9 「邪の山」決戦

9-1 決戦の朝

「さて……」


 俺は、パーティーを振り返った。全員、戦闘用の装備を身に纏っている。


「準備はいいか」


 いよいよルシファーの本拠地に乗り込む朝。ここまで、時間を掛けて準備してきた。各王と調整し、わざと離れた土地でルシファー軍と小競り合いをしてもらい、連中の注意を逸しておいた。


「ええ、平くん」

「おおっ」

「うん」

「婿殿」

「任せろ」

「甲」

「平さん、大丈夫です」


 様々な返事が返ってきたが、要するに全員、準備万端といったところだ。


 ドラゴン二体とは連携の話も着けてある。今この場にはおらず、本拠地でもすぐには登場させない。それは敵を油断させるためだ。なんせドラゴンはラスボスも同然の存在。最初から出ていては、敵が警戒して陣地に籠もってしまう。


 女ばかりの俺のパーティーを見て油断してゴキ並にぞろぞろ出てきたところでドラゴンを召喚し、一気に敵を殲滅する作戦だ。


「ご主人様、いい天気で良かったね」


 俺のチェインメイルの胸元から、レナが見上げてきた。いつもの定位置だ。


「ああ。雨降ったら順延するつもりだったからな」


 別にスポーツをやるわけではない。俺達は瞬時に敵地まで跳べる利点があるんだから、なにも条件の悪い日に戦端を開く必要はない。


「今日もいい香りの風だね」

「そうだな、レナ」


 俺の緊張をほぐしてくれているのだろう。たしかに気持ちのいい海風が吹いている。


 ここは、海沿いの崖っぷち。火山の女神ペレが封じられていた、例の土地だ。広いし布陣を確かめるのに便利なので、戦闘前はよくここを使うことが多い。ここで最終的な準備をして、キラリンのワープ力で飛ばしてもらうわけよ。


「さて……」


 最終確認として、俺はみんなの装備を目で追った。布陣としてはこんな感じよ。


 最前線が、俺とタマ。


 俺はミスリルのチェインメイルに、長剣、それに爺様由来の短剣「バスカヴィル家の魔剣」。レナもちっこいチェインメイルに、魔金属化した爪楊枝剣。あの剣、馬鹿にしたもんでもないからな。ドラゴンロードのエンリルと戦ったときは、あの剣のおかげで死なずに済んだし。


「タマ、新防具の具合はどうだ」

「平ボス、なかなか動きやすいぞ。見ろっ」


 踊るように回し蹴りの演舞をしてみせる。脚が高く上がると、ミニスカート奥の、かわいらしい下着が見えた。あれ、吉野さんが選んであげてるんだよな。意外にフェミニンな奴なんで、なんというかベッドのとき興奮するんだわ俺。古武士のようなタマが、あんなかわいいパンツ穿いてるんだからな……。


 ドワーフに作ってもらったミスリルの胸当てが出来上がったので、タマはそれを装備している。格闘家だけに運動性重視で、下半身は革のミニスカートのみ。あとは邪魔にならない短剣を、腰に装備している。


 第二陣が、ケルクスとトリムのエルフ組。ふたりはチェインメイル姿だ。それに新顔の魔王サタン。全員、魔法だの弓矢だので、間合いの長い攻撃が特徴だ。ケルクスは魔法戦士だけに、剣を振るっての乱戦もできる。


「ケルクス、昨日はよく眠れたか」

「婿殿、もちろんだ。ついこの間、新月だったからな。婿殿に朝まで愛してもらって、疲れは全部吹っ飛んだ」


 あんまりトリムに聞かせたくない話をする。トリムの奴、俺とケルクスがしたのは三回だけと思ってるからな。実際は「三晩だけ」で、回数はむにゃむにゃだわ。


 ダークエルフのケルクスは長剣、それに魔力を高めるアクセサリーを装備している。弓矢も扱えるが、遠距離攻撃はもっぱら魔法に頼っている。ダークエルフの魔法戦士なので「そっちのが早い」そうだ。


 トリムは、ハイエルフならではというか、得意の弓装備。


「トリム、矢の準備はいいか」

「もちろんだよ平」


 後ろ手で、矢筒を叩いてみせた。


「亜空間の貯蔵庫から、いくらでも矢を召喚できるからね、これ」


 巫女の家系であるトリムは強力な魔法も使えるようだが、それは自らの身体をマナとして消費して行うマナ召喚魔法。言ってみれば命を捨てての戦法であって、使うわけにはいかない。


