3-3 新編成での行軍、そしてランチとその後

「そろそろランチにしようよ。平」


 先頭を進むトリムが、俺を振り返った。


「あたし、お腹減ったーっ」

「わかったわかった。……ちょっと待ってろ。周囲を観察する」


 全員に休憩を取らせた。目を細め額の上に手を置いて、俺はよこしまの火山を見透かしてみた。


「見た目からして、不吉な山だねー」


 俺の胸から、レナが呟いた。


「だなー」


 フィーリーに方角を教えてもらってから、三週間ほど。もう七月に入ったところだが、俺達はまだ、アールヴの遺跡には辿り着いてはいない。邪の火山を右に見ながら、緩やかな斜面の山裾を淡々と進んできただけだ。


 円を描いているのではなく、フィーリーが指し示した地点目掛け一直線に進んでいる。そのため邪の火山に大分近づいていて、山容がよく見えるようになってきた。切り立った山肌で、遠目にも大きな岩岩が、鋭い断面を見せている。なだらかな曲線の山裾は、山に近づくにつれ急に険しい斜面に変わっていて、頂上は大きく欠けている。――つまり、粘度の高い溶岩で、噴火は爆発的とひと目でわかる。危険な火山だ。近づいたせいか、わずかにいがらっぽい臭いがする。噴煙に由来するのだろう。


「活火山って話なのに、噴火は一切ないね」

「まああったら困るがなー。これだけ離れてても、危険かもしれないし。……ペレの書付にあったとおり、魔族が魔法でコントロールしているんだろうな」

「気づかれないといいね、ご主人様」

「まったくだ」


 無駄な戦闘はしたくないからな。


 実際、時折大地を突き破って噴き出してくる毒の大気は、噴火を封じられてマグマ溜まりのエネルギーが極端に高まっている証拠だろう。その意味で、地下はかなり危険な状態と考えられる。


 幸い、俺のパーティーには天使亜人キングーがいる。彼の――彼女か、まあどっちでもいいや――とにかくキングーの力で毒は中和されるので、俺達に被害は出ない。


 雑魚が出ないのも、キングーのおかげだ。道中、ネームドモンスターが湧くと面倒だなと懸念していたが、とりあえずここまでは遭遇していない。危険な土地すぎて、毒に耐性のある魔族でないと、モンスターでも暮らしにくいのかもしれない。


 ここまで、例によって遊び半分で進んできた。だいたい午前中だけ真面目に山裾を歩くと、穏やかな土地に飛んでランチ。午後からはシタルダ王家の王宮で昼寝したり、ペレの船でちょこちょこした追加工作をする。朝イチで船に資材運び込んでから火山探索って日もある。要するに俺は異世界で好き勝手してるってことさ。


「みんなもお腹減ったのかな」

「トリムとか、勝手におやつ食ってるしなー」


 三々五々、みんな適当に座り込んでいる。タマが配布した茶やスポーツドリンクを飲みながら、談笑してるわ。目の色を変えてクッキーにかぶりついてるのは、トリムな。


「新パーティーでの進軍も、だいぶ慣れたね」

「そうだな」


 ケルクスが入って初期はいろいろ試行錯誤したが、ほぼまとまってきた。


 先頭はトリム。次が俺。その後ろに、吉野さんとキングー。ケットシーのタマは、自然が読める。トリムと並んで先頭を取るのがいつもだが、ケルクスが加わってパーティーに戦闘力が増したためか、吉野さんと並んで吉野さんやキングーのサポートに徹することが増えた。まあ吉野さんの使い魔だしな。本来のポジションに戻っただけとも言える。


 前だけでなく背後も警戒する必要がある殿しんがりは、ある意味、先頭より難しい。それを務めているのは、ケルクスだ。


「さて……」


 謎スマホ形態のキラリンを、俺は懐から取り出した。キラリン人型形態は、異世界での活動限界ってのがあるからな。長時間の移動ばかりの今は、スマホになってもらって、リスクを回避している。


