8-9 前夜
「ここに来てつくづく実感しておるが、大勢で寝るというのも楽しいのう」
俺の隣でベッドに潜り込んで、大魔王サタンが呟いた。
「良かったな、サタン」
「さっき頼んだように、手を繋いでくれ」
「ほらよ」
差し出した左手を、両手で包むようにする。
「うむ、ご苦労である。甲」
偉そうな口を利いているが、早い話、「寂しいから手を繋いで寝てくれ」って話だからな。サタンとの使い魔契約書には「寂しいときは手を繋いで寝ること」という一文があったし、まあ仕方ない。
ここマンションの大寝室では、キングサイズベッドをいくつも並べ、くっつけてある。なんたって、九人+ちっこいレナの雑魚寝だからな。その長ーい寝台で、最近の俺はだいたい端三分の一くらいに位置取りする。両側は、だいたい左側に吉野さん固定で、あとはタマとかトリム、キラリンあたりが適当に入れ替わる。
ケルクスとかキングーは、滅多に俺の隣に来ない。ケルクスは新月の晩に俺をたっぷり独り占めできるせいか、普段はあまり派手にはいちゃついてはこない。キングーは性格的なものがあり、やはりなにか遠慮がちなところがあるし。
レナは特別で、吉野さんと俺の間か、逆側……要するに俺と誰かの間で挟まれるように寝るのが普通だ。まあ普段のレナは体長四十センチとかで、ちっこいからな。フィギュアを挟んでいるようなもんで、邪魔にはならないからさ。
だけど、今晩はちょっと変則的。サタンから「手繋ぎ使い魔指令」があったから、自動で左側に置いてある。右隣は、割と最近あるんだけど、エリーナ。あの娘、添い寝したがるからさ。
吉野さんは、エリーナの隣。エリーナはよく夜中にうなされるので、その度に優しく抱っこしてあげているようだ。
とりあえず昨日の晩、小寝室に吉野さんとタマが来た。ふたり同時に来たのは久し振りだから俺も興奮して、朝方までふたりを寝かせなかったからな。そのせいか吉野さん、今晩はもうすやすや眠っているようだわ。
「甲は男らしい体型だのう。たくましい匂いがするし、なかなかソソるぞ」
生意気な奴だ。言ってる本人は中学生体型。ピンクのクマさんパジャマ姿だからな。ソソるもくそも、そういう行為、したこともないだろうに。
「ソソるってのか」
ちょっとからかってみるか。
「ああ。ソソる」
ムキになってやがる。
「どれ」
ごろんとサタンのほうを向くと、右腕で抱き寄せてやった。そうすると生意気にも、くっついた胸が柔らかいのがわかるわ。
「なっ!」
驚いてるな。
「なにをするっ」
硬直してやんの。
「俺もそういう気分になってきたわ。いいだろ……」
「いいわけないではないかっ」
ぐるっと後ろを向いてしまった。
「お、甥っ子のくせに」
「いいだろ。お前、俺の使い魔じゃないか」
「つ、使い魔がどうした」
「使い魔はみんな、そういうことをするんだぞ」
「うそつけっ」
「嘘なもんか」
手を回すと、腹をぐっと抱き寄せてやる。サタンの尻が、俺の下半身に当たった。……まあもちろんそこは平常だけどな。
「……それは本当か」
「ああ」
「レナやトリムもか」
「そうさ」
嘘はついてない。実際そういう関係だし。ただ「使い魔はそうする決まり」ってのがでたらめなだけで。
「そ、そうか……」
黙っちゃったな。しばらく経ってから、声が聞こえた。
「決まりなら仕方ないが……今すぐは……その」
あら、割とイケるのか、これ。
「と、とにかく今晩は、あたしの願い優先だ」
俺の右腕を、両腕で抱くようにする。
「こうして……寝ていいか?」
「好きなようにしろ」
「そうか……」
安心したような声。かわいらしい胸を腕に感じる。俺の指に、頬をすりつけて。
「甥っ子をあやすのも、あたしの役目だからな」
「ママー」
ふざけて首筋にキスしてやった。
「なっ!」
また硬直したわ。面白いな、このおもちゃ。仮にも一時魔族を支配していた大魔王とは、とても思えん。
「平さん」
後ろから、エリーナの腕が回ってきた。
「エリーナ」
「こうしていていいですか」
「ああ。安心して眠れるんだろ」
「ええ。そうです」
エリーナの腕を、俺のパジャマの中に入れてやった。
「こうするともっと安心するぞ。肌に触れ合えるから」
「そうですね……」
おずおずと、俺の腹や胸を撫でている。
「安心します……」
「ふたりとも、早く寝ろよ。ルシファーとの決戦は近い。穏やかな夜なんて、次はいつ訪れるかわからないからな」
「ええ……、平さん」
サタンからの返事はなかった。俺の腕を抱いたまま、安心しきって寝ていたのかもしれん。それとも、母親と自分を裏切った仇敵ルシファーのことでも考えていたのか。俺にはわからなかった。それがわかったのは数日後、いよいよ始まったルシファー戦のときだった……。
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