3-4 謎の遺跡に到着

「あれは……」


 朝、いつものように邪の山裾に転送されると、異変が起こっていた。前方遠く、白茶けた岩の塊のようなものが見えていて、そこから煙が立ち上っている。


 タマが怪しい構造物を発見してから半月ほど。今ではそれが人造物と、トリムやケルクスも判断している。俺の目には、まだ岩か建物か判断できない。吉野さんは近眼だから、コンタクトレンズを入れていてもなおのこと。


 その「人造物」から、薄く煙が上がっているのだ。昨日までは、そんな気配は一切なかったというのに。


「レナ、あれ、砂嵐とかじゃなくて煙だろ」

「そう思うよ。ご主人様」

「あそこに新たな火口が開いて、そこから噴煙が出てるとか」

「あれ、火山の噴煙には見えないけどね」


 俺の胸から飛び立ったレナが、頭の上に立って、遠くを見通した。


「まさか魔族の前線砦かなんかで、本拠地に狼煙を送ってるとか」

「でもボクたちが転送されたときには、すでに煙が上がってた。少なくとも、こっちを発見したための狼煙じゃないよね」

「それもそうだな」


 パーティー全員、離れずまとまったまま、無言で前方を見つめている。


「タマ。あれ、狼煙だと思うか」

「平ボス」


 タマは唸った。


「違うと思う。血の臭いが微かに、風に乗ってきている。おそらくあそこで戦闘があったのだ」

「昨日、俺達がここを離れたのは、いつもどおり昼前だ。そこから今朝までの間にってことだな」

「そうだ」


 頷いた。


「昨日は臭いもしなかった」

「村があって、盗賊かモンスターにでも襲われたのでしょうか」


 キングーが眉を寄せた。


「かわいそうに」

「いや、ここは不毛の地だ。村があるとは思えない」

「婿殿。となるとあれは、魔族絡みだろう」


 動揺も見せず、ケルクスは淡々としている。俺の嫁になったとはいうものの、そもそもダークエルフの魔法戦士だからな。戦闘の気配程度で慌てるはずもない。


「あそこは魔族の処刑場で、罪人を処刑して火葬にした。あるいは砦で内紛があったとか」


 魔族は残忍だ。裏切りも内紛も、当たり前と聞く。ただ邪の火山に陣取る連中は、ルシファーの傘下。圧倒的な力で押さえつけられていて、裏切る気配など出せないはずだが……。


「平ボス。血の臭いが濁っている。おそらく、大勢の血ということだ」

「わかったタマ。おそらく内紛って線だな」


 一度に大量処刑は考えにくい。処刑場なら、ここまでのひと月で、とぎれとぎれに刑の執行があったはず。でも火葬の煙も血の臭いも、今日まで一度もなかった。つまりは処刑場説よりは内紛説のほうが、蓋然性がいぜんせいは高い。


「よし、キラリン、来い」




「お兄ちゃーんっ」




 ぽんっと、キラリンが現れた。いつもの女子中学生制服(風)ではなく、アウトドア走破用ファッションだ。


「やあっと呼んでくれた。あたしがいなくて寂しかったでしょ」


 俺の腕に抱き着いてきた。


「なに言ってんだよ。毎日ランチとおやつのときは人型にしてるだろ」

「それもそうか」


 そうしないと怒るからな。それにもちろん、現実世界では人型で飲んで食って、風呂入った末にぐうぐう俺らと雑魚寝してるし。


「いいかみんな。邪の火山領域で、初めて敵の気配がした。魔族の動向や実態を知るためにも、調査に向かう。おそらくもう危険はないと思うが、用心して、かつ素早く進もう」

「わかった」

「ボス」


 全員が同意してくれた。


「タマ、あそこまでどのくらい時間が掛かると思う」


 観察していたタマが、双眼鏡を下ろした。


「いつものペースで遊びながらなら、十時間。本気で行軍するなら、三時間。注意しながらも全速なら、四時間といったところだろう」

「それならお昼すぎには着けるね」

「はい、吉野さん。注意しながら全速で近づいて、もっと様子がわかったら、行軍速度を遅くするか逆に速めるか考えましょう」

「いいわね」

「タマはキラリンの横に立て。危ないと判断したらすぐ俺とキラリンに叫べ。キラリン、そのときは構わん。とっとと撤退する。王宮に飛ばせ」

「わかったよ、お兄ちゃん」

「よし。警戒陣形に組み替えて進む。全員、気を抜くなよ」


 真剣な瞳で、みんなが頷いた。


          ●


「全員止まれ。休憩にする」

「ふう……」


 俺の言葉に、パーティーは座り込んだ。背負った荷物を椅子代わりにして。いつもどおり、タマが水や茶を配っている。


「平ボス」

「ありがとう」


 俺も茶を口に含んだ。タマの背で揺られたせいでぬるいが、うまい。


「血の臭いがするか。タマ」

「ああ」


 タマは唸った。


「もうはっきり。……おそらく百人以上」

「そうか……」


 全員、気合いが入ったからだろうか。二時間ほどで、かなり近づくことができた。今では俺の目にも、そこがなにかの集落か砦とわかる。土色のレンガで組まれたような、低い城壁らしきものが見えてきたから。壁の上から見える内部には、いくつか屋根だか塔だかが突き出ているのが見える。


