ」

「うるさい奴らだ」


 バイモニアはため息をついた。


「じゃあ、そろそろ始めるか。これも部下の福利厚生だ……」


 すりこぎくらいの棒を懐から取り出すと、左手にぽんぽんと打ちつけている。


「甲、あれは魔法の短笏たんじゃくだ。強力な魔法を連発してくるぞ」


 サタンに警告された。


「もう時間がないぞ」

「わかってる」


 初手で倒すべきは、まずこの高位魔族。そのためにも間合いは詰めておきたい。バイモニアがもう一歩近づいたのを確認して、俺は「バスカヴィル家の魔剣」を抜いた。そのまま高く掲げる。


「やれっ!」


 フードをがばっと脱ぎ去ると、エリーナは大きく息を吸った。


「――!」


 強烈なスクリームを放つ。


「うおっ!?」

「こ、これは!」

「バンシーの……」

「こいつ……バルバドス様が使っていた女じゃないか」

「裏切ったのか……」


 どいつもこいつも、耳を塞いで座り込んだ。無事でいるのは、先頭のバイモニアとサイクロプスだけだ。


「全員、攻撃開始っ!」


 俺の叫びと同時に、戦端が開いた。


「うおーっ!」


 バイオニアに向かい、タマが全力疾走する。そのタマの体をぎりぎりで掠るように、トリムの矢が飛んで、バイオニアの肩を射抜く。


「いけーっ!」


 剣を握って、俺もバイオニアに向かう。こいつは知将タイプ。魔法が効きにくいのは見えてる。タマと俺で早期に倒さないとならない。相手に時間を与えたら、幻術とやらで相手に攻撃のチャンスを与えてしまう。


「我が名はケルクス、森の護り手。祖霊イェルプフよ、我に力を授け給えっ」


 ケルクスの叫び声と共に、激しい稲光が生じ、しゃがみ込んだ魔族どもの中央部に着弾する。数体の魔族がバラバラになって吹っ飛んだ。


紅蓮ぐれん獄炎ごくえん!」


 サタンの範囲魔法が飛んで、周囲を焼いてゆく。魔力継承がうまくいっていないとはいうものの、雑魚戦なら充分以上の威力だ。着弾点の魔族は熔けて消えるし、周囲の連中も発火して転げ回っている。


 魔族の悲鳴が、周囲に充満した。血の臭いや焼け焦げる香りと共に。


「タマ、左だ」

「おう」


 いつもの連携で、バイオニアの体を左右からなます斬りにしていく。短笏を持つ右手を俺が切り刻んで、タマは左からハイキックやミドルキックを連発し、野郎の骨を砕いていく。


「ぐ、ぐぐぐっ!」


 バイオニアはもう、唸り声を上げるしかできなくなった。野郎を攻撃しながら戦況を見ると、味方を踏み潰しながら、サイクロプスが突進してくるところだった。


「トリム、サイクロプスだ」

「平っ」

「攻め込まれたらこっちの中陣と後衛がやられる。目を狙えっ」

「了解!」


 トリムの矢が、飛び交い始めた。同時に、エリーナ「死の叫び」が終わった。倒されたのではない。もう発話の限界だ。


「敵が立ち上がるぞ。全員攻撃っ! 特に魔道士を倒せ」


 間合いの長い魔道士だけは倒さないと、こちらに被害が及ぶ。


「平くんっ!」


 吉野さんが振りかざした「ミネルヴァの大太刀」から、雷撃魔法が飛び始める。


「お兄ちゃーんっ」


 攻め込んできたゴブリン数体に、キラリンとキングーが、火炎弾を投げつける。


「ご主人様、右からトロールが」

「うおーっ!」


 すでに無力化したバイオニアをタマに任せると、俺は突進した。剣を振って、ぬめる血を振り払う。俺に向かい振りかざされたトロールの棍棒を、ケルクスの魔法が吹き飛ばした。


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