8-8 俺達の大事な日常
「サタンちゃん、キングーちゃんを手伝ってちょうだい」
マンションのクラブハウス。吉野さんはタマと共に、大量の肉に下味を揉み込んでいる。今日は日曜だし、ゆっくり飯を作る時間がある。みんなで晩飯の準備中だ。人数も増えて呼び分けも大変になってきたからか、吉野さんは全員「ちゃん」呼びすることに変えたようだ。
「あいやわかった、吉野殿」
シンクでは、キングーが野菜の下処理をしている。踏み台を持ち出すと、大魔王サタンはシンクの前に置いた。それに乗って、背伸びするようにして、カブだのレタスだのを洗い始めた。
「しかしなんだなー」
ダイニングテーブルで、俺はじゃがいもを細切りにしている。俺の両側にトリムとケルクスのエルフ組。まな板をそれぞれ並べて、ここは野菜カット部隊ってところだ。
「なに、平」
「いや、ここ調布市だろ。それなのに目の前に大魔王サタンと天使の落とし子が並んでエプロンしてるとか、どういう世界観だよって」
いや俺は慣れてるから普通に受け入れてるが、天使と大魔王の共同作業とか、考えたらシュールだわ。
「いいじゃんご主人様。みんな仲良しで、平和な世界だよ」
「そうだな、レナ」
レナはちっこいので担当がない。だからテーブルにあぐらをかいて、せっせと動き回るみんなを観察してるな。
「ここにもダークエルフとハイエルフが並んでいるが」
ぼそっと、ケルクスが呟く。面白そうにくっくっと含み笑いして。
「そういやそうか」
このふたつの種族、歴史的経緯があって仲悪いからなー。
「あたし、平の嫁だもん。もう五回してもらったし」
際どい話題を口にすると、トリムは胸を張った。
「五回だからね、五回。……三回より二回も多いよ」
精一杯、ケルクスにあてつけている。
「五回か。それは凄いな」
「へへーん」
いやトリム。ケルクスに相手にされてないじゃん。そりゃたしかに、ケルクスとは三晩しか同衾してないが、回数で言ったら五十回くらいだからな。
「ねえ平ぁ」
俺の腕を抱くと、トリムが胸に押し付けてくる。
「包丁持ったままだぞ、お前。俺の手を斬る気かよ」
「平気だよ。ほら……」
包丁を置きもせずに、俺の顔を向かせると、キスしてきた。
「好きだよう……平」
ちゅっちゅっと、俺の舌を吸う。
「はあ……素敵」
刻印の体液効果で、たちまち瞳がとろんとする。
「ほら、ちゃんと野菜切れ」
いやトリム、初めて俺と結ばれてからは、あんまりこういうの遠慮しなくなったな。多分だけど近々、吉野さんやタマのローテーションに割り込んで、俺の寝室小部屋に通い詰めるようになるだろ。
「吉野殿、野菜洗いは終わったぞ」
「じゃあサタンちゃん、それ平くんのところに持っていってあげて」
吉野さんも、俺がこうして他の娘にいちゃつかれていても、いちいちもう気にしないからな。本妻の余裕というかさ。今晩の俺を寝室で独占するのは自分だし……くらい、どっしり構えてると思うわ。「今晩、小部屋ね」って、さっき耳元で囁かれたし。
「ここでいいか、契約者『甲』」
野菜を入れた水切りバスケットを、サタンがどんとテーブルに置いた。
「早く切れよ、甲。調理が始まらんぞ」
「お前なあ……。もう少し俺を尊敬しろよ。曲がりなりにもお前、俺の使い魔だろ」
「ふん」
腕を腰に当てた。そうすると、中学生体型の小さな胸なりに、エプロンを押し上げるな。
「それを言うなら甲、お前はあたしの甥っ子ではないか。使い魔と甥っ子なら、甥っ子のほうが下だろ」
わはははと笑う。いやマジさあ、俺の爺様、なんで先代サタンなんか孕ませたんだよ。おかげで俺、使い魔にバカにされてる始末じゃん。
「これ、頂いていきますね」
俺達が用意した野菜の数々を、バンシーのエリーナがトレイに載せた。いやエリーナ、こうして髪をアップにまとめて首筋を出しエプロンでウエストをきゅっと締めると、新妻感凄いな。多分今ここにいる誰よりも。
……といっても、俺は手を出してないけどな。エリーナ、なんだか俺と添い寝をしたがるんだよ。これまで魔族の下でこき使われて寂しかったんだろう。吉野さんもそれがわかってるから、大寝室では俺の隣を譲ったりしている。エリーナは俺に抱き着いて眠るんだけど、俺が肩でも抱いてやろうとすると、びくっとして怖がるんだよな。