 壁が低いのは、不毛の地の真っ只中で、敵に襲撃される可能性が低いからだろう。中を隠す保護色的な役割を果たしているのだと思われる。


 動きはない。まだ細々と、煙が立ち上っている。


「婿殿……」


 ケルクスが近づいてきた。


「どうした」

「あれは集落だろう。砦というには、防御がぬるすぎる」

「そう思うか」

「ああ。……それに、あそこは魔法の障壁で取り囲まれているし」

「マジかよ」

「わかるんだ」


 頷いている。ケルクス、魔術に優れたダークエルフの、それも魔法戦士だからな。おそらく俺のパーティーで一番、そのあたりには敏感だろう。


「バリアー的な奴か」


 魔法の障壁があるから、城壁が低かったのかもな。物理的に防御する必要が薄いから。


「ああ。ただ外敵避けというより、火山弾からの防護とかに思える」

「入れるのか。それに入れるとしても、いきなり警報が鳴り響くとか」

「警報はないだろう。ただ、障壁に出入り口や穴は感じられない。少なくともこちら側は」

「解除できるか」

「やってみる。……近くまで寄ったらな」

「よし」


 休憩を終えると、用心深く行軍を再開した。一時間ほどで、城壁のすぐ近くに着いた。城壁の向こうに見えていたのは、やはり屋根だった。つまりここは、集落ということだ。場所からして、フィーリーが示してくれた地点――つまり、おそらくアールヴの遺跡だろう。


「この臭いは……」


 タマでなくとも、もう誰でも臭いがよくわかる。酸っぱいような、えたような……。


「うん。平くん……」


 タオルで口を押さえ、吉野さんも絶句している。異世界で業務を開始して以来、俺達が何度も嗅いできた臭いだ。


「死臭ね」

「ええ」

「中でなにがあったんだ……」


 盗掘狙いで遺跡を荒らす盗賊が、仲間割れでもしたのだろうか。……いや、タマは百人以上の血と言っていた。この不毛の地に、それほど大規模の盗賊が巣を作っているとは考えられない。いるとしたら、毒に耐性があり、近く――つまり邪の火山に本拠地を構える魔族の盗賊だろう。


「ケルクス。障壁を破ってくれ」

「婿殿……」


 ケルクスが城壁に手を当てると、土レンガから砂が分離し、さらさらと落ちた。なにかの力が、ケルクスの指先からほとばしるのが感じられた。


 そのまま数分。ケルクスは、静かに手を下ろした。


「破れたか」

「いや……」


 ケルクスは首を振った。


「やはりこの地には、マナがほとんどない。エネルギーが足りないのだ」


 エルフの魔法はマナ召喚系だもんな。


「平さん、珠を使いましょう」


 キングーが進み出た。


「僕の母、天使イシスの黒真珠と白真珠。ふたつを使えば、天使の力で障壁を消せるかもしれません。……少なくとも、人ひとり通れるくらいの穴は開けられると思います」


 あーたしかに……。少なくとも、試してみる価値はある。ハーデスの大穴でもペレ封印でも、イシスの珠はこの類の用途に役立ってくれたし。


「なるほど。その手があったか。……タマ」

「もう用意した。ボス」


 タマが差し出した手に、黒真珠と白真珠、ゴルフボール大のふたつのアーティファクトが乗っている。さすがタマ。俺のパートナーを自認するだけあって、阿吽あうんの呼吸だな。


「やってみるか」


 タマから受け取る。障壁が破れたとして、なにかのトラップが発動しても困る。念のため全員に武装させ集団で警戒させてから、俺は珠を発動させた。


 両手にひとつずつ持ち、土壁に押し当てるようにして、イシスに祈る。この困難を退けてほしいと。ぐにゃっと珠が壁にめり込むような奇妙な感覚があり、手が熱くなった。……と、もう普通に戻っている。


 手を引き、俺は二メートルほどの城壁を見上げた。見た目にはなにも変わりはない。


「ケルクス」

「成功だ。障壁はすべて消え去った」


 信じられないという表情で、ケルクスが唸った。


「素晴らしい能力を見せてもらった。さすがは婿殿だ」


 愛おしそうに、俺の手を取る。


「平はあたしの婿だからね。当然でしょ」


 もう片方の手を、トリムに取られた。なんやら知らんが、ぎゅっと強く握っている。


「みんなのサポートのおかげだよ。ありがとうな、ふたりとも」


 抱き寄せてやった。


「いちゃつくのは後にして、早く入ろうよ、ご主人様」


 早く入りたいのだろう。レナが焦れている。


「ここは魔族のテリトリーに近いからね。延寿のアイテムを見つけて、とっとと逃げよう」

「そうだな」


 俺は壁を見上げた。


「みんなで支えて、ひとりずつ壁に上ればいいもんな。向こうに下りたところで、周囲の様子を伺おう」

「じゃあボク、壁の上で見張りするねっ」


 飛び立ったレナが、壁の上に立った。


「あっ」


 手を口に当てた。


「どうした。レナ」

「ご主人様、ここアールヴの遺跡じゃないよ」


 周囲を見回している。


「なんだ。じゃあやっぱり魔族の砦とかなのか」

「違うよ」


 振り返って叫んだ。


「遺跡じゃないんだよ。だって、つい最近まで生活していた感じだもん」

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