3-2 川岸パーティーの使い魔

「ちっ。嫌なところに……」


 振り返った川岸は、俺を見て顔をしかめた。てかお前ら、ビジネススーツにネクタイかよ。初日の俺とおんなじじゃん。笑えるわ。


「おう。これは平殿。おはようございます」


 川岸と山本に槍を突きつけていた衛兵が、俺を見て笑顔になった。


「おはよう。……どうしたんですか、こんなに朝っぱらから」

「いえこの不審者が、王都に入れろとしつこくて」

「誰が不審者だ」


 川岸はいきり立っている。


「お前らに決まっておろう。ここは王のおわす都だ。怪しい輩を入れるわけにはいかん」

「なに言ってるんだ。衛兵風情が」


 せせら笑ってやがる。


「俺と山本はなあ。この世界のとりまとめを会社から依頼された、いわば救世主だぞ。国王ならせいぜい俺と同格と考えてやってもいいが、そんな俺を底辺職の野郎が通さないとか、無礼にも程があるだろう」

「なにをっ!」

「隊長、こいつ殺させてください」


 衛兵連中、屈辱に目の色変えてるな。まあ当然だが。それにしても川岸、よそ者のくせにその強気な態度とか、なんなん。ちょっと信じられない思考だわ。


「そもそもお前ら、この平は通してるんだろ」


 川岸は、俺を顎で示した。


「ならその事業を受け継いだ俺を通すのは、当然じゃないか。俺は天下の三木本商事だぞ」

「ミキモトがどうした。聞いたこともないわ」


 衛兵隊長は呆れ返っている。


「なあ平、お前からもこの頭の悪い隊長に言ってやってくれよ。平が通行自由な以上、後継者たる俺も同様だとな」

「そう言われてもなあ……。俺、会社の肩書で入れてもらったわけじゃないし」


 思わず苦笑いよ。こいつ、異世界でリーマン名刺が通じるとでも思ってるのか。


「そもそも川岸、お前と俺はここ異世界でも没交渉だと決めただろ。なんで俺に頼む」

「誰がお前なんかに頼るか」


 図星を指摘されて、逆ギレしてるな。


「ただ俺はお前と同格以上だと、当たり前のことを言ってもらいたいだけだ」

「はあそうすか」

「誰が同格だ」


 衛兵が一喝した。


「平殿はな、マハーラー王の賓客ひんきゃくにしてシタルダ王朝の救世主だぞ。ドラゴンとのトラブルを解決してくれたし。流れ者の異世界人であるあんたらとは、大違いだ」

「まあまあ……」


 衛兵隊長が、柔和な笑顔を川岸に向けた。


「あんたらも、せめて街道に出る山賊を全部退治するとか、その程度のこんまい手柄でも上げてからまた来るんだな。衛兵は、出入りする連中からの情報はさとい。街道筋で評判になれば、俺達にも伝わるからな」


 やんわりと、諭すように告げている。まあ正論だろう。アドバイスしてくれるだけ、優しく接してくれてるわけさ。多分、俺の知り合いだから。優遇されてるってこと。


「そんなの知るか。俺は通るぞ」


 強引に前に出た川岸の胸に、槍が突きつけられた。ネクタイに刺さって穴が開いてるくらい、ぎりぎりだ。


「くそっ」


 川岸は振り返った。


「おいゴーレム。お前も、なんで後ろで馬鹿みたいに突っ立ってるんだよ。ご主人様の危機なんだから、前に出て守るのが仕事だろうが」

「へ、へい、ボス」


 のろのろと、ゴーレムが川岸の前に出た。とはいえ出ただけで、なんかする気配すらないが。まあゴーレムだからな。防御力と物理攻撃力に全振りで、敏捷性アジリティーとか知性には期待薄ってことなんだろう。それはゴーレムとしては当然だ。


 そういう特性なんだから、ちゃんと命令しないとならないのは、むしろ使い手のほうだろうに。


 てか川岸、なんでゴーレムなんか使い魔に選んだんだろうな。これ、籠城戦とかの防御のとき頼りになるモンスターだろ、どう考えても。見知らぬ危険な土地を歩き回って地図作る相棒には、全然向いてないと思うんだが。そもそも歩くの遅そうだし。ヤバい山道なんか体重で足元崩れて、崖から足踏み外すんじゃないか。