多分、過去のトラウマだろう。なんせこの子、昔はウチのライバルだった謎商社の嫌な奴に使い魔として虐待されてたし。
それがわかってるから俺は、寝室ではエリーナのしたいようにさせている。別にそういうのに困ってるわけじゃないからな。実際今晩だって吉野さんとしっぽりする予定だし。
「もう炒め始めるのか、エリーナ」
「ええ平さん。そろそろご飯も炊きあがるし、コンロにはキラリンさんがいるし……」
コンロにはやはり踏み台に立ったキラリンがいて、大きな鍋を前に、調味料を小さなボウルに次々取り分けている。多分脳内検索して、人数分の調味料を事前に準備してるんだな。
吉野さんと俺、レナにタマ、トリムとキラリン、ケルクスとキングー、サタンにエリーナと、なんせ同居人数が増えた。だからウチの炊飯器は一升炊き。前まで使ってた三合炊きと五合炊きもあるから、適当に使い分けている。
大量の料理も次々無くなっていくから、なかなか気持ちいい。まあ洗い物は面倒なんだが、だいたいなぜか洗い物好きのキングーとエリーナが担当に立候補するし。
「みんな、段取りうまくなったねー」
レナが感心している。
「ああ」
「これだけ息が合っていれば、戦闘もいい感じにこなせると思うよ」
「実際、ハイエルフの聖地で、エリーナやサタンとの連携もテストしておいたしな」
「いよいよ邪の火山だね。ルシファーを倒しに行くんでしょ」
「でないと、異世界が侵略されっちまうからな。俺の居場所は、もう現実より異世界のほうがしっくり来るんだ。つまんねえ悪魔にでかい面されたくはないからな」
「甲、あたしも悪魔だぞ。大魔王」
カトラリーを入れた籠を持って、サタンがテーブルに来た。手分けをして皿やカトラリーを並べ始める。
「まあ……そうだな。『大魔王様』」
笑いそうになったが、こらえる。どこの世界に、毎晩おいしそうに乳酸菌飲料の容器をカポカポ咥えて幸せそうな大魔王がいるんだよ。
「悪魔だっておとなしくしてくれてりゃいいんだよ。モンスターだって、あの妄想世界を構成する、大事な住人だからな。でもルシファーは侵略してくるからよ。降りかかる火の粉は払わなきゃダメだろ」
「うむ」
サタンが頷くと、いい香りが立った。
「……何だお前、また果物つまみ食いしたんか」
「ち、違っ」
見る見る顔が赤くなった。
「食べ盛りだからいっぱい食べていいって、吉野殿が……」
大魔王を育成する吉野さんか……。感慨深いわ。
「いずれにしろ、ルシファーには総力戦を挑まないと勝てない。どう
「考えると、なかなかに厳しいな」
下ごしらえを終え、手を洗ったタマが、テーブルセッティングに加わった。
「できれば緒戦だけでも戦力で圧倒したい。敵には例の、空飛ぶ
「ドラゴンゾンビに特殊な魔法を施して造り出すとかいう奴な」
コウモリ羽のヤツメウナギといった姿の、口が大きく裂けた気味の悪いモンスターを、俺は思い出した。あいつに空からブレス攻撃されたら、こっちはひとたまりもない。
「ああ。現状ではむしろこちらが圧倒されている」
「トビトカゲにはトビトカゲだろ」
「ドラゴンに頼むんだね、ご主人様」
「ああレナ。グリーンドラゴンのイシュタル、それにドラゴンロードのエンリル。どちらも俺達と縁のあるドラゴンだ」
「でも手を貸してくれるかな。イシュタルは吉野さんをドラゴンライダーに選んでくれた。エンリルもご主人様をドラゴンライダーに許したし、ご主人様の仮使い魔ではある。……でもドラゴンは家畜扱いを嫌う、誇り高い種族だからね」
そこはレナの言うとおりではある。
「まあ任せろ。多分、どっちも協力してくれる」
「婿殿には勝算があるのだな」
「ああケルクス」
「さすがは私の婿殿だ」
すっと顔を寄せてくると、自然にキスをしてくる。
「惚れ直すぞ」
「あっ!」
トリムが立ち上がった。
「あ、あたしにもしてよう、平ぁ」
「痛っ! 無理に首を捻るな」
「んんんーっ」
ケルクスから俺の首を奪い取ると、唇を重ねてくる。少しでも上に立ちたいのか、珍しく舌を進んで入れてきて、俺の口の中をかき回す。
「そう焦るな。ちゃんとキスしてやるから」
「んんーんんんっ!」
なんも聞いてくれんわ。
この後、刻印効果で腰砕けになるまで、トリムは俺の頭を抱えて放してくれなかった。
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