「キラリン、フィーリーが指差した地点まで、あとどのくらいある」


――お兄ちゃん。このペースだと、あと半月かひと月、それか半年ってところかなあ――


 画面に、キラリンの返答が表示された。


「なんだよいい加減だな。それでも位置把握機能のあるスマホかよ、お前」


 ――そもそも正確な場所がわからないもんね。フィーリーが言ってたのは、「あっちの方」ってだけだし――


「まだまだ遠いな。めんどくさっ」


――当然でしょ。あの山、どれだけ広い山裾持ってると思ってるのさ💢――


「機種依存文字使うなっての。……タマ」

「平ボス」

「先を見通してくれ。なにか、遺跡とか危険な罠とかを感じるか」

「わかった」


 手に持っていた疲労回復のチョコをひとつ吉野さんに渡すと、タマは立ち上がった。


「とりあえず、怪しい臭いはない。近くに危険はないだろう。ずっと先は……」


 前を見通すタマの猫目が細くなった。毒の地で植物が一切生えていないから、見通すのだけは簡単だ。まあ食べ物も水も一切地表にはないから、普通の動物は生きていられないだろうけどな。俺達はいつでも瞬時に王宮や現実世界に戻れるから、何週間分もの食料を抱えて歩く必要はない。おやつなんてふざけたものを持ち込めるくらいだからな。


「あれは……」


 なにか見つけたようだ。俺が見てもなんにもわからん。ただただ、埃臭い白茶けた大地が、見渡す限り広がっているだけだ。


 傍らに置いた登山ザックから、双眼鏡を取り出した。顔に当て、焦点を調節している。


「平ボス」


 タマが唸った。


「先になにかある。岩のように見えるが、形からして人造物かもしれん」

「アールヴの遺跡だと思うか。……それとも魔族の陣地とか」

「遠すぎてわからん」


 双眼鏡を下ろした。


「貸してみろ」

「無駄だボス。遠すぎて、ヒューマンの視力では、双眼鏡を通してもなにも見えまい」

「距離計を使ってみろ」

「無理だ。遠すぎて測定エラーになるだけだろう」

「そうか」


 距離不明か……。


「ねえ平くん」


 チョコを食べ終わった吉野さんが、お茶のペットを片手に立ち上がった。


「注意深くそっちに進もうよ。タマちゃんが言うなら、多分本当に人造物だと思うし」

「トリム」

「あたしにはまだわからない。タマほど目が良くないし」

「ケルクス」

「あたしもだ、婿殿」

「キラリン、地図上でポインティングできるか。その場所」


――無理だよ。だってまだ踏破してないじゃん――


 まあそうだよな。


「そうか……」


 俺は天を見上げた。


「あーあっ」


 大声で独り言を叫ぶ。


「ドラゴンに乗れればすぐなんだがなー」


 返事はない。ただのしかばね……でもない。ただただ、いがらっぽい風がびゅーびゅー吹き渡っているだけだ。


 エンリルの奴、どうせ巣穴でこれ見てるくせに、ドケチドラゴンめ。


「でも平さん。空からの偵察は魔族に感知されるリスクがあるって、いつぞやタマさんが……」


 キングーは、困惑したような表情だ。素直だからなーキングーは。


「わかってる。ちょっとな。ムカついて」


 ちょっとした嫌味だわ。俺が吉野さんやタマと日々エッチなことしてるの、覗き見してるくせによ。手伝うまで行かなくても、ヒントくれるくらいしてもいいだろ、エンリル。どうせケルクスと俺が初めて関係した新月の晩だって、ニヤニヤしながら巣で見てたに違いないのに。観放題なんだから、サブスクの視聴料くらい払えっての。


「仕方ないよ平くん。いつもどおり遊び半分、まったり行こうよ」

「そうですね。吉野さん」

「決まりねっ」


 クッキー一袋ひとりで食ったトリムが立ち上がった。


「今日はここまで。お腹減ったから、ランチにしよう。いつもの穏やかな草原じゃなくて、たまにはペレの船の上で食べようよ」


 普通クッキーで腹いっぱいだろ。牛みたいに胃が三つもあるのかよ、ハイエルフって。


「ここ、歩いてるだけで気が滅入るしさあ。海眺めて気分リセットしたいじゃん」

「そうね」


 吉野さんが頷いた。


「トリムちゃんの言うこともよくわかるし。ねえ平くん、お船行こうか」

「そうしましょうか、吉野さん」

「私この間、船に新作水着や下着、みんなの分、運び込んでおいたんだ」


 俺の手をそっと握ると、眩しそうに見つめてきた。


「平くんに、私の新しい下……水着、見てもらいたいな」


 甘えるような口調。……これもしかして、食後の全員お昼寝中に、ふたりで船室に下りてくおねだりですか、吉野さん。


「よし行こう。すぐ行こう今行こう。飯にする。キラリン、早くしろ」

「ご主人様ったら、鼻息荒くして」


 呆れたように、レナが俺の胸をつねった。


「がっつきすぎぃ」

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