3-3 エルフがいない「理由」
「おう、これは平殿に吉野殿、久しぶりじゃのう」
俺達が玉座の間に入ると、玉座に座ったままマハーラー王が手を振った。
「マハーラー王、ご無沙汰しております」
「いい感じに日焼けしておる。休暇を楽しんだようじゃのう、使い魔達とも」
「そうだよ王様。ボクもタマも、トリムもみんなで遊んだんだ。昼はビーチでまったりして、夜は夜でご主人様のベッドでみんなで――むぐーっ」
指で口を塞いでやった。
「レナ、お前少し黙れ」
こいつ本当ほっとくと無邪気になにもかも話しそうでヤバいわ。しまいには俺がジャグジーで勃起してたとか、とんでもないこと暴露しそうだ。
「平とあたしたち、毎日高貴ななんちゃってビールを飲んだんだよ」
「ふみえボスや平ボスのボスは、あたしらのこと、使い魔とはいえ親しい友として遇してくれる。いい使い手だ」
「そうであろうのう」
嬉しそうに王は微笑んだ。
「話を聞くだけで、わしまで楽しくなるわい。ほれ、近う。シュヴァラもな」
「はいお父様」
俺達の側を離れると、タマゴ亭さんが王に近づき、手を取った。
「お顔の色も良く、安心しました」
「なにを言っとる、昨日見たではないか」
「それでも安心です」
「それはの、娘が毎日顔を見せてくれるからじゃ」
娘の手に自分の手を重ね、微笑んだ。
「ところで……」
俺に視線を戻して。
「なにやら大門で揉め事とか報告があったが」
「まあそうですが……」
吉野さんの表情を確認してから、俺は話を続けた。
「ほっといても大丈夫でしょう、あれは。ただの小競り合いですから」
「平殿と同じ組織の男だとか」
「そうですが、俺や吉野さんとあいつらは、仕事としてもプライベートでも無関係なので」
「そうか」
「俺の知り合いとはいっても、優遇は無用です。それやるとむしろ、王国のためにはならないかと」
「うむ。そう言ってもらえると、正直助かる」
安心したように、王は大きく頷いた。
「衛兵の報告でも、チンピラよりタチが悪そうだとの話であったしな」
「お父様、あたしもそう見ました。向こうの世界の基準でも、人柄性格ともかなり悪い男かと」
「シュヴァラもそう感じたなら決定じゃ。ゴーレムとシーフを連れた怪しげな連中に注意するよう、王国津々浦々にまで触れを回しておこう」
王は、傍らのフラヴィオ近衛隊長に視線を飛ばした。頷いたフラヴィオさんが、部下ひとりを呼びつけ、なにか指示している。
「お父様、それがよろしいかと」
それはそれで俺のせいにされて、あることないこと逆恨みされそうだがなあ……。まあ王の判断だ。俺が口挟むわけにもいくまい。そもそも自業自得だし。
「ところでお父様、
「構わん。知らない世界のことは、わしも知りたいしのう」
「ねえ平さん」
タマゴ亭さんは俺達に向き直った。
「さっき大門で奴らが言ってたけど、平さんや吉野さんが歩いて作る地図、全部連中の業績になるってほんと?」
「まあね」
俺と吉野さんは、経営企画室の業務として、これからもここ異世界を歩き回る。辺境行きやタマゴ亭異世界支店案件でな。どうせ謎スマホ持って歩くんだから、地図作製に利用しない手はない。会社としては当然な判断だろ。俺が経営陣だってそうさせるし。
ただまあ、こっちが歩いて作った地図まで、川岸の手柄に算入されるってのがムカつくが。地図を作るってのが連中のミッション。俺達の手柄横取りを「正当」と強弁できなくはない、ぎりぎりの線だ。
本当に、嫌な方向に知恵の働くクソ野郎が、川岸の背後にいるもんだぜ。
「そんなのってないよね」
「まあ連中、悪知恵はあるんで」
「社内を説得して回ってるのよ。私や平くんでも、ちょっと異議は申し立てにくい雰囲気なの」
「大企業ってこれだから……」
腰に手を当てて、タマゴ亭さんは溜息を漏らした。
「弁当納入してる先で、いろんな悪巧み聞こえるもんね。弁当屋なんか、あの人達は耳のある人間だなんて、考えてないからさ」
「まあそうだな。ついでにもっと面白い話、しましょうか」
「なに平さん。聞かせて」
「旧三木本Iリサーチ社の雑居ビルオフィス、タマゴ亭さん案件用って口実で俺達が引き継いだわけだけどさ」
「うん。聞いてる」
「そこの家賃だって、誰も払ってくれないからな」
「えっそうなの?」
タマゴ亭さんは、目を見開いた。
「業務外の地図事業の売上に貢献してあげてるんだから、地図事業の事業部がコスト負担して当然でしょ」
「連中が邪魔してやがるのさ。事業としては別だからって言い張って。連中にとっては、俺と吉野さんの人件費やオフィス費用とかの持ち出しゼロで地図作らせられて、最高だからな」
「じゃあどう工面してるのよ」
「俺と吉野さん、出世して経費結構使える立場になったからさ。吉野さんのシニアフェローとしての経費枠で、家賃出してるんですよ」
「そんなの酷い」
「いいのよ額田さん……シュヴァラ王女。あそこの確保は、私が社長に頼んだんだし。本社のどろどろした陰謀の渦が及ばないところに拠点確保できるのは、大きいわ。経費なんて余らせても仕方ないしね」
