3 国境渡河作戦

3-1 王都ニルヴァーナ 大門の小騒動

「平ボス」


 並んで歩いていたタマが、俺の袖を引っ張った。


「大門で揉めてるようだぞ」

「そうか。俺には誰かいるとしか見えないが」

「ボクにも見えないよ」


 朝、俺と吉野さんは、いつもの東京・異世界通路から、王都ニルヴァーナ近郊に転送された。王都に行くとき、いつも使う転送ポイントだ。そこから王都の大門に向かっているところだ。


 目を細めて見てみた。それでも、門のあたりに大小の人影が何人か、蟻のようにたかっているとしかわからない。ケットシーは視力も凄いな。なんでも、猫目は水晶体の調整範囲が人間よりはるかに広いためだとかなんとか。


「念のため、警戒してゆっくり近づこう。いいですね、吉野さん」

「わかった」

「ヤバそうなら、あたしが矢で射るから」


 背中の矢筒を、トリムが叩いた。


「任せて」

「状況がわかるまで手を出すなよ」

「うん。命令してね」

「おう」

「平さん。衛兵が誰かを取り囲んでいるみたいだよ」

「タマゴ亭さんも目がいいんですね」

「あたし王女だし。衛兵の制服くらい、遠目でもわかるよ」

「なるほど」


 王都に向かうんで、今日はタマゴ亭さんも朝から同行してる。


 沖縄の休暇から戻って、今日は久しぶりの異世界だ。沖縄では十泊して、思う存分楽しんだ。吉野さんとも、初日だけとはいえエッチなことできたし。なんか毎日ごろごろ昼寝して酒飲んで。猫みたいに構ってもらいにくるトリムやタマを撫でてやって。


 レナの期待空しく(笑)、全員とのエッチな行為だけはなんとか回避できた。それでもそういうこと抜きでも、最後のほうはなんだか全員じゃれてる微妙な感じになっちゃってたし。俺が一歩踏み込めば、レナが言う、そういうこともできたかもしれんわ。


 やっぱリゾートで心底寛いで、全員リラックスしてたから、いつもより深く付き合えたってことなんだろう。俺達はもう、魂が通じ合った仲間ってことさ。戦友兼、家族兼、彼氏彼女みたいな。


 楽しいばっかりだったから、トラブルはなかったよ。……ああ、あったか。こんまい奴だけど。


 というのも、あんときのデブと反社のチンピラ、二日後くらいだったか、嫌がる女の子にしつこくつきまとっててさ。注意したら逆ギレして、また絡んできたんだよな。さすがにうんざりしたんで、今度はタマの手綱をちょっと緩めた。死なない程度におしおきしてたわ、タマが。水着姿の見事な回し蹴り、動画に取っておけばよかった。


 前歯が何本か折れたみたいで、ふたりともコントみたいな顔になってて気の毒だった。薬物だかシンナーだかで、もともと歯が溶けかけてたんだろ、知らんけど。


 リゾートの佐伯マネジャーにそれとなく教えたんで警察が来て、部屋から薬物が見つかった連中、青タン作ったままの顔で手錠掛けられてたよ。


 もう父親も含め身内全員出禁だろうから、二度と顔は出せないだろうな。吹けば飛ぶようなチンピラとはいえ、ゴミ掃除は気持ちいいわ。なんたって地元の人のためになるしさ。


 佐伯マネジャーにはすごく感謝された。リゾートのブランド価値を維持するの、大変なんだってさ。お礼としてとっておきの泡盛二十年ものの古酒くーすー、部屋に届けてくれたわ。


 そういうわけで休暇を終え異世界に戻った俺達は、タマゴ亭ニルヴァーナ支店の建設状況でも確認しようと、こうして王都に向かっているんだ。俺と吉野さん不在の間も異世界に時折顔を出してたタマゴ亭さんの話だと、順調みたいだ。でもまあ、念のためな。


「衛兵が取り囲んでいるってことは、タマの言うとおり、なんかトラブルなんだな」


 沖縄の楽しい休暇を思い出しながら歩いてたから、もう結構門に近づいたな。


「平くん。あれ、川岸くんと山本くんじゃないの」

「マジですか」

「多分」


 吉野さんは近眼だけど、異世界ではコンタクトしてるからな。戦闘もあるから眼鏡じゃなくコンタクト。だから結構ちゃんと見えるんだ。


「それにしても、なにしてるんだあいつら」

「平ボス、使い魔を連れているぞ」


 タマが指差した。


「ゴーレムが一体。あと種族はよくわからんが、人型のモンスターが二体。多分、亜人デミヒューマンだ」

「じゃあやっぱり連中か」


 俺にも次第に見えてきた。男ふたり、たしかに服が現実世界のものだし、姿形は川岸と山本に似ている。あいつら、俺と吉野さんから異世界マッピング事業を奪い取ったし、このあたりにいても不思議ではない。


 川岸と思われる野郎の背後には、三メートルくらいのごつそうなモンスターが立っている。なんか全身土色で、ボロを身にまとって。多分あれがゴーレムって奴なんだろう。


 もう二体の使い魔ってのは、山本と思しき男の背後に立ってるな。山本よりちょっと小さい人型モンスター。太ってて、なんての、アリスに出てくるハンプティーダンプティーみたいな体型。なんか薄汚れた肌に革の服を着て、これ二体とも同種族の男に思える。


「みんな気をつけろ。あいつら一応俺の同僚ではあるが、嫌な野郎だ。いきなり戦闘をふっかけてこないとも限らない」

「ここから射殺す? 平。 あたしの矢なら、楽勝で連中、倒せるけど。ゴーレムだけは防御力が高いから難しそうだけど、爆発矢を使えば、もしかしたらなんとかなるかも」

「やめとけトリム。別に俺達に攻撃仕掛けてきたわけでもない。それに殺せば、あっちの世界でいろいろ面倒だ。とりあえず状況を把握しよう」

「わかったよ平」

「いいか、もし揉めたら、防御のための戦いは許可する。だが殺すな」

「ふん。久しぶりで暴れられるかと思ったのに」


 タマが唸った。戦いたくて猫目が輝いてやがる。沖縄ではチンピラ相手の戦闘も、軽く撫でる程度しか許可しなかったからな。欲求不満なんだろう。まあそれでも前歯叩き折ったわけだけどさ。


「接敵フォーメーションで近寄ろう。俺が前衛。トリムと吉野さんが後衛。タマゴ亭さんはその後ろ。王女を王都で死なせるわけにはいかないから、タマゴ亭さんはタマがマンツーマンでカバーしろ。いいな」

「平ボス、了解だ」

「あと、みんな黙ってろよ。話は俺がするからな」

「うん」


 タマが背後に位置取った。これなら血気にはやるタマが暴走して川岸の野郎をぶっ殺すとかは、ないだろうしな。一石二鳥だ。


「川岸さん。平です」


 背後から近づいてくる俺達に気づいたのは、やはり山本だった。やっぱ例の二人組か。


 振り向いた川岸は、俺を見て顔を歪めた。


「大問題が発生中というのに、平まで出張ってくるとか、仏滅かよ。けっ」


 王都の神聖な門の真ん前というのに、地面に唾を吐いた。


「無礼者っ!」


 それを目にした衛兵が、いきり立って槍を構えた。川岸の奴、場をわきまえろよな。


「おい平。お前、俺達の邪魔しようってのか」


 川岸は、揉めている理由を俺に吐き捨てた。


 それはちょっと信じられない内容だった。

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