「サタン、怖くはないか」


 なんせ、前魔王たる母親を裏切って魔界を乗っ取ったルシファーが相手だからな。


「なにを言っておる、甲。ブルっているのは、むしろ甥っ子であるお前のほうであろう」


 えらい鼻息だなー。


 サタンはもちろん、ルシファーの無敵バリアを破る役目だ。だから比較的前の位置に陣取ってもらっている。ドワーフにミスリルの防具を作ってもらおうとしたのだが、本人曰く「いらん」。魔王だけに魔法耐性があり、なおかつ物理攻撃される前に相手を倒すから、防具の類は不要だそうだ。


 それでは俺が不安なんだが、強く言い張る。プライドもあるだろうし、そこは妥協した。なのでサタンだけは軽装……というか、なぜか紺色のヨガウエアを着ている。どうにも、吉野さんのウエアを見て、欲しくなったようだ。魔王とは言え、このあたりは女の子っぽいわ。てか紺色なので、微妙にスクール水着に見えるわ。中学生っぽい見た目だから、なおのことな。胸に「サタン」と書いた白布でも縫い付けさせるか、もう。


 魔王だけに本来は魔力が極めて高いはずだが、なぜか母親からの魔力継承がうまくいっておらず、この間のコボルド戦では、そこまで強力とは感じなかった。


 とはいえケルクスとふたりで魔法を連発できるので、戦闘時は頼りになるはずだ。俺のパーティー、このふたりが入ることでバランス取れたからな。それまでメイジ枠がおらず、魔法はもっぱら吉野さんの「ミネルヴァの大太刀」頼りだったし。


 一番後ろの後衛ラインが、吉野さんと使い魔キラリン、天使亜人キングーに新顔バンシーのエリーナだ。このラインには基本的に、攻撃力は期待していない。ポーションを投げるなどしてヒーラー役やサポート役をこなしてもらう。回復魔道士が居ないのは俺のパーティーの弱点だが、これだけ人数が居れば、まあなんとかはなる。基本、チェインメイル姿。特段言及すべき武器は、吉野さんの大太刀くらい。後はほぼ護身用レベルだ。


「吉野さん、トイレ行かなくて大丈夫ですか」

「平気よ、もう……」


 かわいく睨まれた。


「恥ずかしいことを言わないで」

「さーせん。つい心配で。……キラリン、テレポート頼むな」

「任せてよ、お兄ちゃん」


 どんと胸を叩く。


 今回、下準備として、邪の火山周辺からルシファー本拠地たる火口近くの洞窟前まで、少しずつ間合いを詰めてはすぐテレポート撤退を繰り返した。理由はもちろん、敵本拠地のすぐ前に、転送ポイントを確保するためだ。毎回すぐ飛んで逃げたので、敵には一切気づかれていない。


「キングーとエリーナ、緊張はしてないか」

「はい。平さん」

「あの……私、少し怖いです」


 エリーナは不安そうな瞳だ。そりゃあな。ちょっと前まで魔族にこき使われてきたから、その恐ろしさが身に沁みているんだろうし。


「安心しろ。俺が守ってやるからな。だから最初だけ頼むな。この間のコボルド戦のように」

「お任せ下さい」


 この後衛ライン、馬鹿にしたものでもない。なんせ全員、特異な能力を持っている。吉野さんはドラゴンライダーだし、大太刀の魔法攻撃も強い。キラリンはもちろん、俺達をテレポートさせるという大技持ち。不利な状況でも瞬時に離脱できるのは、とてつもない利点だ。


 天使亜人のキングーは、そばに居るだけで毒を無効化するし、稀に天使系の大技を使う。実際、ミノタウロス戦では、相手のピッチフォークから放たれた火球攻撃を無力化してくれた。言ってみれば、ジョーカー的な切り札だ。


 エリーナは、バンシースクリームという無力化技を持つ。今回も初手で敵を無力化してもらう予定だ。ドワーフに頼んだチェインメイルがまだ仕上がっていないので、ところどころ金属で補強した革防具を身に着けてもらっている。


 エリーナは魔族に使われていただけに顔バレしている。バンシーがいるとわかると警戒されるので、防具の上からだぼだぼのフーディーを着せて、フードを目深に被らせた。これでまあ、「死の叫び」を使うまで正体はわからないだろ。スクリーミングで敵も気づくが、そのときはもう、相手は行動不能だ。問題はない。


「そろそろ行くか……」


 俺は空を見上げた。


「エンリル、それにイシュタル、手筈通り頼むな」


 ドラゴン二体に呼びかける。もちろん返事はないが、連中は絶対に約束を破らない。そこは安心できる。一応俺、エンリルのドラゴンライダーにして、あいつ、俺の「仮使い魔」だし。


「よし、キラリン飛ばせっ。目的地は、邪の火山、ルシファー本拠地だっ!」


 俺の声に、キラリンが頷いた。

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