 もしかして、でかくて強面なモンスターだから、敵だろうが住民だろうが威圧できると考えたのか? 川岸ならそれありそうだわ。


「山本のシーフもどうなってるんだよ。俺に加勢させろ」

「は、はい。川岸さん」


 山本が命じると、渋々といった雰囲気で、使い魔二体がゴーレムの脇に陣取った。なんかたくらんでそうなひねた目で、周囲を窺ってるわ。


 あーこれ盗賊シーフか。そういや腰に短い三日月刀シミターぶら提げてるし、いかにもこすっからそうな表情を浮かべてやがる。見た感じ、人間だのゴブリンだのコボルトだの、いろんな血が混ざってそうな混血モンスターに思える。


 一度に二体召喚した分、山本のほうがちゃんと対応してるな。戦闘補助もできそうだし。……まあ使い手を裏切りそうな気配があるのは難点だが。


 もしかして山本の使い魔候補、シーフ/シーフ/シーフの、事実上の一択だったんじゃないか。川岸の候補も見るだけは見てみたい気はするわ。あの性格だと、どんな使い魔候補がマッチングされたのか。


「どうだ平。お前のその、へなへなした使い魔どもと比べて」


 川岸はせせら笑った。


「俺と山本の、戦闘に特化した使い魔は、お前の使い魔連中とは段違いだ。ちっこい奴までいるじゃないか。お人形さん遊びでもするのか? ええ、女ばっかりってのも、いかにもモテない敗残者のお前らしいわ。異世界くらいは女に囲まれてたいってか」

「平ボスを侮辱するな」


 堪え切れなかったのか、会話は任せろという俺の命令に反して、タマが一歩前に進み出た。


「平ボスは最高のリーダーで、最高の男だ」

「そうそう。あんたなんか、平の足元どころか、靴先にも及ばないし」


 トリムも眉を吊り上げている。


「ご自慢のゴーレムとシーフ、なんならあたしとトリムで秒殺してやろうか」


 タマの猫目が、すっと細くなった。それを見て取ったシーフが、こそこそと山本の後ろに隠れた。こいつら、召喚主を盾にしてるじゃんw あーゴーレムは、ぼんやりこっちを見ているだけだな。多分なんにも考えてない。


「よせタマ。構うんじゃない」

「……はい、平ボス」


 唇を噛み締めたまま、タマが一歩引いた。唇の端から、まだ犬歯が覗いている。


「そうそう。弱者はおとなしく見ていろっての」


 勝ち誇った川岸が、衛兵に向き直った。


「さて、これでわかったろ、誰が一番強いのか。……ここを通してもらおうか」


 勝負あったとばかり高慢な表情で、反り返っている。実際に文字通り背をそっくり返す奴なんか、生まれて始めて見たわ。面白いなあこいつ。


「早く帰れ」


 川岸の態度に、衛兵隊長はドン引き気味だ。しっしっと手を振っている。


「悪党ならともかく、馬鹿を殺すのは私も気が引ける」

「なにか手伝いましょうか」

「いえいえ」


 俺が声をかけると、隊長はお辞儀した。


「平殿はお通りください。こんなところでお時間を取らせては恐縮です。こいつらなら、私共で充分相手できるので」

「そうですか。すみませんね隊長。……神経痛の具合はいかがで」

「ここのところ気候がいいので。助かってますよ」


 隊長は、白髪ひげで満面の笑みを浮かべた。


「いつもありがとうございます。どうぞお通りを」


 後に控えるパーティーに目で合図すると、俺は王都の大門を潜った。見ると、タマだけは後ろ向きで、用心深く川岸パーティーを警戒しつつ歩いている。


 タマ、今回もよく我慢したな。今度ちゃんと暴れさせてやるからさ。


「おい平。お前、俺達を置いていくってのか」


 後ろから声が追いかけてきたが、知ったこっちゃない。


「くそっ。いいさ。俺も山本も、こんなシケた田舎王家になんか用はないからな。一応、義理を通して挨拶に来ただけだし。王家がなにか困っても、手伝いなんかしてやらんから。そのときになって吠え面かくなよ、ええ、衛兵さんよう」


 まあ頑張れ。


「平、お前もだぞ。お前ら、地図事業から外されて困ってるんだろうが、異世界に未練たらたらのくせによ。お前らが歩けば、それは全部地図として記載されて俺と山本の業績になる。まあせいぜい、へっぴり腰であちこち歩いてくれや。俺様の出世のためにな」


 延々吠えてやがる。俺達が王宮入り口に着いて近衛兵に挨拶してる頃にも、まだなんか遠くから聞こえてたからな。いつまで愚痴ってるんだよ川岸。お前もうこの王家は見限ったんだろ。さっさと先に行ったらいいじゃんよ。

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