9-6 トリム、血みどろの戦場に立ち上がる

「ルシファー様、これでは私共は手持ち無沙汰でございます」


 側近は、もう攻撃の手すら止めている。


「左様。ルシファー様がおひとりで相手なさればよろしいでしょう。……もはや敵は戦う気力も戦闘力もないようですし」

「あまり遊ぶのは止めておきなされ。そりゃいつでも倒せるでしょうが、長引くとシムルグールが全滅します」


 上空を見ると、唸った。イシュタルとエンリルが、二体目のシムルグールを血祭りにあげたところだ。


「やはり……。あのドラゴンは、とてつもなく強い。早々に地上軍を倒し、上空の二体をぶち殺さないと」

「なに、平気よ」


 ルシファーは大声で笑った。


「シムルグールなど全部失ってもよい。生きの良いドラゴンの死体がふたつも手に入る。しかも片方はドラゴンロードだ。こいつらをゾンビ化してからシムルグールとすれば、今までの使い古しシムルグール五体より、はるかに強いわ」

「たしかに」

「さすがはルシファー様だ」

「とはいえ、地上の雑魚狩りにも飽きた。たしかに全員戦意どころではない様子だしな。そろそろ殺すか」

「俺はまだ戦える。てめえなんざ瞬殺だ」

「ほう。私に頭を踏みつけられているというのに、まだ戦う気か。このまま力を入れれば、お前の頭など一瞬で潰れるぞ」

「たりめーだろ、雑魚」

「こいつは面白い」


 頭から足を離すと、俺を蹴り飛ばす。


「では一騎打ちだ。かかってまいれ」


 よし、ひっかかったな、アホ。


 立ち上がると俺は、背中の杖を引き抜いた。


「なんだそれは、ただの棒切れではないか」


 鼻で笑っている。お手並み拝見とばかり、側近連中もニヤニヤ笑いだ。


 ダメ元で、このソロモンの聖杖で突き刺してやる。バリアを中和しないと効かないと聞いてはいるが、万一ってことがある。そのためにこの野郎を焚き付けて、なんとか俺と一騎打ちの形にまで持っていったんだ。このままでは俺達の全滅は必至。ドラゴン二体にもろくな運命が待っていそうにない。どうせ死ぬなら、やってみるだけよ。


「ほれ、打ち込んでこい。防御しないで待っていてやろう」

「死ねっ! ルシファー」


 駆け込むと、野郎の胸の中央をめがけ、思いっきり杖を突き出した。


「あっ!」


 やはりダメだった。いやダメどころか、最悪だ。野郎の体に当たった瞬間、俺の手に大きな衝撃があり、ソロモンの杖は折れてしまった。真っ二つに。ちょうど真ん中のあたりで。ぽっきりと。


「おう。いい焚き木ができたのう」


 ひょいと拾い上げると、割れて尖った先を、俺に突きつける。


「これで終いだ、謎の男よ。地獄で待っておれ。すぐに全員送り込んでやる」

「ぐふっ!」


 どういう強化魔法を使ったのか。ソロモンの聖杖は、ミスリルのチェインメイルを突き破り、俺の腹を貫いた。……痛え。死ぬほど。息もできないくらい。


「て……てめ……え」

「さて、これでもう、全員戦えないのう。上空をちょろちょろしているドラゴン以外は。お前のパーティーは全滅だ」

「まだひとり……戦えるよっ!」

「なにっ?」


 トリムの声だ。二箇所腹を貫かれたというのに立ち上がった。苦しげに顔を歪めているが、瞳は輝いている。


「あたしはまだ戦える。……それに平を殺させはしない。あたしは平の嫁だから。だからルシファー、あんたを倒す」

「エルフの小娘風情が、なにをできると申すか」


 俺の体から生えた杖で、ぐりぐりと腹を抉る。


「ぐあーっ!」


 痛みで気が遠くなってきた。


「お前の男の命の炎は、今にも尽きる寸前。死ぬところを眺めておれ」

「平を……殺させは……しな……い」


 トリムの周囲に、激しいオーラが立ち上った。渦を巻き、トリムの髪が逆立っている。トリムの体から、黄金の火の粉のようなものが散り始めた。


「祖霊イェルプフよ、巫女禁断の技の解放をお許しください」

「なにを……」


 疑い深げに、ルシファーが瞳を細めた。


「ルシファー様、これは?」

「わからん」


 首を振った。


「だが凄まじいオーラだ。念のため、今すぐ殺しておこう」


 ルシファーの体から、先程サタンを倒したのと同じ魔法の槍が飛んだ。しかも今度は、さっきよりよっぽど強い。


「なにっ!?」


 だがそれは全くダメージを与えられなかった。トリムの体に着く前、周囲を取り囲むオーラに触れた瞬間、かき消えるように消失する。


「どういうことだ……」

「よせ、トリム!」


 腹を押さえながらも最後の力を振り絞って、俺は叫んだ。


「お前……それは……」


 明らかにマナ召喚系の魔法を起動しようとしている。しかもとてつもない量のマナだ。トリムの体からは、ますます激しく火の粉が分離している。それに従い、トリムの体は次第に透明になりつつある。


「それを使ったら、お前……」


 間違いない。図書館長ヴェーダが言っていた、ハイエルフ巫女血筋だけが持つ、究極の魔法だ。自らの身体を分解して大量のマナとし、それを用いるという。自らの存在の全てを犠牲にする……。


「平、大好き」


 火の粉に照らされた顔で、トリムが微笑んだ。


「初めて召喚されたあの日から、大好きだった。恥ずかしくて隠していたけど。毎日平や吉野さんと過ごせてあたし、幸せだったよ。平はあたしにいろいろなことを教えてくれて、素敵な冒険に連れ出してくれたから。それに……お嫁さんにもなれたし」


 透き通った瞳から、涙が一筋流れた。


「よせ、トリム」

「初めての晩あたし、これまで生きてきた一生全部合わせたより幸せだった。だからあたし、今死んでもハッピーなの。天国で、平のこと思い出しながらのんびりするから。だから悲しまないで」

「お前を召喚した使い主として命じる。今すぐマナ放出を止めろ」

「やめないよ」


 首を振った。


「あたしの魂、それに祖霊が、平を救えと叫んでる。それこそがハイエルフ巫女、最高のほまれだと。務めを果たし、祖霊が待つヴァルハラの地に向かえと……。ねえ平、あたしね、平とあい――」


 言い終わる前に、火の粉となって弾け散った。トリムの体が。


「トリムーっ!」

「禁忌魔法……ウトゥンブク・カムリダール……ェムルン」


 声のした場所から、強い光が生じた。目を閉じてすら網膜が焼けそうなほどの。




●百万字突破しました!

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「即死モブ」(https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739)共々頑張って更新しますので、ご愛読よろしくお願いします。

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