3-2 魔道士フィーリーの預言

「おう。もう着いたのか」


 荒涼とした光景を、フィーリーは見回した。


「瞬時に移動とか、まっこと、異世界の魔術には感心するばかりだわ」


 小さなキラリンを、じっと見つめている。


「しかも、このような赤子が、この術式を」

「あたし、赤ちゃんじゃないし」


 キラリンの頬が、ぷくーっと膨れた。


「もう成熟してるし。お兄ちゃんの精――むぐーっ」


 口を塞いでやった。俺の精子を抜いたことがあるとか、全員の前でバラされてたまるか。レナはニヤニヤしている。趣味の悪い奴だ。そもそもお前が、マリリン博士に抜き方教えた元凶だろうが。


「それにしても……これはなんと……」


 遠く見える邪の火山を睨んだ。向こうは強風なのだろうか。今日は噴煙が横に流れている。


「なんと禍々まがまがしい土地だろうか……。とてもエルフが棲むべき地とは思えん」


 溜息を漏らした。


「アールヴは、よくぞここに適応したものだ。……同じエルフの一門として、苦労を思うと泣けてくる。……で」


 俺を振り返る。


「アールヴの里、その気配を探ればいいのだな、平」

「そうですフィーリー様。祖霊とも交感して頂けますでしょうか」

「うむ」


 重々しく頷いた。


「待っておれ」


 瞳を閉じ天を仰いでぶつぶつと、なにか呟き始めた。一度黙ったが、そのまま身じろぎもしない。しばらくしてまた口が動き始めた。


「凄い霊力を感じるよ、ご主人様。信じられないくらい」


 俺の耳元で、レナが囁いた。


「そうか」


 俺にはあまりわからない。霊圧のようなものはたしかに感じるが。俺や吉野さんは、所詮ただのヒューマンだ。霊的な感応力はほとんどない。


「フィーリー、多分限界まで力を使ってるよ」


 目を見開いて、レナは固唾を呑んでいる。


「……っ」


 がくっと、フィーリーが片膝を着いた。


「フィーリー様」


 ケルクスが駆け寄る。


「大丈夫ですか」


 助け起こすと、フィーリーは、首を振った。しばらく額を揉むようにしている。


「……もう平気じゃケルクス。……平」

「フィーリー様」

「アールヴの力を感じた」


 邪の火山、その頂上を指差す。その手を、そのまま左に移した。


「あのあたり。ちょうど山裾が海に攻め入っているところがある。あの周辺に、強い力の痕跡がある」

「あ、ありがとうございます」

「礼には及ばん」


 俺をじっと見つめた。


「だが、少しおかしい」

「おかしいとは」

「何百年も前に滅んだにしては、力が大きく、生々しい」

「どういうことでしょうか」

「わからん」


 遠い地を、じっと見つめた。


「不吉な兆しだ。……それに祖霊も警告しておる。なにか……なにか恐ろしいことが、あの地で……」


 そのまま黙った。しばらくして、俺を振り返った。


「行け、平。お前の運命の糸は、まっすぐあそこに伸びている。その先でどのような定めを引き寄せるのかは、お前次第であろう。心を強く持つのだ」

「はい。フィーリー様」

「ケルクス。平を助けるのだ」

「わかっております」

「言っておくが、通り一遍の意味ではないぞ。戦いで血をもたらす力となり、日々の暮らしでは癒やしの力となれ」

「はい」

「平の心が壊れないよう、お前が影に日向に支えるのだ」


 フィーリーは、奇妙な言い方をした。なんか不吉だ。


「……そしてトリムニデュール」


 なぜか、フィーリーはトリムの手を取った。


「あ、あたし?」


 種族仲が微妙なダークエルフの魔道士にまっすぐ見つめられ、トリムは戸惑ったように口ごもった。


「トリムニデュール。お前の気高い心が平を救うであろう……。怯むでない。恐れるでない。平を信じて、まっすぐ進むのだ。その先にしか、おそらく未来はない」

「は、はい……」


 いつも以上に真剣なフィーリーの視線を受けて、トリムは頷いた。


「心しておきます。フィーリー様」

「よし」


 微笑むと頷いた。


「……さて平」

「はい」

「未来を読み、私は少々疲弊した。悪いが里に下がらせてもらうぞ。また異世界の魔術で送ってくれ。二、三日、養生せねばなるまい」


 よっぽど力を使ってくれたんだな。フィーリーが泣き言口にしたの、初めて目にしたわ。


「ありがとうございます。必ずやフィーリー様のご期待に応えます」

「うむ」


 重々しく頷くと、俺のパーティーを見回した。


「頼もしき旅の仲間だ。あと二百歳ほど若ければ、私も一緒に暴れたかったが……。残念だ」

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