3 邪の大平原
3-1 不毛の地
「ここからは危険だ」
荒れ果てた土地を前に、ケルクスがうなった。
「あたしらダークエルフの斥候も、ここから先には進まない」
休暇明けから異世界を進むことひと月、俺のパーティーは、荒れ野の真っ只中に立っていた。ごろごろした岩と小石と砂。吹く風は砂利っぽく、口に入ると砂の味がする。
道なんかない。荒野をただただ、ケルクスやタマ、トリムの土地読みとキラリンの位置測定能力に頼って進んできた。
振り返ると、荒れ果てた風景でも、ところどころ、水たまりや草木のコロニーがある。だが、この先にはなにも、生命を感じさせるものはない。
遥か先、広範囲に渡って空が霞んでいるようになっているのは、
「この先はときどき、大地を突き破って毒が噴き出してくる。毒に耐性がある魔族でなければ、瞬時に絶命する」
まあ俺達にはキングーがいるから、毒は平気だ。とはいえ、ひとつ疑問がある。
「アールヴはエルフだろ。どうして毒が平気なんだ」
「フィーリー様が祖霊と語ったところでは、毒からマナを抽出する力がアールヴにあるとか」
「へえ……」
エルフの魔法は、マナ召喚系。言ってみれば解毒とエネルギー生産を兼ねられるわけで、この地に踏み込んだのも、わからなくはない。森を捨てたエルフって話だし。
「ちょっと気味悪いわねえ……」
吉野さんが眉を寄せた。そりゃあな。休暇で異世界のまったりした海をたっぷり楽しんだ後がこれじゃな。落差凄いわ。
「これからどうするの、ご主人様」
胸から、レナが俺を見上げた。
「見たところ、邪の火山の山裾は広いよ。麓を一周回ってアールヴの遺跡を探すとなると、何年あっても足りないんじゃないかな。ぐるりと円を描くだけじゃなくて、左右にも寄り道して確認しながらになるし」
「だよなー」
「平くん、女神ペレのヒントがあるでしょ」
「そういやそうでした」
火山の女神ペレが、操船マニュアルと一緒に船に残してくれた奴な。
「キラリン、ペレのメモを見せてくれ」
「待ってて」
ごそごそと、懐からメモ帳を取り出した。ペレのメモを翻訳して、キラリンが筆記した奴だ。
「はい。これだよ、お兄ちゃん」
キラリンの几帳面な文字に、俺は目を落とした。
残してくれたのは、邪の火山の特徴だった。活火山で地下にマグマ溜まりがあり、本来なら頻繁に溶岩を噴出しているはずなこと。現在、噴煙こそ上がっていても溶岩噴出がないのは、おそらく魔族が魔法で防いでいるから。その意味で連中は、おそらく噴火も溶岩流も自由にコントロールできること。つまり兵器としての運用を、連中は獲得しているであろうこと。
「……やっかいだな、これ」
「先を読め、平ボス」
覗き込んでいたタマに促された。
「アールヴのことは書いてないのか」
ぺらぺら、メモをめくってみた。爆発的な噴火をする、粘度の高い溶岩質であること。したがって、溶岩流さえ避けたら安全というものではなく、三六〇度、すべてが危険。噴火の気配を感じたら、即座に可能な限り離れるべきこと。毒の大気は、溶岩ドーム上部に溜まる火山ガスが主成分であること。
――などなど、火山についての記述ばかりで、魔族やアールヴについての言及はない。
「ないな。残念ながら」
「平さん。空から探してはどうでしょうか」
キングーが提案してきた。
「ドラゴンに頼むか」
「無理だろう」
即座に、タマに却下された。
「自由に使える連中ではない」
「だよなー」
いっつもそうだもんな。ツンデレですらない。こっちが死にそうなときくらいしか助けてくれないんだから、ツンツンだなーこれ。
「ねえ平。ライカンから、ハーピー連れてきたらどう」
「いいなトリム。亜人村なら、ハーピーの亜人、つまりヒューマンとの混血がいそうだし。連中を雇えば、上空から探せるかも」