今回の人事で、俺と吉野さんは職階上、同じ立場になった。ただこれまでの経緯や年次があり、吉野さんが俺の上司という扱いは変わらない。オフィス家賃を経費で出すなら、上司権限でってことさ。
「陰謀対策で実際、週イチで盗聴器調査までさせてるしな。専門業者に頼んで。――そっちは俺の経費だわ」
怪しい出費はもちろん俺の経費だ。吉野さんと俺とのいつもの分担ってわけよ。
「ところで俺からもタマゴ亭さんに話――というかお願いがあるんですが」
「なに?」
「ここタマゴ亭王都支店で、なんちゃってビールを置いてもらえないかな」
「なんちゃってビールっ!」
トリムが飛び上がった。
「平偉いっ。さすがあたしのご主人様。……あたしのために入れてくれるんでしょ」
期待に満ち満ちた瞳で見つめられた。いやまあ、そういうわけじゃないんだがw
「もちろんいいけど。お酒の種類が増えるのは、店のためになるし。……でもなぜ」
「トリムを見てわかるように、どうやらエルフに受けそうだからさ。なんちゃってビールはエルフに最高って噂が広がれば、王都にエルフがいっぱい来るようになるでしょ」
これ考えたの、実はヴェーダ王立図書館長のためなんだ。エルフが毎日ここの店でとぐろ巻くようになれば、もちろん女子エルフだって来る。ヴェーダにだってエルフの友達や飲み仲間の彼女くらいできるだろ。歳が歳だし、結婚までは無理だろうけど
さ。
この間、
「それは難しいじゃろうのう」
王が口を挟んできた。
「どうしてですか、マハーラー王。なんちゃってビールという酒がエルフ向きなのは、俺の使い魔トリムの反応で、もうわかっています」
「そうだよ王様。これ邪魔したら、王様でもあたし許さないからねっ」
トリムは、今にも王を射殺しそうな勢いだ。やめとけw
「難しいというのはな、エルフがおらんからじゃ」
「いない?」
「そうじゃ」
王は、近衛隊長に頷いてみせた。フラヴィオが王の後を引き取って続ける。
「王がおっしゃったとおりだ。平殿も薄々おわかりかもしらんが、王都はもちろん、シタルダ王国全土で、蛮族はほとんど見かけない。居ないことはないがな。よく見るレベルでは、ヒューマン以外でおるのはポップアップするモンスター、それに平殿が連れているような使い魔程度だ」
「どうしてです」
蛮族を見ないの、王都とかのヒューマンの地の中心だからかと思ってたわ。蛮族の地に近づけば、そこらを普通に歩いてるもんだとな。
「前は交流があったのだ。多くの蛮族が交易のために訪れていたし、はるか昔には連中と戦もあったしな。だがあるときからぱったり見かけなくなった。交流が途絶えて、もう数十年にはなる」
そうか。ヴェーダ図書館長は子供の頃、王都でハイエルフを見かけたものの、その後はエルフに一度も会えなかったって言ってた。理由はこれか。
「あたしも知ってる。転生したのは向こうの十八年前でも、こっちの一年前までは、ここの王女だったからね」
タマゴ亭さんが眉を寄せた。
「アーサーに聞いたけど、どうも王国と蛮族の地の境になにかがあるらしいわ」
「なにか?」
「うん。スカウト連中は蛮族の地に入って、好意的な種族とは接触して情報を集めるんだ」
アーサーが聞き出した話では、蛮族はヒューマンの地への侵入ができないということらしい。空を飛ぶ蛮族――たとえばハーピー――なら来られるから、どうも地上付近に、なんらかの呪術的な封印・結界の類が施されているらしいんだと。
ヒューマンはなぜか今でも往来できるんだが、蛮族との交易には大量の荷運びが必要になるから人間やハーピーには難しく、いつの間にか交易自体が途絶したんだそうだ。レナやタマなんかは使い魔だから、使い手と同等のフラグが立つ。だから往来は自由なんだと。
「向こうの連中も困ってるんだって。ヒューマンは、ひとりひとりの力は弱くとも集団でなにかを生産する能力は高い。だから交易は、互いに利益のあることなの」
そういや、蛮族の地の情報をアーサーに聞いたとき、延寿の秘法関連の噂話と共に、「境界までは蛮族は出ないから安心しろ。境界を超えたら危険地帯だから注意しろ」とか言われてたわ。そういうことだったのか。
「交易途絶は、王国にとっても徐々に富を失う厄介事でな」
王が顔をしかめた。
「もし平殿や吉野殿が呪術結界を解き、好意的な種族との交流を復活させてくれたら、このマハーラー、心から感謝する」
「難しいとは思いますが王、蛮族の地で情報収集はしてみます」
「頼んだぞ」
俺の瞳を見つめてきた。
「時折、報告に来てくれ。平殿は毎日違う場所に出現できるそうじゃからのう。そうしてタマゴ亭にも顔を出してやってくれ。……シュヴァラのためにも」
「わかりましたマハーラー王。仰せのとおりに」
頷くと、王とタマゴ亭さんは、頼もしげに俺に微笑んできた。
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