実際、人間の地とこっちを隔てる大河を、ハーピーが飛び越えて荷運びしてるって、ライカンの村長が言ってたしな。ときには住民まで運んでくれるとか。
「だが空からの偵察は目立つぞ、婿殿」
ケルクスに忠告された。
「邪の火山に陣取る魔族に、知られる恐れが高い」
「うーん……」
どうにも、八方塞がりだな。
あーちなみに、ケルクスはもう、俺のマンションで暮らしている。最初は毎日里に迎えに行っていたんだが、いろいろ面倒なので、ブラスファロン国王に同居を願い出た。つまりキングーと同じ。俺の使い魔ってわけじゃないが、客人扱いさ。
ついこの間、二回目の新月だった。だからその日だけはダークエルフの里に里帰りさせ、俺も泊まった。
その夜の俺とケルクスについて、吉野さんは察してるはずだが、なにも言わない。翌日、小寝室にさりげなく誘ってきたけど。俺がひと晩居なくて、寂しかったんだろう。実際その晩の吉野さん、すごく甘えてきたし。恥ずかしがりなのにベッドでは常になく乱れて、かわいかった。
「アールヴの里、そのだいたいの位置さえわかればいいんだな」
注意深く周囲を警戒しながら、ケルクスが言った。
「そうだ。……なんかいい案があるのか」
「どうだろう婿殿。フィーリー様に見てもらっては。アールヴは魔法に優れたエルフと聞く。はるか古代の遺跡とはいえ、魔法の痕跡が漂っているはず。フィーリー様なら、だいたいの位置がわかるやもしれん」
「フィーリーか……」
「あたしの知る限り、フィーリー様より霊力の高い人物はいないからな」
ダークエルフ高位の魔法使いであるフィーリーには、祖霊がついている。たしかに、一案ではある。
「平はあたしの婿。もはやダークエルフの一族なのだから、平の願いなら、フィーリー様も無下にはしないであろう」
「ならハイエルフのコルマー妃殿下でいいじゃん」
トリムが割り込んできた。
「妃殿下も霊力は高いし、あたしは平の嫁なんだから、協力してくれるよ」
「そうだな、トリム」
同意はしたものの、どうだろう。こんな前線に王妃を連れ出すなど、不敬の極みだ。それにたしかに霊力は高いだろうが、過去の経緯に詳しい祖霊がついている分、フィーリーのほうが適任だろう。トリムは、ケルクスが婿婿言うたびに、ムキになって対抗してくるから、そこは割り引いて考えないとならないし。
ケルクスを同居させたのは、身近で暮らすことでトリムのわだかまりを解く狙いもあったんだが、まだひと月くらいじゃ無理みたいだな。
「ありがたいが、祖霊の力が欲しい。ハイエルフなら、お前の妹、トラエのほうがいいんじゃないか。祖霊に問いかけられるだろ、巫女なんだから」
「トラエは聖地を離れられないんだ、巫女だから。よっぽどのことがないと。この間の祖霊の珠合一とか、あれくらいの案件じゃないとね」
溜息をついている。
「いくらハイエルフの恩人とはいえ、平の個人的な冒険には、協力できないと思う。だからコルマー様」
「平ボス。そのふたりなら、フィーリーで決まりだ」
「そうだよな、やっぱり」
タマが口を挟んでくれて助かった。多分タマ、俺がふたりの板挟みになってるのを見て取って、助け舟を出してくれたんだ。いつも冷静で、頼りになるからな、タマ。……まあマタタビがないとき限定だが。
「決めた。頼んでみようフィーリーに」
「……平が判断したなら、それでいい」
トリムは、下を向いてしまった。
「ありがとうな、トリム。アイデア出してくれて。俺、お前が好きだ。頼りにしてるぞ」
「す、好きとか……」
持ち上げてやると、トリムは飛び上がった。
「あ、あたし別に、そんなつもりじゃあ――」
真っ赤になって、なぜか腕をぐるぐる振り回している。面白いなあトリム。かわいいわ。
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